第七夜
大きな船に乗っていた。
スクリューが水を蹴り、切っ先が浪を切って進んでいく。
だが、俺はこの船がどこへ行くのか、それを知らない。
船は夜の闇を横切り、オレンジのような太陽が昇る方角へと進んでいく。
水平線から太陽が顔を出した瞬間から離れる瞬間まで、この船は全速前進して
それを捕まえようとする。
しかし太陽は船が追いつく前にひらりと中空に逃れ、船尾の後ろへと沈んでゆく。
月が出たのを見た記憶は無かった。
あるとき、俺は船の乗組員に尋ねた。
「この船は東へ行くのか?」
彼は怪訝な顔をして俺を見ていたが、やがて、
「何故」
と問い返した。
「昇る太陽を捕まえようとしているようだから」
船の男はからからと笑った。そうして、この船はね、と言った。
「捕陽船なんかじゃないですよ」
俺はひどく心細くなった。
いつ陸に上がれるかも判らないし、どこへ行くかも判らない。
「いつ降ろしてもらえるんだ?」
「降りたければいつでも――ご自由に」
褐色の指が指した方向には、白い手すりがあった。
その向こうは、勿論暗黒の海だ。
おいおい、と呟いて男を見返すと、彼の青い瞳は俺を見ていなかった。
「ご自由に、貴方の決めることですから」
彼は俺に背を向けた。そのときに、もう一言俺に投げかけた。
「昇る太陽を捕まえても、どうせ沈むんですよ。いつかはね」
俺は彼の背を見送ってからサロンに入った。サロンには立派なピアノが置いてある。
ピアノの前に座って、鍵盤に指を滑らせた。
音の世界から帰ってきた後、やはり死のうと思った。
それである晩、周りに人がいない時間を見計らって甲板に出、海と真っ直ぐに向き合った。
さぁ飛び込もうと思ったとき、俺をひとつの声が引きとめた。
「貴方は神を信じますか?」
俺が驚いて白い手すりをぎゅっと掴みなおすと、例の乗組員が俺を見て笑っていた。
彼の手には、銀色に光る銃が握られていた。
俺が信じているさ、と答えると、彼はそうですか、と言って銃口を俺に向けた。
「貴方が神の国に逝けるようにしてあげましょう」
銃口の中は真っ暗で、今飛び込もうとしていた海よりも深くて大きな闇が詰まっていた。
彼の指が引き金を引いた瞬間、俺はやっぱり生きていたいと思った。
銃声は聞こえず、俺の体は仰け反って海へと落ちた。
死にたくない。
船に乗っていたい。
俺は無限の後悔と恐怖とを抱いて、暗い波の方へ静かに落ちて行った。
「神の姿をしたものを殺した人間は神の国へは行けない」。
自殺を禁じたキリスト教の教え。
オイラのアドルフってエーリッヒさんを何だと思ってるんだろう…;;
モドル