小さな波紋


自分の部屋に戻ってきたシュミットは、
すぐに目ざとく黄水仙を見つけた。
窓際においてあるその花は、
部屋の冷たい照明の中でも
やわらかい光を放っているように見えた。

「ヨンクゥイーレ?」
「やっぱり花がないと淋しくて」

机に向かっていたエーリッヒはシュミットを振り返り、
笑いかけた。
ガーデニング大国の人間だから、
花が身近にないと淋しく感じるのも当然かもしれない。

「しかしまた随分と、積極的だな」

黄色い小さな花を見つめて、
シュミットは口元に意味ありげな笑みを浮かべた。
その表情にいやな予感を感じ、
エーリッヒは椅子から腰を浮かせた。
それを押さえつけるようにエーリッヒの腕を取り、
シュミットは無防備な唇に口付ける。

「…なにを、…っ…」

深いキスの合間に苦しそうに息を継ぎながら、
エーリッヒはシュミットの紫の瞳を睨む。
上機嫌な笑顔を浮かべて、
シュミットは窓際の花を指した。

「欲求不満なんだろう?」
「どうしてそうなるんですか!」
「潜在意識だよ」

キスだけでは到底満足しそうにないシュミットに、
エーリッヒは身を固くした。
明日も学校があるのだ、莫迦な真似は止めてもらいたかった。
首筋へと口付け、シャツのボタンに手を掛けるシュミットを、
なんとか押し留めようとする。

「だいたいあれは、僕が
選んだものではありません…ッ!」

その言葉に、ぴたりとシュミットの愛撫が止んだ。

「…誰かから貰ったのか?」
「今日、街で偶然ワルデガルドさんと会って。
選んでいただいたんです」

ほっ、と息を吐きながら、エーリッヒは
嬉しそうに報告した。
シュミットは窓辺の花を睨みつけた。

「彼とは親しいのか?」
「似たような匂いを感じるので、
ときどきお話しする程度ですけれど」

同じ匂いとは、当然、「苦労人同士」という
意味である。
シュミットは無邪気な青い瞳を見つめ、
心の中で嘆息した。
もしもあの花を選んだのがワルデガルドの
潜在意識であるとしたら。

「…一度彼と話してみたいんだが」
「珍しいですね。貴方が、他のチームの誰かと
かかわりを持とうとするなんて」

それがレベルの均衡した、例えばブレットのような
者なら分かるが、シュミットは、自分より
レベルの低いレーサーには何の興味も覚えない。

「ああ。少し、な」

危険の芽は早いうちに摘んでおかねばなるまい。
エーリッヒの右手首を掴んだ左手に力を込めて、
シュミットは伏兵のようなライバルに
心の中で宣戦布告した。

<ENDE>


理由は、黄水仙の花言葉を見れば一発だネ!
莫迦でごめんなさい。


モドル