第四夜
広いリビングの真ん中に、ガラスのテーブルとソファがおいてある。
ソファは黒い革張りで、品の良い光沢を放っている。
テーブルの上にティーセットを置いて、エーリッヒが一人でお茶の準備をしている。
お茶請けはパイらしい。
静かに微笑を浮かべて、慣れた手つきでお茶の準備をしているエーリッヒをみて、
ふと、こいつは今年で幾つだっただろうかと思った。
そこへ、青いガラスの花瓶に金魚を入れて、へスラーが入ってきた。
「エーリッヒ。お前、今年で幾つだ?」
へスラーが聞くと、エーリッヒは手を止めず、視線も動かさず、
「忘れましたね」
と言った。
「お前の故郷はどこだったっけな」
「心臓ですよ」
エーリッヒは微笑を絶やさず、4つのカップに紅茶を注いだ。
へスラーは花瓶を棚の上に置く。
「どこへ行くんだ?」
エーリッヒはソファから立ち上がった。
「あちらですよ」
「真っ直ぐ、あっちか?」
エーリッヒは答えず、部屋を出た。
俺はエーリッヒについていった。
へスラーが花瓶を倒すのが、ちらりと見えた。
エーリッヒは静かに、道沿いに歩いていく。
俺はその後についていきながら、たぶんこいつは道を間違えているのだと思った。
だが、黙ってついていった。
少し先の木の下に、2軍のメンバーが見えた。
エーリッヒは彼らに笑いかけ、こう尋ねた。
「食い殺されるなら、虎と狼、どちらを選びますか?」
彼らは口をそろえて、狼、と言った。
エーリッヒはやはり作り物みたいに同じ、柔らかい表情だった。
「僕もそっちの方がいいです。なら、…ここで少し、待っていてください。
僕はこれから、狼になるから」
俺は立ち止まった。
エーリッヒは真っ直ぐ歩いていった。
行く手に大きな森が見えた。あの森の中には人食いの狼がいる。
エーリッヒの姿が森の闇にかき消された。
彼は食い殺されに行ったのだ。狼になるために。
いつの間にか月が出て、哀切な遠吠えが遠く遠くこだました。
飄々、変身。
私的第四夜イメージ。
モドル