言わないけれど、祈っている。
 「Buon compleanno」



オオカミと赤ずきんと花束。



「オオカミさんオオカミさん」

流れるようなテナーに、読んでいた本から顔を上げる。
図書館という場所には余り相応しくない少年が、
自分を見下ろして笑っていた。
どこかに嘲りの見える、ロッソストラーダの
レーサーに共通の表情だった。
読書の好きなエーリッヒと、
図書委員の女の子目当てで
ここへ来るリオーネは、
こうやって時々顔を合わせる事があった。
だが、普段ならお互いに関わり合おうとはしない。
特にリオーネには、男と語らい合うような趣味はない。
その彼が、声をかけてきた理由など。
思い当たるものは一つしかない。
エーリッヒは本を閉じた。

「お空で赤ずきんちゃんが呼んでるぜ?」

過去に何度か同じ用件で声をかけてきたことがある。
そのときから使っている隠語は、二人以外には通じない。

「…ありがとうございます」

大いなる目的(と書いて野望と読むらしい)のついでとはいえ、
伝言を仰せつかってきたリオーネに
感謝の言葉を述べると、
エーリッヒは閲覧用机の前から立ち上がった。

「用心した方がいいぜ? 赤ずきんちゃんは飢えてるから」

追ってきたリオーネの言葉に苦笑を浮かべ、
銀の狼は心配ないというふうに
ひらりと肩越しに手を振って見せた。




屋上へ上ると、一瞬眩むほどの光が、
暗い階段を昇ってきた目を刺激した。
目を細めて明順応を助け、
目的の人物を探す。
だが、まだ来ていないだろうことは想像のうちだった。
いつも、呼びつけておいて後からやってくる。
酷いときには来ないことすらある。
それでも、エーリッヒは律儀に階段を登った。
たまには自分の方が待たせてもいいのではないかと
思うときがあるが、性格と相手の気性がそれを許さない。
きちんと待っていてあげないと、消えられそうで怖い。
自分でも莫迦だなぁと思いながら、
それでもあの自分勝手な赤ずきんに惚れ込んで
しまっているのだから仕方がない。
いつものように屋上のフェンスに手をかけ、
遠い町並みを眺めながら彼が来るのを待つ。
冬の空の色は静かに澄み渡り、
ゆっくりと流れていく雲の色がときどき、
彼の髪の色に似た。
リオーネの言葉を思い出す。
アイゼンヴォルフに所属しているエーリッヒが
オオカミで、
ロッソストラーダのカルロが
赤ずきん。
頭の中で、フランス原作のその話の筋を追う。
オオカミは、猟師に撃たれて死ぬ。
赤ずきんを己の中に収めたままに。
腹を割かれても、きっと自分は赤ずきんを手放せない。
自分の赤ずきんは、取り出せる形をしていない。
ふ、と息を吐いたところで、背後で扉の開く音がした。
振り返ると、どこか不機嫌そうな表情のカルロが
屋上の入り口に立っていた。
その右手に、似合わぬものをぶら下げている。
不機嫌の原因は、きっとそれだ。

「何か御用ですか?」

身体を半分だけ向けて単刀直入に尋ねると、
カルロは持っていた花束を
ばさりとエーリッヒの腕の中に放った。
黄色とオレンジのガーベラが主体の、
全体的に華やかな色合いの花束だった。

「…僕に?」
「バァカ。俺のファンとかいう女からだよ」

気持ち悪い、と付け足したエーリッヒの言葉を全否定し、
カルロはクソツマンネェ、と呟いた。
要は、エーリッヒに処分しろということなのだろう。
表向きはイイコを装っているから、
下手な所に捨てるわけにもいかない。
適当な人間に押し付けてしまうのが、
一番うまいやりかただろう。
とはいえ、どうしてもプレゼントじみてしまうのが
癪なのだろうなと考えると、
自然おかしさが込み上げてきた。

「…クダラネーもん押し付けやがって。
どうせなら喰いモンよこせっつーんだ」

くすくす笑っているエーリッヒを横目で睨みつけて、
カルロは吐き捨てるように言った。
何の役にも立たないような花束に使う金があるなら、
まだ空腹を満たしてくれるものの方に価値を感じる。
それは非常にカルロらしいのだけれど。
精神生活は絶対に不可能だな、と思いながら、
エーリッヒは花の香をかぐために顔を花束に近づける。

「でも、花はその場の雰囲気を和ませてくれます。
…僕は好きですよ」

目を閉じたその一瞬の表情が、ひどく柔らかくて優しくて。

「喰えるモンの方がいい」

エーリッヒの腕を引き、唇を重ねる。
落とさないように花束をしっかりと掴んで、
エーリッヒは貪るようなカルロのキスを受けた。

「!」


冷たい手がシャツの裾から忍び込んできたところで、
エーリッヒは身体を離そうとした。
許さないという風に腰に腕を回す
カルロの手を服の上から押さえ、
エーリッヒは深い青の瞳をゆるく睨む。

「…何を」
「喰う」
「こんなところで? 嫌ですよ」

抱かれることを嫌がる気はないが、
せめて場所くらいはなんとかしてほしい。
エーリッヒの希望をうるせぇ、と却下し、
カルロは強引にエーリッヒの身体をフェンスに押さえつける。

「…っ」

首筋を舌が辿っていく感触に、慣れた身体が震えた。

がしゃん、とフェンスが音を立てる。
それでもいつもより優しい感じのする
カルロの愛撫に、ふと、今日が何の日だったか思い出した。

「…カルロ、もしかして…知っていたんですか?」
「黙ってろ」

ぞんざいな言葉遣いはおそらく照れの裏返しだろう。
ひどく不器用な心の。
花束をファンに貰ったというのは本当だろうが、
もしかしたらそれを押し付けに呼び出したのではなく。
もしかしたら。

「…しかたないですね」

 エーリッヒは溜め息をついて、カルロの背に腕を回した。

「花束といっしょに、貴方も貰ってあげますよ」


花束を持ってやってきた赤ずきんに、
ワインとお菓子は僕が用意してあげましょう。



≪ENDE≫





 
ガーベラ
  花言葉:神秘、崇高美、前進、希望
  ピンク:崇高美
  イエロー:究極美
  オレンジ:神秘、忍耐強さ

冬休みだろうとか帰国中だろうとかいう
ツッコミはなしの方向で☆(ヲイ)


モドル