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目覚めを飾ったのは、むせ返るような 花の香気。 GAROFANO …何だ、これは…。 女性の香水も余り得意ではない僕が、 香水で漬物にされるという悪夢を見て目を開くと、 ベッドの中が一面の花畑になっていた。 夢の続きかと思いながら、視界を邪魔する 前髪をかき上げる。 かさりと、その指に何かが触れた。 何か? …決まっている。僕のベッドを我が物顔で 占領しているそれと、同じものだ。 僕はこんな悪戯をする人間を、幸か不幸か 5人ほどしか知らない (ユーリさんとトンさんには、知りすぎだと言って笑われた)。 ミハエルか、シュミットか、ポンさんとリーチさんか、 それとも。 「……ジュリオさん……」 ベッドの足元の方に座り込んで、まだ僕のベッドを 花で埋没させようとしている背中に声を掛ける。 くるりと振り返った瞳は、僕よりも明るい空の色。 「Ciao〜☆」 悪びれもせずにひらりと手を振る。 おはようございます、と口先だけで言った。 「漬物石の正体は貴方ですか…」 「どこの世界にこんな可愛い漬物石がいるのよ」 「はいはい…」 真正面に付き合っていても疲れるだけなのは 知っているので、適当に返事をして流す。 ちらりと横のベッドを見やると、親友の頭が見えた。 …よく、こんな中で眠っていられる。 案外、バラやラヴェンダーのように強い香りの 花を好む彼は、いい夢の中にいるのかもしれない。 どうやってジュリオさんがこの部屋に入ってきたかは この際無視して(精神衛生のためにも)、 とりあえず起きて着替えて、その後でこの花たちの 処分の方法について考えよう。 「あ! まだ起きないでよ!」 「うぐっ!」 身を起こそうとした瞬間、体重をかけた 渾身のエルボーを下腹部に食らわされて、 僕は身体をくの字に折り曲げた。 ひどい痛みが突き上げるように襲ってくる 中で、ちょっと涙ぐみながら思った。 なぜ朝からこんな目に合わねばならないんだろう。 5分ほど、相手の様子を探るように そのままの姿勢でじっとしていた。 ジュリオさんは黙って、作業を再開した。 持ち込んだ大量の花束から適当なものを 引き出しては、僕のベッドを花でいっぱいにする行為。 一体何の意味があるのか、判らない。 ただ、なぜかとても楽しそうに見えた。 白やピンクのカーネーションを選り取って、 彼は一撃でもってノックダウンさせた僕をも 飾りつけ始めた。 「…ひとつ、質問してもいいですか?」 「どーぞ? 気が向いたら答えてあげる」 髪に幾輪かの花を植えつけられながら、 それに抵抗する気すら起こらない。 すべてを運命に委ねるように、目を閉じた。 「…どこから持ってきたんですか、この花…?」 「あー。心配しなくていいわよ、盗ったわけじゃないから」 お金を払ったのはアタシじゃないけど、という 付け足しに、胃の辺りがキリキリと傷んだ。 どういう結末が待っているか、なんとなく予想が ついたからだった。 「僕に花を飾って、楽しいですか?」 「質問はひとつじゃなかったんだ?」 ジュリオさんの切り返しに何もいえなくて、 僕は口をつぐんだ。 ジュリオさんはくすくす、小さな笑い声をこぼして、 楽しいわよ、と言った。 「…あまりにも似合わないからですか?」 「アンタもたいがいヒネクレてるわね」 呆れるような溜息が聞こえた。 思わず目を開くと、彼は悪戯げに微笑んでいた。 ルージュを塗った唇が、白い肌に鮮やかに映える。 貴方に言われたらおしまいだと口にしようとした 僕の唇に白いカーネーションを押し付けて、 彼は顔を近づけた。 「アタシに似合う花もあれば、アンタに似合う花もあるのよ」 花とは違う香りが、ふわりと漂った。 ジュリオさんがつけている香水かもしれなかった。 僕はよく判らない、と口に出す代わりに、 彼を見上げた。 ジュリオさんは僕の唇を塞いだ花を、 気まぐれのように自らの頭に飾った。 僕のくすんだ銀よりも、 彼の夜空色の髪にこそ、白い花は冴えると思った。 「どうして、…今日」 「さぁ。ヒマだったからじゃない?」 そうですか、と呟いて、僕は視線を伏せた。 その僕の頬に、彼の両手が伸びた。 意思とは関係なく、彼の方を向かされる。 もっと顔を近づけて、触れ合いそうな位置で、 ジュリオさんは笑った。 「…なんてね。今月の頭がアンタの誕生日だったって 知ったから、祝いに来たんだって言ったら、どうする?」 目を見開いた。 頭がくらくらした。 甘い香りと赤いルージュ。 顔を離そうと頭では思うのに、 離れたくないと思う体があった。 「…Le lavoro angelo o diavolo?」 (貴方は天使、それとも悪魔?) 僕の言葉に、ジュリオさんは目を細めた。 僕の耳元に口を近づけて、 息を吹き込むように囁いた。 「Sono l'angelo nero」(アタシは堕天使よ) 「…Was machst du?」(何をしている貴様?) 凍りついたように動けなかった僕を 正気に引き戻したのは、不機嫌に響いた 母国語だった。 ドイツ語の判らないジュリオさんは、 半身を起こしてこちらを睨んでいるシュミットに、 余裕のように唇の端を吊り上げた。 「Senti,posso baciarti?」(ねぇ、キスしていい?) くるりと僕の方に向き直り、尋ねたのは瞬間。 元からこっちの答えを聞く気なんて持ち合わせちゃいない。 後から僕らの間に起こる火事の火種を、撒いていく。 「Haende weg von Erich!」(エーリッヒから手を離せ!) 「うぷっ!」 飛んできた枕を軽くかわしたジュリオさんに代わって、 僕がその攻撃を受ける羽目になる。 僕から身軽に身を離したジュリオさんの、 明るい哄笑が聞こえた。 「Sciocchezze!」(ば〜か!) 「Weg mit dich!」(失せろ貴様!) 次の攻撃が届く前に、ジュリオさんは 僕にひらりと一度手を振って、ドアの外へと姿を消した。 …無責任な。 ベッドとその周りの床に散らばったさまざまな色の花と、 不機嫌な紫の瞳を一渡り見渡して、 僕は今日一日が穏やかには過ぎないだろうことを 再確認した。 どうして朝から、今日はこんなにも機運の悪い。 大きな溜息が、自然と零れた。 <ENDE> |
カーネーション:
あらゆる試練に耐えた誠実、 良き競争相手、純粋な愛情、 貞節、若い娘、母の愛、
あなたを熱愛する、情熱、熱烈な愛情、愛の拒絶、愛を信じる、傷心
黄赤:愛の拒絶、良き競争相手
赤:あなたを熱愛します、愛を信じる
白:私の愛は生きています、貞節、若い娘
ピンク:熱愛、美しい仕種、感覚、感動
濃赤:私の心に悲しみを、欲望
淡桃色:試練に耐えた誠実
クリーム色:純粋な愛情
黄:軽蔑
イタリア語は間違いなく間違ってるね(なんだそりゃー)。
lavoro、は職業を聞く動詞だからね(だめだそりゃー)
ならわざわざイタリア語を使う必要はないという問題。
いや、二言語対話が書きたかっただけというか。
語学が苦手なのでこっちは必死なんですが。これも愛。
モドル