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貴方でなければならないのだ。 カスミ草 「May I sit your next seat?」(隣、いい?) 英語で声を掛けられて、エーリッヒはそちらを向いた。 ベリーショートの黒髪の少年が、 人のよさそうな笑顔で立っていた。 アジア人の特徴を兼ね備えているが、 おそらく日本人ではないだろう。 生粋でなかったり、生後しばらくを外国で暮らしたという 経験を持つ人ならともかくも、 インターナショナルスクールの食堂に 日本人はあまりいない。 「…Yes you may」(…どうぞ) 「謝謝」(ありがとう) 歓迎する様子も見せず、最も基本的な 構文的答えを返したエーリッヒに、 母国語で感謝を表す。 スパゲティの乗ったトレイを机において、 少年は白い椅子を引いてそこに腰を下ろした。 夕食時のために宿舎の食堂は混んでいた。 だが、空席が見つからないというほどではない。 どうしてわざわざ自分の隣に、とエーリッヒは 内心で両眉を寄せていた。 開会式と第一レースを明日に控え、 エーリッヒの神経はどこか尖っていた。 背負い込まずにいこうと思うのだが、 二軍の走りにどれだけ期待できるというのか。 本国で練習はつんできたし、負ける気で 試合に臨むなどありえないのだけれど。 明日のレースは負けられない。 アメリカ、イタリアには、今の二軍では勝てないことを、 エーリッヒは知っていた。 だから、グランプリも行なわれていない 日本チームとのレースに負けは許されない。 シュミットたちが日本に来るまでに、 なるべく多くの勝ち星を稼いでおかねば。 勝利の栄冠を、祖国に持ち帰るために。 「Have you a no appetite?」(食欲ないの?) フォークにくるくるとスパゲティを巻きつけていた少年は、 箸の進まないエーリッヒの顔を覗き込んだ。 びくりと顔を離したエーリッヒは、 愛想だけで少し笑って見せた。 「Sorry. It's just I was thinking」 (すみません。考え事をしていただけです) そう言った手前少しは食べないといけない、と思い、 エーリッヒはサラダに入っていたトマトを フォークで突き刺した。 「I think it's a officiouse, you had better eat more」 (よけいなお世話かもしれないけど、 もっと食べた方がいいよ) パンとサラダとオレンジジュースという、 朝食ほどもボリュームを持たないエーリッヒの トレイの中を見て、少年は心配したように言った。 確かにおせっかいだな、と思いながら彼の 話を聞いていたエーリッヒは、 次に彼から飛び出した言葉に動きを止めた。 「You will have a race tomorrw」 (明日、レースがあるんでしょ) 視線を向ける。 深い黒曜石の瞳が、じっと自分を見つめていた。 「黙っててごめん。僕は小四駆走行団光蠍の リーダーで、トン・ウェン・リー。 いつか君とも、レースをする事になるよ」 日本語に切り替えて、少年は笑顔で挨拶をした。 さっきはよく相手を見もしなかったから気づかなかったが、 たしかにその顔は、パンフレットで見た顔だった。 「いえ、気がつかず、こちらこそ失礼しました。 アイゼンヴォルフのリーダー、 エーリッヒ・クレーメンス・ルーデンドルフです」 この日始めて、エーリッヒは柔らかい笑顔を浮かべた。 「Of course, prease」(どうぞ、ぜひ) 嬉しそうに笑って、エーリッヒは答えた。 トンは母国語で「謝謝」と言い、白い椅子に腰を下ろす。 ドイツチームのメンバー(特にbQ)が厳しい視線を 送っていたが、持ち前の図太さと天然で、トンは プレッシャーなぞ全く感じなかった。 「今日は、皆さんは?」 「あっちにいるよ」 親しげに尋ねるエーリッヒに、トンは 2つ向こうのテーブルを示して見せた。 カウンターよりの一角を陣取っている、 黒髪の4人の姿が見えた。 こちらに気づいたのだろう、 双子の片割れが大げさに手を振ってきた。 軽く手を挙げてそれに答え、 エーリッヒはトンに視線を戻した。 「チームの皆さんと一緒にお食事ではないのですか?」 「うん、僕は食べ終わったんだ。 それで、エーリッヒに渡したいものがあったから」 首をかしげたエーリッヒに、トンは隠し持っていた 花束を渡した。 「ニーダシェンリークァイラ!」 目をぱちくりとさせながら、 エーリッヒは、え? と言った。 反射的に受け取ってしまった花束には、 手書きのバースディ・カードが添えられていた。 「うん、お誕生日おめでとう」 「…どうして…?」 「友達だから! お祝いしたかったんだ」 「いえ、そうではなく…」 「なぜ今日なんだ」 今まで黙っていたシュミットが、エーリッヒの 煮え切らない言葉に痺れを切らしたように尋ねた。 今度は、トンが目をぱちくりさせる番だった。 「え? だって、今日でしょ? エーリッヒの誕生日」 「違うよー、エーリの誕生日は5日」 デザートのイチゴタルトをさくりとフォークで切りながら、 ミハエルが言った。 「うわぁ、騙されたっ!」 …だまされた? 一体誰に吹き込まれた情報なのだろう、 とエーリッヒは思ったが、 ごめんね、と謝るトンに首を振る方が先決だった。 「いいえ、嬉しいです。 ありがとうございます」 色とりどりのフリージアとカスミ草で作られた 小ぶりの花束を抱えたまま、 エーリッヒは綺麗な笑顔を浮かべた。 花束によく似合うその笑顔を見て、 トンも嬉しそうに笑う。 「前から思ってたんだけど、 エーリッヒってカスミ草に似てるね」 「そうですか? …でも、僕よりもこの花に相応しい人を、 僕は知っていますよ」 周りの個性的な花々に埋もれ、けして主役にはなれないが、 全体を引き立てるためになくてはならない存在。 ばらばらの方向を向いてしまいそうな花々を、 一つところにまとめあげることのできる存在。 それは、エーリッヒというよりもむしろ。 優しい目でその小さな白い花を見つめて、 エーリッヒはもう一度、ありがとうございます、と言った。 貴方でなければできないことがある。 貴方にしか立てないポジションがある。 貴方だけに許された居場所がある。 なんと幸せなことだろうか。 <ENDE> |
カスミ草(4月の誕生花)
花言葉:清き心、感謝、切なる喜び、無邪気
フリージア
花言葉:あどけなさ・無邪気・純潔・慈愛・親愛の情・親愛
黄:純潔・無邪気
赤:愛想のよさ、純粋
白:あどけなさ、無邪気、純潔、慈愛、親愛の情、親愛
中国的リーダーが贔屓されてるって?
当然ですよ私の婿ですから!(胸を張って)
英語は適当なので流してください。
モドル