第三夜



こんな夢を見た。


 山道をずっと歩いている。俺はミハエルをおぶっていた。
 半時間ほど前に、ミハエルが疲れたとぼやいたからだった。
 ミハエルはずっと目を瞑っている。彼の綺麗な緑の目は、もう開いていても
 あまり意味を成さなかった。

「大丈夫ですか、アドルフ?」

 少し先を歩いていたエーリッヒが、振り返って聞いた。俺は片手を上げて大丈夫だと示した。
 エーリッヒと同じくらいの位置で坂を上っていたヘスラーが、先に行って様子を見てくる、
 とペースをあげた。
 だが、行っても行ってもこの、森の坂道は途絶えないのだと、俺だけではなくみんなが知っていた。
 もちろん、ヘスラーも。

「もうすぐ夏だね」

 俺の襟足に頬をくっつけて、ミハエルが呟いた。

「夏?」
「だって燕が飛ぶもの」

 なるほど、俺たちの頭上、緑繁る木々の間から、青い空を背景にツートーンの小鳥が飛んでいった。

「岐路がある」
 
 戻ってきたヘスラーは、そう報告した。
 二つに岐れた道は、片方が降り、もう片方は登りだった。
 今までただ黙々と先頭を歩いていたシュミットが、くるりと振り返ってエーリッヒの右手首を
 片手でぎゅっと握った。一瞬目を見交わし、二人は登りの道を辿った。

「疲れたね」

 ミハエルが言った。
 ヘスラーは振り返らずに登りの道を選んだ。

「…疲れました」

 俺が言うと、ミハエルは黙って降りの道を指した。

「よろしいのですか」

 ミハエルは声をたてずに笑った。

「アドルフこそ、いいの?」
「俺は」

 貴方にどこまでも。

 言葉は喉に引っ掛かって出てこなかった。
 俺たちは降りの道に入った。
 静かだった。

「100年、」

 ミハエルは言った。

「ちょうど100年前だったよね、君たちが僕についてきてくれたのは」
「…ええ、たしかにそうでした」

 俺は思わず答えた。
 ミハエルはありがとう、と言った。
 何を今更、と俺は笑った。
 目の前に、大きな池があらわれた。
 俺は黙って水の中に入った。

「あと100年」

 腿まで水に浸かったとき、俺は言った。

「あと100年、俺は貴方についていきますから」

 ミハエルは背後を振り返ったのだろうか。

「彼らが来るのは、もっとずっと後だね」

 おそらく、と俺は答えた。水は腰まで来ていた。

「でも、100年経てばまた合流しますよ」

 ミハエルはそうだね、と言って、俺の首に回した腕に力を込めた。

「…このまま…」

 水に首まで浸かった。
 俺の足取りが、石のように重くなった。



 第三夜。
 この女は間違いなく水子地蔵の意味を取り違えている。
 最近にわかにアドミハアドが楽しい。
 多分 アドルフはミハエルが若くして夭折するイメージを抱いていると思った。
 つうか第三夜で入水させて第四夜はどうするつもり…?


モドル