第九夜
世の中がなんとなくざわつき始めた。今にも戦が始まりそうだった。
二人の妹はまだ幼くて、俺もまだガキだった。
ボンにある家はしんとしていて、だから刻々と近づいてくる戦火の足音が良く聞こえるようだった。
父はどこかへ行った。三週間前の、月のない晩だった。
母は泣いていた。泣いていた。俺たちは父がどこへ行くのかわからず、だが、母が泣いているから
きっともう帰ってこないのだろうと思った。
母の涙を見たのはこれが始めてだった気がする。
父がいなくなった家の中で、俺たちはひっそりと生きていた。
相変わらず家の中は静かだったが、ひょっとしたら外はもう戦争しているのかもしれない。
母はものを喋らなくなった。
妹たちはそんな母親よりも、俺にひっついているようになった。
俺は妹たちに、たくさんの聖書の話をした。
多分、父親が死んでいると俺はどこかで知っていたのだろう。
母は、いつも夜になると俺たちをおいてどこかへ行ってしまった。
上の妹が、「お母さんはどこへ行ったの?」そう聞くたびに、俺は「父さんのところだよ」と言った。
実際、母はいつか父さんのところへ行くのだろうと思っていた。
ある晩、(その晩はやはり月のない夜だった、)二人の妹を寝かしつけた俺を、母は呼んだ。
俺は母について家を出た。
市庁舎前を通って、ミュンスター大聖堂へ入った。
蝋燭の照らし出す大聖堂の中は神秘的で暗くて、怖かった。
母は俺に銀の十字架を与え、祈りなさいと言った。
何を、と尋ねても、母は何もいわなかった。
だから俺は、二人の妹が無事に育つことだけを祈った。
教会の中には他にシュミットがいた。栗色の髪は闇に溶けて、白い肌だけが蝋細工のように
蝋燭の明かりに浮かんでいる。
シュミットは18歳で、同い年の幼馴染のことを祈っていた。
だが、彼は戦地へ行って、俺の父と共にもう帰ってこないのだ。
こんな悲しい話を、夢の中で知った。
第九夜。
だんだん改造率高くなってきた…;;;
モドル