すでに太陽が皆を照らすには十分高い場所まで昇ってから、シュミットは目を覚ます。普段はそんな時間まで眠っていることを許してくれない親友兼恋人は、珍しくシュミットの隣で未だに安眠を貪っている。
 さすがに昨日の夜は無茶をさせすぎたか、と反省しながら、シュミットはエーリッヒの寝顔を見下ろす。小さな寝息をたてて白いシーツの中にくるまっている恋人には、普段の年齢以上に大人びた、ストイックな雰囲気はない。昔から変わらない、安心しきった、こどものような寝顔。
 彼のそんな顔をしばらく眺めていたいという欲望を抑えて、シュミットは手早く服を身につけ、部屋を出る。
 少ししてから彼は、二人分のトーストや紅茶の載せたトレイを持って帰ってくる。
 机の上にそれらを置いて、シュミットは恋人の耳に唇を寄せた。

「…モルゲン、エーリッヒ。もう朝だぞ…?」

 ちゅ、とキスを一つして顔を離す。

「ぅん…ット…?」

 甘えるように伸ばされた腕が、シュミットの首に絡む。
 珍しいこともあるものだ、と嬉しく思いながら、シュミットはされるままにエーリッヒに引き寄せられて唇を重ねる。

「…ルゲン、シュミット…。」

 唇を離し、うっとりと目蓋を開いて、エーリッヒは言う。
 シュミットはもう一度モルゲン、と言って、エーリッヒの鼻の頭にキスをした。
 エーリッヒから身を離し、紅茶をカップに注いでまだぼんやりとしているエーリッヒに手渡す。

「気をつけろよ、エーリッヒ。」

 緩慢に頷き、エーリッヒはまだ寝呆けた様子でカップを口に運ぶ。

「熱ッ…!」

 びくりとカップから顔を遠ざけたエーリッヒに、シュミットはため息を付く。

「だから言ったろう。」

 見せてごらん、とエーリッヒに顔を近付ける。見せるために出された舌を見て、シュミットは大丈夫だとは思うが、といきなり自らも舌を突き出してエーリッヒのそれと触れ合わせる。

「…ッ?!」

 危ない、と教えるようにエーリッヒのカップを持った手を捕まえて抑える。
 舌に触れたまま、シュミットはエーリッヒの唇を覆う。ちゅく、と濡れた音がエーリッヒの中で反響する。

「…念のため、応急処置。」

 顔を離し、シュミットはにっこりと笑う。
 完全に目を覚まさせられたエーリッヒは、トーストにブルーベリージャムを塗るシュミットを恨みがましく睨む。
 その視線を受け流し、シュミットはエーリッヒにトーストを差し出した。

「先に着換えさせていただけるとありがたいのですが。」

 まだ一糸も纏わぬままのエーリッヒが言うと、シュミットはご自由に、と差し出していたトーストを自らの口に持って行った。
 どうも、と答え、エーリッヒはベッドから降りるとクローゼットに向かった。
 臆することなくてきぱきと着換えを身に着けていくエーリッヒに、シュミットは感心したように声をかけた。

「図太くなったな、お前も。」
「今更でしょう? もっとすごいことをしているじゃないですか。」

 昨夜の痕跡が見えないように第一ボタンまではめて、エーリッヒはクローゼット横の鏡で確認する。
 シュミットはトーストの最後の一欠けを口に放りこんで、指を舐める。

「確かにな。だが、やはり…多少は恥じらってくれたほうがこっちとしては楽しいんだが。」

 エーリッヒは眉を寄せながら、唇を皮肉っぽく歪めた。貴方の思惑どおりにはいきませんよ、と言うかのように。

「サディストですね。」
「嫌がるお前が色っぽすぎるからだよ。」

 紅茶を口に含みながら、シュミットは平然と言ってのける。
 ベッドまで戻ってきたエーリッヒは、そこに腰掛けながら、溜息を洩らす。

「僕に色気なんて、求めないでください。」
「求めるもなにも。お前は生まれたときから色気たっぷりじゃないか。」
「…それはいやな赤ん坊ですね。」

 眉を寄せたエーリッヒに、シュミットは確かにな、と笑う。
 エーリッヒは手を延ばしてトーストを一枚取り上げる。シュミットがジャムを手渡すと、エーリッヒはありがとうございます、と言う。シュミットはエーリッヒの分の紅茶を注ぐ。

「気にしなくていいぞ。お前が寝坊したのも体が痛いのも、すべて私の責任なのだからな。」

 昨夜は久しぶりに激しかったから、私も体が痛いよ、と言い足しながら、シュミットはエーリッヒに紅茶のカップを手渡して、ジャムの瓶を受け取る。

「暫らくはしなくてもいいんじゃないですか?」

 くすくす笑いながらエーリッヒがからかうと、シュミットはとんでもない、と首を振る。

「お前が許してくれるなら、今すぐにでもまた抱きたいよ。」
「…許しませんよ。」

 めいっぱい眉間に皺を刻むエーリッヒに、シュミットは分かっているさ、と肩を竦める。

「ただ、私はいつでもエーリッヒに飢えていると知っておいて欲しいだけさ。」

 無意識に抗いがたく誘ってくるエーリッヒを、シュミットは恨みがましく見つめる。エーリッヒを前にして手を出させてもらえない、おあずけ状態の辛さを、せめて五分の一でも彼が判ってくれたらいいのに。シュミットは視線を落として溜息を吐く。

「どうかしましたか、シュミット?」

 ふ、とどこか余裕すら見せて目を細めたエーリッヒに、シュミットは一瞬苦い笑みを浮かべた。
 …もしかして、コイツ。知っててやってるんじゃないだろうな?
 付き合い始めてもう何年目だろう、とシュミットは指を折ることも馬鹿馬鹿しく考える。恋人として、ならばまだすこし先だが、友人としてならば、もうとっくに人生の半分は彼の隣だ。お互いにお互いの性分を知りつくしてたって不思議じゃないし、むしろそれが当然なのだ。
 シュミットが、エーリッヒは真昼間っから2日連続で身体を許したりしない、と知っているように、エーリッヒだってシュミットがどのくらいエーリッヒを抱きしめていたいかも知っているのだろう。
 そして、知っていて許さない。
 お互いを変えないために、壊さないために。

「…なんでもないよ。お前に惚れ直していただけだ。」

 エーリッヒは紅茶を飲みながら、喉の奥で笑った。

「…シュミット。午後から街に出ましょうか。」
「ん、構わないが。デートのお誘いかな?」

 ふふふっ、とエーリッヒは面白い冗談を聞いたように笑った。そして、そうですよ、と答えた。

「今日は天気がいいですからね。家に篭っていたらもったいないでしょう。」
「そうだな。」

 シュミットは立ち上がり、エーリッヒの瞳と同じ色のカーテンを開けた。
 この時期、この地方には珍しいほどの快晴だった。
 部屋いっぱいに差し込んでくる陽光は、まるで今日という日を祝福しているようで、こうやってエーリッヒと共に日差しを浴びる日が、今年も去年とおなじくらいあるのだろう、と思うと嬉しくなって、シュミットはエーリッヒの元に戻り、その頬にキスをした。
                                           <終>

 おぉー…ちょう久々にレツゴ小説書いた…(ゆうても昔書いたのん引っ張り出してきたんですけどね!)
 なんか、シュミットとかエーリッヒとかの名前を書ける事に軽い感動を覚え…!!(笑)

モドル