・・・メンデルの法則。
〜〜染色体もまだ発見されていない1865年、オーストリアのメンデルは配偶子によって
親から子に伝えられる遺伝因子(すなわち遺伝子)を仮定し、エンドウを用いた交配実験から
優性の法則・分離の法則・独立の法則を発見し、「植物の雑種に関する実験」として発表した。〜〜
「つまり、19世紀最大の暇人の話だろう?」
生物の参考書を広げていたシュミットがさらりと言った。
エーリッヒは苦笑を返しながら、ピンセットでの作業を続行している。この作業は時間との勝負だ。
長引いたりもたついたりすれば、この教室中、ひいてはこの学校中の迷惑になる。
「何年もかけて、何千個もの豆を育てて数えて。そんなに暇なのか? 牧師って」
「おつとめの合間にしていたんでしょう。いいじゃないですか、知的好奇心があって」
「知的、ねぇ。確率計算の信憑性を証明するために、3万回もコインを投げて記録を取っていた、
某数学教師と似たようなものだ」
…つまりは下らないと言いたいのか。
エーリッヒは眉間に皺を寄せ、目を細めてピンセットの先のものを睨(ね)め付けながら、シュミットに言葉を返す。
「メンデルが居なかったら、今のこの世界の、医学だってこんなに進んじゃいないですよ。メンデルの
功績は大きいです」
「だが、メンデルさえ居なければ、お前がそんな下らない実験で毎日こんな所へ足を運ぶ必要もなかったんだ」
こんなところ、とシュミットに称された、ここは生物実験室。高校2年生の生物選択者にとっては必須の、
遺伝の実験のために、エーリッヒはこの2週間、毎日放課後にここに通っていた。
物理選択者のシュミットには、ここへ来る必要も何もない。
今までは、シュミットはさっさと先に宿舎へ帰っていたのだ。なのに、今日に限って、付いてくると言いだした。
…誰かが、シュミットの耳に入れたに違いないのだ。
この実験が、4人一組の班単位での実験だと。
「我が儘言わないで下さいよ。…野生型、雄98匹、雌85匹です」
「うん、朱色眼雄22匹、雌20匹」
「ブラウン雄17匹、雌23匹だよ」
「wh雄7匹、雌9匹」
「っていうか、今日多いね」
「最多記録ですね」
記録係も務めている、エーリッヒのシャープペンシルが手元の用紙に観察結果を書き込んだ。
「さ、コイツら目ェ覚まさない内に、さっさと捨てようぜ」
白い紙の上に、大量の黒い粒が乗っている。
エーリッヒと同じ班の男子が一人、その紙を持ち上げ、教室前方の、黒板の前にある巨大な瓶に粒を
放り込んだ。
白い、プラスチックの瓶の中は、はっきりとは見えない。だが、蛍光灯と窓からの陽光に透かされたその中では、
数え切れないほどの黒い、小さな粒があるものは中の液体に沈み、あるものは浮かびしていた。
エーテルの液体が入った瓶。通称エーテル瓶。中に生物を入れれば、それが死ぬことは明白。
エーリッヒはもう14回ほど目撃しているその現場に立ち会って、それでも慣れることが出来ずに顔を微かに
歪めた。
「終わったか、エーリッヒ? 帰ろう」
エーリッヒの、緑色の参考書をぱたんと閉じ、シュミットは隣の机から移動した。
ふっと息を吐いて、エーリッヒはシュミットににこりと笑いかけた。
「そうですね、帰りましょう」
学校と同じ敷地内にあると言っても、宿舎との距離は長い。
シュミットはエーリッヒと並んで歩きながら、やはり不満を口にしていた。
「あんな実験、下らない。あんなもののせいで、お前と一緒にいられる時間を削られるのは凄く不愉快だよ」
「シュミット、だからそんな我が儘言わないで下さいってば。時間を取られると言っても、せいぜい20分くらいの
ものでしょう?」
慣れない最初の方はもっと時間がかかっていたが、あれの扱いに慣れはじめてからは、20分もかからずに
観測を終えることが出来るようになった。
沈黙が流れる。だが、息苦しいものではない。
速くもないが、ゆっくりでもない歩速で、二人は寮へと帰り着いた。
部屋へ入り、一度鞄を下ろして、エーリッヒは軽く体を伸ばした。
「20分は、………長い」
戸口に立っていたシュミットは、突然そう言うなり、エーリッヒを抱き締める。
「シュミット…?!」
強い力で抱き付いてくる、シュミットにエーリッヒは戸惑う。
シュミットは困ったような顔で自分を見ている、エーリッヒに短いキスをした。
「! シュミット…!」
途端に顔を染める、エーリッヒの肩にシュミットは顔を埋める。
「なぁ。こうやって抱き締めたり、キスをしたり、そんなことに……、20分もかからないだろう?」
それは、莫迦みたいな独占欲で。
強すぎて、自分でも持て余してしまう独占欲で。
20分間、自分の知らない人間と、自分の知らない世界で、自分の知らないことをやっていることに不満と
不安を感じるという。
言えば、エーリッヒは呆れるだろうか。シュミットはそんなふうに弱気になる。エーリッヒのことになると、
シュミットはいつでも自信にあふれ、また、情けなくなる。普段の彼との、そのギャップ。
エーリッヒは、それに安心する。自分でも悪趣味だと思いながら、シュミットが自分の一挙手一投足で
表情を変えるのが嬉しい。
甘えているのはどっちで、甘えられているのはどっち?
そんなことを、考えるのも楽しい。シュミットを不安にさせて、エーリッヒは安心を得る。
こどもなのはどっちで、おとななのはどっち?
本当は、エーリッヒの方が我が儘なのだ。
エーリッヒはシュミットの背に腕を回す。
「そうですね。こんなことに、20分もかからない。20分、貴方の傍から離れているのは、僕にとっても
大きな損失かもしれない」
エーリッヒは知っている。自分がいかに我が儘で、シュミットを手こずらせて困らせて、また悲しませて
いるか。
だから、いつでも自分のことより相手のことを考えている。
だから、シュミットはエーリッヒの傍にいる。他人を一番に考える、エーリッヒを支えてやりたくて
傍にいることを望む。何を恐れることも、心配することもないのだと、解らせてやりたくて強引にでも
その行動を束縛する。
彼らの距離は、酷く近くてその実とても遠い。
「エーリッヒ。私はいつでも、お前と一緒にいたい。一緒にいて、ずっと、お前を独占していたい。
お前を悲しませたり傷付けたりする、すべてのものから守りたい。いや、守る」
抱き締めていると、背中をゆっくりと撫でられる。小さな子供をあやすみたいな、優しい手の動きに
悲しくなる。
「…貴方を傷付けるすべてのものから、僕だって、貴方を守ってみせますよ」
シュミットの後頭部に、こつんと耳の上をぶつける。
守られてばかりいるのは性に合わない。
でも、こんな言葉は嘘だと知っている。
二人とも、嘘だと知っている。
だって、相手を一番傷付けるのはいつだって自分だから。
だけれど、その嘘に気付かないふりをする。そうして自分自身に嘘を吐いて、一瞬の幸せに溺れる。
そうして、自信たっぷりにこう言ってみせるのだ。
『だって、相手を一番幸せに出来るのもまた、自分だから』
どちらともなく、相手を拘束する、その腕の力を強めた。
君と共にいるときの、喜びと悲しみはいつでも3:1。
これで節分SSとか言ったらしばかれるかなぁ…? キイロショウジョウバエの実験してるって事は、
6月頃のはずだしなァ…(SOSの高校での実体験に基づくSSです、コレ…←ギムナジウムはどうした)
豆。豆ネタ。ね、ね??(無茶) …本当はこんなんじゃなくて、もっと莫迦な話だったのよ…(ぼそり)
冬至とか節分とか、そんな日本的な行事ばかりを選んで彼らに祝わせるのは、
私がひどく天の邪鬼だからです。だって、バレンタインとかクリスマスなら、きっと誰かが祝うでしょう?
モドル
メンデルが牧師だったか神父だったか誰か教えて……!!!