GREEN LOVES。



「リーダーってさー、青好きだよな」

 青い透明な地球儀を指で弾いてくるくる回し、エッジは言った。
 カラカラ、と乾いた音を立てて回る地球儀には、地球の四分の一サイズの天球儀がついていた。大学の入学祝にブレットが姉から貰ったものである。
 質問ではなく確認のイントネーションを持ったエッジの言葉に、ブレットは本から目を離さずにああ、と短く答える。
 確かに、ブレットの私室には青色の小物が目立つ。先ほどエッジが触れていた地球儀もそうだが、ブックラックや文房具を見ても、幅をきかせているのは青い色。心が落ち着くクールなその色が、母なる星の抱く色が、ブレットは好きだった。

「俺も好きだよ、青」

 ベッドに腰掛けて分厚い宇宙工学の論文に目を通しているブレットの隣に、エッジはさり気なく腰掛ける。

「だって、リーダーの目の色だから」

 言いながら、彼が年中外さないバイザーを少しずらして、深い青の瞳を現わさせる。
 ブレットは切れ長の鋭い目でじろりとエッジを睨んだ。
 睨まれることすら愛だと感じているエッジは、そのままゆっくりとブレットに顔を近付ける。
 その顔を片手で押さえ込み、何のつもりだ、とブレットは低い声で尋ねた。

「何って。やだなぁ、ちゅーに決まってんじゃん」

 言わせないでよ、はずかしー。と勝手に両頬を押さえて恥らうふりをするエッジを、ブレットは奇妙なもの(例えれば七色のアメーバのような)を見るような目で見ていた。
 …阿呆の相手はしないに限る。
 ブレットは手元の本に視線を戻した。エッジの存在など軽く無視して、専門書のページをめくっていく。そんなつれないブレットの様子にエッジはぶぅ、と子供のように唇を突き出して不機嫌を表していたが、やがてそれにも飽きたのか、あ〜あと声を上げた。

「つまんないよーブレットーなんかして遊んでよー」
「他を当たれ。俺は暇じゃない」
「判ってねーなー!ブレットじゃなきゃ意味ないんだっての!」
「……なんだそれは」

 やっと自分の方を向いた視線に、エッジはにっと笑った。

「な、ブレット。しようぜ」

 エッジの言葉の意味を正確に汲み取り、ブレットは眉を寄せた。
 馬鹿なことを、といわんばかりのその表情に、エッジは重ねて、しよう、と言った。

「いいじゃん、別に。暇なんだろ?」
「よくない、ていうか暇じゃない。人の話を聞け」

 視線を手元の本に戻してしまったブレットに、やっぱり実力行使しかないか、とエッジは勢いをつけて抱きついた。

「いいじゃん、ブレットぉー!」
「ッ! こら馬鹿危ねッ…!」

 地球という重力の場に逆らえず、二人でもんどりうってベッドに倒れこむ。
 ブレットの胸の上に顔を押しつけて、エッジはぎゅうと腰にしがみ付いた。アストロノーツ候補生として日々鍛錬しているので華奢というわけではないが、細い。その弾力加減が、エッジはひどく好きだった。

「…おい、退けエッジ」

 天井を見つめたまま、ブレットは一向に離れる気配のない男の肩に手を置く。
 エッジは顔を上げず、腕に力を込めて、ヤ、と言った。

「ブレットがやらせてくれるって言うまで退かない」

 だだっ子か、とブレットは溜め息を吐く。
 それを耳に入れて、エッジは目だけを上げてブレットを見た。
 睨み下ろしてくる、清涼な青い目。
 あー、その眼、すっごい好き。呆れててすっごい冷たい。刺すような視線にゾクゾクする。うっわ、俺ってマゾかも。

「…ブレットにだけだけど」
「何がだ」

 つい口に出てしまった一言を聞き漏らさず、ブレットは聞き返す。

「うん、俺はブレットの全部がものすごく好きなんだなぁって話」
「……言ってろ」
「あれ、もしかして照れた? ちょっと嬉しかっちゃったりなんかした?」

 はしゃぐエッジに、言ってろ、とブレットは返す。
 そんな反応すら愛しくて、本気で振り払われないことが嬉しくて、エッジは再びブレットの胸に顔を埋めた。微かに石鹸の香りがした。

「あーもー俺ってばすっごい幸せ者」

 出した声が、そのとおりあまりにも幸せそうだったからか、ブレットの体が小刻みに震えた。
 エッジが視線をやると、ブレットは口元を押さえていた。
 エッジの視線に気がついて、彼は不敵に笑う。

「安い幸せだな」
「そお?」

 そうでもないよ、とエッジはベッドに手をついて体を支え、ブレットと同じ位置に顔が来るように移動する。
 悪戯っぽく笑う紫の目の中に、ブレットの顔が映りこんでいた。

「ブレットの全部じゃなきゃ俺の幸せは買えないぜ? あんま安くないと思わね?」

 フン、とブレットは鼻で笑い、エッジの首に腕を巻き付けて引き寄せた。そのまま、軽く唇を重ねる。
 状況がよく分からなくてぽかん、としてしまったエッジに、ブレットは顔を離してしてやったりと微笑んだ。
 バイザーを外して枕元に置きながら、微動だにしないエッジをからかうように口を開く。

「どうした? しないのか?」
「いやしたいけど! …え? あ、その……いいの……?」
「一回だけな」

 途端、ぱあっとエッジの顔がほころぶ。
 本当に単純にできているものだと、ブレットは呆れを通り越して感心さえ覚えた。

「あーもーだからブレット大好き!」

 そのままの勢いで口付ける。触れ合わせていた唇を舐められて、エッジは反射的に唇を開く。進入してきた柔らかい舌の感触。快感を引きずり出されるように絡められて吸われ、エッジは頭の芯までその熱でとろけてしまうのではないかと思った。
 やがて唇を離し、ブレットはかすかに笑ってみせる。

「…100年早い」

 ちぇ、とエッジは唇を尖らせる。
 ブレットの余裕が、エッジには痛かった。
 いつも、追い詰められているのは自分ばかりで。余裕のない自分の顔を、ブレットは薄い笑みを浮かべて見ているのだ。
 彼の余裕の仮面を剥ぎ取ってやりたいと、エッジはずっと思っていた。だが、どうしても、煽られて先に余裕を失ってしまうのはエッジの方だった。ブレットは大人で、「やらせてやっているのだ」という雰囲気をいつでも纏っている。
 エッジはブレットにも感じさせてやりたいと思うのに、感じてくれているとは思うのに、それを確信に至らせる反応をブレットにさせたことがなかった。
 相手の機嫌を伺うように、エッジはブレットの首筋をぺろりと舐めてみる。微かに塩っぽい。舌の下で、ひくりとブレットの声帯が動く。
 あまり器用とも言えないエッジの指が、心底もどかしそうにブレットのシャツのボタンを外していくのが何となく見ていられなくなって、ブレットは微苦笑と共にエッジの上着を脱がしてやる。

「なんだ、ブレットもヤル気満々じゃん」
「黙れ」

 言葉はぞんざいでもブレットの顔は笑っている。エッジは晒された白い肌にキスを落とした。薄く筋肉のついた、発展途上の少年の胸。
 確かに顔の造詣や肌の色や声や、筋肉のつき方だって微妙に違うけれど、根本的なつくりは同じはずなのに。

「…なぁんで自分とおんなじ構造の身体にこんなドキドキすんだろ?」
「知るか。お前がおかしいんだろ」
「ブー。正解は、「相手がブレットだから」でしたー」

 いつの間にクイズになったんだ、とブレットは溜め息をつく。
 それをエッジは耳聡く聞き付けた。

「あーなにそれ、雰囲気ないなぁ。…なぁ、ブレットは俺の身体にドキドキしたりとかしないわけ?」

 チラリズムー、などと笑いながら、エッジは自分のシャツをめくり上げてみせる。
 ブレットは顔を顰めた。

「…何が楽しくてお前のストリップなど見なくちゃならないんだ?」

 脱ぐならさっさと脱げ、と呆れた声で促しながら、ブレットは自分のシャツを腕から滑り落とした。
 身に纏うものを次々と恥じらいもなく脱ぎ捨てていくブレットに、エッジはつまんね、と呟く。

「せっかく俺がエロティシズムの原点を探る旅に出ようっつってんのに」
「勝手に行ってくれ。俺はお前ほど暇じゃないと言ってるだろ?」

 さっさとしろ、と言われている様で、エッジはブレットの言葉に従って服を脱ぐ反面、まるでこの行為が事務的なもののように感じて悲しくなる。
 ブレットにとって、自分とのこの行為は性欲の吐け口でしかないのだろうか。
 そんなわけない、とエッジはかぶりを振った。ブレットがそんなに簡単に、物事を割り切れる性格じゃないのは誰よりも一番自分が知っている。俺が信じなかったら、誰が信じるっていうんだ。ブレットが俺に本気なんだってこと。
 全ての服を脱いでしまうと、エッジは再びブレットに口付けた。首筋から胸へ、ゆっくりと唇を落として辿っていく。
 時折ぴくりと反応を返す、意外と敏感な肌の持ち主の顔をちらりと見やる。
 頬を上気させて、ブレットはかすかに口辺をゆがめて見せた。
 はぁ、と荒い息を吐き出して、エッジはずりぃ、と呟いた。

「なんでいっつもカッコつけっかなぁ。…こんなときまでさぁ」

 ブレットの腕の内側の、柔らかい肉に口付けながら零したエッジの不満に、ブレットは手を伸ばしてエッジの赤い髪をくしゃりと混ぜた。

「お前に格好悪いところなんて見られたくないからな」

 まるで、弟にするようなその仕草に、ちぇ、とエッジは決まりごとになってしまった舌打ちをまた繰り返した。

「オレとしては、クールでパーフェクトで格好いいリーダーさまも見てたいけど、それとおんなじくらい、オレのテクに感じてくれてる可愛い恋人も見てたいんだけど」
「はは。…お前ヘタだからな。なかなかそうもいかない」

 なっ、とエッジは大げさにショックを受ける。
 確かにそんなに経験があるわけではないが、それなりに上手いつもりでいたのだ。プライドを傷つけられた気分で、エッジはブレットを睨んだ。
 そこに、トドメを刺すような神のおコトバ。

「なかなか上達もしないな。まるでお前のレポート見てるみたいだ」

 ああ、でも。

「一人で勝手に終わらせるのは、レポートとは逆か」

 …………サイテイだ、このヒト。
 エッジは見事に撃沈して、ブレットに体重を預ける。
 重い、というブレットの抗議をまた無視して、拗ねた目でブレットを見た。
 ブレットは一種サディスティックな表情を浮かべていたが、直ぐにくつくつと面白そうに笑い出した。まるで耐えられない、というように。

「…俺は別に、そんなお前でも構わないと言ってるんだがな」

 本当に? と直ぐにエッジは元気を取り戻して跳ね起きる。
 エッジの百面相が面白くて、そして彼の感情の起伏の中に自分のそれを紛らしてしまうかのように、ブレットはエッジをからかう。
 それがブレットの、年上としての矜持だった。エッジにだけは、格好悪いところを見られたくない。いつでも、彼の一歩先を歩いて、彼に認められていたいから。
 エッジの指が、ブレットの胸の突起に触れた。突然びくりと強張ったブレットの胸に、エッジは恭しく口付けた。

「ブレット。……好き」

 本当は全部、ブレットのせいだとエッジは思っていた。
 ブレットの表情や態度や、そんなものがエッジを追い詰める。今だって、すでにエッジのそれは硬く熱を持って存在を主張している。
 どうせいつだって、惚れた方の負けなのだ。
 だがブレットにも少しでも感じさせたいと、エッジは薄い陰毛の中のブレット自身を柔らかく握りこんだ。緩く扱いてやると、それはエッジの手の中で確実に大きさと硬度を増す。

「コラ、……エッジ……。…止め、ろ…」

 ブレット自身の変化に気を取られていたエッジが顔を上げる。ブレットの眉は困った時のように寄せられていて、行き場のない熱が昇って来たかのように頬が僅かに色付いている。
 ……その顔は、…反則っしょ。
 エッジは腕を伸ばし、ブレットのベッドの枕元についている引き出しを開けて、中から透明な液体の入った小瓶を取り出す。
 ブレットはそれを認めて、また笑った。

「なんだ、…もう我慢できないのか?」

 負けを認めるのはシャクだが、もうどうしようもないほどに身体が熱い。このままあと5分もしたら発狂してしまいそうだと、エッジは感じていた。

「…しゃーねーじゃん。そんだけブレットが魅力的ってことだよ」

 そいつはどうも、と応えたブレットの秘部に、濡れたエッジの指が侵入する。

「……ッ、」

 一瞬息を詰めたブレットに、エッジが気遣うような視線を寄越す。
 ブレットは目を瞑り、大きく息を吐いて頷いた。
 それに安心して、エッジは深く指を埋めていく。柔らかく指を締め付けてくる肉に、エッジは覚えずごくりと唾を飲み込んだ。
 何度経験しても、やっぱり飽き足らない。
 早くブレットの全部が欲しくて、エッジは二本目の指をブレットの中に突き入れた。

「いッ…! オイ、エッジ…! まだ早…っ!」

 内側で指を折り曲げられて、ブレットは言葉を飲み込んだ。
 抑えた荒い息遣いに、エッジはブレットの顔を覗き込んだ。目を閉じると、長い睫の間に僅かに涙が溜まっているのがわかる。
 熱狂の余波が汗になってブレットの頬を滑り落ちて行くのを、エッジは色っぽい、と感じた。そして、たまらない、と思う。
 性急にブレットの中をかき回すと、エッジは指を引き抜いた。

「ゴメン、ブレット………」

 脚を抱え上げられて、ブレットは覚悟を決めて目を閉じた。
 エッジの声から、心底申し訳ないと思っているのが判る。判るだけに、仕方のない奴だ、と思うしかないのだ。自分の感情を素直に伝えてくるエッジに、ブレットはどうしても甘くなってしまうのを禁じえなかった。
 それこそ、自分がすでに失ってしまったものだったから。
 指の比ではない圧迫感を伴って、エッジ自身がブレットに埋められる。

「…ぅ……っ……」

 苦痛の呻きを耳にして、エッジはもう一度、ごめん、と言った。
 それでも息を吐いて、ブレットはエッジが奥へと進むのを促してくれる。その優しさに助けられながら、エッジは完全にブレットの中へと侵入を果たした。
 ブレットが痛みに慣れるのを待ちきれず、腰を揺らす。
 涙で滲む視界の中、ブレットはぎろりとエッジを睨みつけた。

「……から、お前は………上達、しないってんだ……!」

 だって、仕方ねぇよ、と言い訳のように口にして、エッジは強く腰を打ちつけ始める。
 ギシギシと規則的に、ベッドのスプリングが軋む。

「……ブレット。…好き。好き…。…好き……ッ」

 そのリズムに合わせるように何度も同じ愛の言葉を口にし、エッジは酷く真剣な目でブレットを見詰め続けている。
 熱に痺れた脳で、ブレットはエッジの言葉を受け入れていた。
 知り合ったばかりの頃、ナンパを繰り返していつも違う女の子と笑っているエッジをブレットは軽いヤツだと思ったことがあった。だが、こうやってエッジと付き合っているうちに理解できたことがある。
 彼は確かにその言動は軽いが、ひとつひとつの恋愛に対して並々ならぬ重みを感じているのだと。今までに向けた誰への思いの中にも、真剣でなかったものなどひとつもなかったのだろう。
 エッジは経験豊富なくせに、不器用な恋愛をするタイプだ。だから本気になり過ぎないように、彼の本能が軽口を叩かせる。相手の重荷にならないように。
 だけれどブレットに対しては、その枷が外れてしまうらしい。重荷になっても構わないから、ウザイと思われても構わないから、本気だということを知っていてもらいたい。
 それを解っているから、ブレットはエッジが拒めなかったのかもしれない。

「……スキ………っ!」

 体内に熱い迸りを受け止め、ブレットも自分の熱を解放した。








「……本当にお前は、自分勝手だな…」

 シャツに袖を通しながら、ブレットは呟いた。
 エッジはまだ裸のまま、ベッドにごろごろしている。幸せそうな笑みを浮かべながら。

「だって、ブレットのこと好きだし。これ以上ないってくらいにさ」
「だったらもうすこしこっちの身にもなってもらいたいもんだ」

 毎回毎回無茶苦茶しやがって。
 ぼやき続けるブレットを横目に、エッジはブレットの枕を抱きしめてブレットの匂いを吸い込んでいた。
 聴いているのか? という少し苛立ちの見える声に、聴いてるよん、と軽く返事をする。
 聴いていても流れていく。本当に右から左のちくわの耳だと知っていて毎回お説教をする自分が馬鹿なのだろうか、とブレットは額に片手を当てた。
 ……ああ、あんな馬鹿に絆された時点で、俺は充分馬鹿なんだった。
 そう頭の片隅で認めかけた時、タイミングよく響いたのは甘くて軽い声。

「でもさ、ブレット。こんな俺でも好きでいてくれるんだろ?」

 白い歯を見せてにぃーーーっと嬉しそうに笑った一つ年下の少年の顔に、ブレットはとりあえず直ぐ傍に落ちていた彼のトランクスを拾い上げて投げつけてやった。

                                           <終>


 ………なんやコレ…;; ぶれちょん受って難しいですね! 逆に見えるデスね!! でもエッジにはこのくらいの余裕のなさがいいかと! …スミマセン、私的萌でした。
 ハハ。取り合えず最後にぱんつ持ってきてみました。…駄目ですか??(笑)
 …あんなステキSEと等価交換なんてどだいSOSなんかにゃ無理なんですよ!!!!(逆ギレ)


 モドル