誕生日の一日前の、喧噪。



「…そーいえばさ」
 ソファに座っていた金の髪の少年が、思いついたように紫の瞳を覗き込んだ。
「…なんですか」
 返事をしなくても良いかな、とは思ったが、後々何か言われても面倒だ。
雑誌から顔をあげて、当たり障りのないような言葉を選ぶ。
 目の前の王子様は、疑問と好奇心を綯い交ぜにしたような色の瞳をしていた。
「シュミットって、甘いモノキライだよね?」
「好きじゃないですね」
 雑誌に視線を落とす。
 何を言い出すかと思えば、今更な事を尋ねてくる。

 甘いものは、好きじゃない。
 口に含んだとき舌に感じるキツイ刺激や、呑み込んだとき喉の奥に感じる粘着感。
 そんなものが、どうしても好きになれない。
 …嫌いだ。
 どうせなら、まだ苦い方が良い。美味いと感じる。

「でも、ケーキ食べるじゃない? なんで?」
 …ああ。
 あれは。 


 ……特別。


「甘くて…」

 どん。

「…?」
 廊下から、鈍い音。
アイゼンヴォルフの部屋の壁に、外側から何かがぶつけられたようだ。
「今の、何だ?」
アドルフが腰を上げて、部屋の外に確認に向かった。
 …直後。
「うわっ!? ど、どーしたんだよお前?!」
ひどく狼狽した彼の声が聞こえてきた。
 その声に、シュミットの中で、嫌な予感が膨らんでいく。
 …きっと、ロクなことが起こりやしない。
 雑誌を閉じて新聞入れに片付けて、簡易台所にミネラルウォーターを取りに行く。
 …何故だろうか、そうしなければならないような気がしての行動だった。
「シュミット! 大変だ、エーリッヒが…!!」
 ひどく取り乱したアドルフの声。
「…ちょっと待ってくれないか。今、コップに水を…」
「ンな事はどうでもいいって!!」
「落ち着けアドルフ。…シュミットの行動は、何故だかすごく正しい」
 落ち着いたヘスラーの声が聞こえる。
「エーリッヒ、大丈夫ー?」
 今度は、ミハエルの声。
「ん〜…、だいじょうぶ〜…?」
 微かに語尾が疑問形?
 シュミットは、グラスを持ってリビングに戻った。
「あ〜、シュミットぉ〜v」
 …そこには、顔を真っ赤にしたエーリッヒ。
 …出来上がってる…。
 シュミットは、にわかに頭を抱えたい衝動に駆られた。
 酔ったエーリッヒは、過去の体験から言って…非常に…扱いにくい。

 だいたいどうしてコイツ、酔ってるんだ?
 買い物に出かけたはずじゃなかったのか??

 その疑問にはすぐに答えが出た。
 シュミットは、推理力に優れている面がある。普段ならむしろ洞察力と言うべきかも知れないが、
こと、今回の場合は…直感である。
「シュミットぉ、ここ、座って下さい」
 とろんとした目をして、エーリッヒは自分のとなりをぽんぽん、と叩いた。3人がけのソファだから、
余裕がある。
 今のエーリッヒに逆らうと恐いかもしれないので、シュミットは大人しくエーリッヒの言葉に従った。
 隣に座ると、エーリッヒは至極満足そうに笑って、頭をシュミットの肩に預けてきた。
「んん…、シュミット…」
 どうやら、微睡んでいるらしい。
 しかし、こうなったときのエーリッヒが一番なにをやらかすかわかったものじゃないんだ…。
酔ったエーリッヒは、己に非常に正直で素直だから。
「ねぇシュミット。エーリッヒ、どうして酔っぱらってるの?」
 ミハエルが、ごく当然の質問をする。
「そんなの、私の方が教えてもらいたいですね」
 肩に掛かる重みを心地よいものと考えながら、シュミットは溜め息をついた。
 手に持ったグラスの中で、透明な水が静かに揺れている。
「…まぁ取り敢えず、ちょっと行っておきたいところがあるんですが」
 グラスをテーブルにおきながら、シュミットは言った。
「……その状態で、どうやって動くわけ? 君は」
 半分呆れたように、ミハエルが尋ねた。
 エーリッヒはシュミットに体重を預けるように寄りかかっている。シュミットが立ち上がろうものなら、
そのままエーリッヒは倒れてしまうだろう。
「………………………………」
 シュミットはそっと体をずらして、ゆっくりとエーリッヒの体の傾斜を緩やかなものにしていく。
 やがて、エーリッヒの頭はシュミットの膝の上に落ちた。
 柔らかい銀の髪をそっと梳いてから、さらに体をずらして、エーリッヒの体を完全にソファに横たえる。
 エーリッヒの瞼が降りたままなのに安心して、シュミットは立ち上がった。

 ぐい。

 だが、一歩身を進めようとしたところで、上着の裾が何かに引っかかったように動けなくなる。

 ……。

 嫌な予感に支配されながらも、ゆっくりと首を巡らす。
 剣呑な光を湛える、ブルーグレイの瞳。
「…どこへ行く気ですか? 僕を置いて」
 …しっかりした口調が恐い。
「いや、すぐ帰ってくるから…」
 放してくれ、と目で訴える。
 エーリッヒはそれが解ったのか解っていないのか、目を細めた。
「…いつもそうですよね、貴方という人は。…僕には我が儘言うクセに、僕の我が儘は
聞いてくれないんですよね」

 …は?

 エーリッヒには珍しい、恨みがましい声。
 それを聞いて、シュミット以外の者の目が点になった。
「お、おい…、エーリッヒ?」
 驚いたせいか、止せばいいのにアドルフが声をかける。
「あ、莫迦!」
 そのシュミットの声に、被さるように。
「ぅるっさい!! 黙ってろ悪人ヅラ!!!!」
 …普段のエーリッヒからは、想像も付かないような言葉が飛び出す。
 撃沈したアドルフに、エーリッヒはさらに追い打ちを駆けた。
「だいたい、第一回WGP最終レースで、お前ら(※注:アドルフとヘスラー)、ミハエルに
「ツヴァイフリューゲルで追いつきます」とか言っといてェ、同型機でどうやって合体技使うんだよォ?!!
説明してみろこらァ!!」

 …うっわぁー、ガラ悪ぅ〜。

 シュミットは、そっと身を引いた。
 しかし、依然シュミットの服の端はエーリッヒの手の中にある。
 きっ、と、エーリッヒがシュミットを睨む。獰猛な、猫科の猛獣のような瞳だ。
「逃げるな」
 低い、地の底を這うような声。

 …恐い。とてつもなく恐い。

「…別に、逃げる訳じゃない」
 逃げ出したいのはやまやまだが。
「…………あ〜そう。じゃ、いいですよ」
 ふいに、エーリッヒはシュミットの服を放した。
 そして、ソファに寝そべったまま顔を伏せ、ぽつりと零した。
「…どうせ、いつか貴方は僕から離れて行くんだから。…それが遅いか早いかの違いだけでしょう…?」
 くぐもった声は、泣いているようにも聞こえる。
「ちょ、エーリッヒ、私は別に…!」
 流石に、これにはシュミットも慌てた。
「あーあ、シュミットってばエーリッヒ泣かしちゃった」
「…泣かしてません」
「でも、実際泣いてるじゃない。ほら…」
 ミハエルが、ちょこちょこエーリッヒの方に近寄っていく。
 それを見ながら、シュミットは一応言っておこうと思って口を開いた。
「…リーダー、私の体験上」
「うん、なに?」
「この状態のエーリッヒに近づくと、危ないですよ」

 がしっ。

「うっわ…!」
 ミハエルの腰に両腕を回して、抱き付くエーリッヒ。
 ………しかも寝てる。
「これはこれでまぁ幸せなんだけど、これってどういうことだと思う? シュミット」
「私にとっては非常に不愉快なことではありますが、おそらく…抱き枕がわりでしょうね」
 シュミットの眉間に皺がよっている。
 ミハエルは溜め息をついた。
「…動けないじゃん」
「…………おそらく15分くらい、そのまま寝続けると思います。…不本意ではありますが、
エーリッヒをよろしくお願いします」
「どこ行く気?」
「…15分以内には帰ってきます」
 答えにならない答えを返して、シュミットはドアに手を掛けた。
 その背に、無邪気な声が追いすがってくる。
「ねぇ、寝てるエーリッヒがあんまり可愛かったりしたら、食べちゃうのってアリ?」
「ナシです!!!!」










 〜〜〜〜同時刻、NAアストロレンジャーズの部屋。

 …災厄は、突然にして降りかかるものである。


 アスレンのメンバー達はリビングに集まり、優雅にティータイムなぞを楽しんでいた。
「そういえば、今度のTRF戦だけれど…」
「ああぁ、そういえば今、あそことは1勝1敗だったよな。勝っておきたいところだけど、そうかんた…」

 こんこん、がちゃ。

「こんにちわー」
 ノックのみで、返事も聞かずに入ってきたのは、今話題に上っていたチームの小さなリーダーだった。
「レツ? …俺に会いにでも来たのか?」
 まぁそんな奇跡が起きるはずはないと思いつつ、ブレットは一応尋ねてみた。しかし、彼の目的が
それでないことは、烈がキョロキョロと部屋の中を見回しているのを見ても一目瞭然である。
「んー、この部屋にいると、今から面白いものが見られるんじゃないかと思ってさ」

 …面白いモノ?

 生憎、烈のその言葉を聞いて、背筋を冷たいものが走り抜けたのはブレットだけだった。
「ああ、ここでいいや。じゃ、頑張ってね」
 台所の方に消えていく烈を、呆然と見送るアスレンのメンバー達。
「………んには行かせてくれないだろうな」
 そんな中で、烈の訪問によって尻切れとんぼだったセリフを、エッジは取り敢えず終わらせた。
「そーだよね。あっちのチームだって、こっちの特性読み始めてるだろうし」
「突然新マシンを投入してきたりするから、油断ならないな」
 一瞬にして、烈の訪問と謎のセリフをなかったことにして日常に戻れる彼らは、ひょっとすると
ものすごく強かなのかも知れない。
 しかし、その「日常」は長くは続かなかった。

 バァアンッッ!!!

「うわっっ!!? な、なんだ?!」
「シュミット??!!」
 突然ものすごい勢いでドアが蹴破られた。
 その事実と、その行為に及んだのが2年前に知り合った自分の悪友であると認識した直後…。
「貴様! あれほど躾はきちんとしておけと言っただろう!!!」
 ブレットは胸ぐらを掴まれてつるし上げられていた。
 『何がなんだか僕さっぱりワケ分かんない状態』のブレットを無視して、シュミットは一方的に言い募る。
「俺にあいつの行動を束縛するだけの権利なんてないから、別にあいつが誰とどこで会ってようが構わんがな!
 と、いうかそれはかなりムカツクんだが!! まぁそれはおいておいて、別にエーリッヒに飲ませようが
飲んだあいつも悪いんだから構わんのだが!! 手をつけられなくなったからこっちに返すとかそういう態度だけは
止めろ!! やるならきっちり最後まで責任をとれ!!! あの状態になって、あとから一番後悔するのは
あいつなんだからな!!!!!???」
「いやまて俺が悪かったから落ち着け落ち着いて何で俺が今謝らなけりゃならないのかとか謝ってるのかとか
そういうことを教えてくれると非常に有り難いんだが」
 恋人への文句をはき違えているのだか、抗議する相手を間違えているのだかわからない口調でまくし立てるシュミット。
 そうして、ひょっとして、アストロノーツになるには早口の修練が必要なのだろうかと思われるほどの活舌の良さを
発揮してみるブレット。
 …どっちをとっても、ろくなモノじゃなかった。 
「…まぁ、お前に言ってもどうしようもないことも判っているんだが」
 なら言うんじゃねぇよ!!
 ブレットは叫びそうになったが、寸前で呑み込んだ。自分は、今、それを許される状態ではない。
 ゆっくりと、シュミットはブレットから手を放した。
 それに安堵の息をもらしたのは、何故かブレットではなく、他のアスレンのメンバー達だった。
「…それで、何があった」
 ブレットは、なるべく穏やかに尋ねてみた。
 しかし。
「説明しているだけの暇はない」
 さっさと切り捨てられた。
「………」
「どうしても知りたいというなら、レツ・セイバにでも聞け」
「…どうしてそこでレツの名が出てく…」
「レツならここにいるけどな?」
「!!!!」 
 うっわバカヤロ!!!
 ブレットは心の中で叫んだ。烈がここにいることをバラしたのが、たとえ自分ではなくて同僚の
そばかす少年であったとしても、最終的に被害を被るのは自分だ。あの鮮やかな赤の少年は、
自分より小さいモノにはメチャクチャ優しいんだ…っっ!!
 ブレットは、ミラーにちょっとしたジェラシィを感じてみたりした。

「ほぅ、居るのか。…まぁおおかたそんなところではないかと思っていたが」
 …面白いこと(特に他人の)には目のない奴だからな。
 もしも面白いことがなかったとしたら、自分でセッティングする。それだけの舞台を用意して、
自分は客席から傍観するのだ。さも、自分には何の関係もないというような顔で。

 ……今回のように。

「…レツ・セイバ? 人のモノには手を出すなと、この男に教えてもらわなかったのかな?」
 姿の見えぬ敵に、声をかける。あくまで紳士的な、外向きの言葉遣いで。
「そっちこそ、エーリッヒ君に付け入るだけの隙をカバーしきれてないんじゃないの?」
 台所の方から姿を現す烈。
 ルビーのような赤い瞳からの視線には、嘲笑的なものが含まれていた。
 烈は、軽く肩を竦めてみせる。
「ドイツ人ってお酒に強いイメージがあったからさ、エーリッヒ君はどうかなーって思ったんだけど。
以外と虎になっちゃうんだね、ちょっとしか飲ませてないのに」
「ああ、あいつは強いさ。……麦と果実から造られる酒には、な」
 そう。
 何故か、エーリッヒはそれ以外から造られた酒にはめっぽう弱い。それこそウォッカを飲んだとしても
平気なくせに、ラムならグラス一杯でも酔う。
 おそらく、体に抗体がないんだろうが…。
「へぇ。じゃ、酔っちゃっても仕方ないね」
「何を飲ませたんだ?」
 ここへ来て、興味から話に首を突っ込むエッジ。
「どぶろく」

 …ドブロク??

 聞き慣れない単語だった。
 それもまぁ、外国人のお子さま達なら当たり前かも知れない。
「ちょっと待ってね、調べてみるわ」
 趣味がネットサーフィンなアスレンの紅一点が、ノートパソコンをいじり始める。

 …別に、「どぶろく」についての詳しい知識なんかいらない…。

 そんなことより、問題なのは。
「レツ。どう落とし前をつけてくれるつもりかな、君は?」
「アイゼンヴォルフの部屋の前まで、責任もって連れていってあげたよ。…暫く面白がった後にだけど。
…可愛かったよ? エーリッヒ君」
「…何をした?」
「さぁ? あとでエーリッヒ君本人に聞きなよ」
 剣呑な雰囲気のシュミットを、烈は目を細めて笑った。
「…あいつは、酔って起こした行動を覚えていない」
「後悔するのに?」
 …しっかり盗み聞きしてやがったか! 小悪魔め!!
 シュミットは心の中で悪態をついた。
 烈は、ひょっとしたらそれすらも見通しているのではないかという笑顔を見せる。
「自分が何をしでかしたか判らないから、不安になるんだろう。…誰かに迷惑をかけたんじゃないか、とな」
「ふぅん。やっぱり優しいね、エーリッヒ君は。…だから好きだよ」
「レツ?!」
(一応)恋人であるブレットが、驚愕の声をあげた。
 それに対し、今年13歳になる日本人(?)男子、星馬烈は、にっこりと魅力的な笑顔を浮かべた。
「大丈夫だよ、ブレットへの‘好き’とエーリッヒ君への‘好き’は次元が違うからv」

 …次元?! 次元って何?!

 なんだ、どっちも好きなんだ。

 4次元や5次元で好きになられるのも困るけど、1次元で好きになられるのもヤダなぁ。それって点じゃん。
ぽっつりしか好きじゃないってことなのかなァ。理想的なのは3次元で好きになられることだろうなぁ。でも、
どっちが何次元の話とか、限定しないあたりがレツだよなぁ。

 3段落前の感想はハマーDのモノであり、2段落前のモノはミラーの、1段落前のはブレットのモノである。
 …どれが正しい反応だろう。 

 ハマーDに5000点。


「ああ、どぶろくって日本のお酒なんだ」

 話題遅?!!

 エッジは引いたが、ジョーはいたって大真面目だった。
「濁り酒だって。日本酒だから、原料はお米ね」
 …あっそう。

(っていうか今のうちに逃げ出そうかなぁ)
 烈は、そんなことをぼんやり思っていた。
 だが、自分をねめつける紫の瞳が、それを許してくれそうもない。
 烈はキョロキョロと周りを見渡した。

 …何か目くらましになってくれそうなモノは…と。

 ふと、さっきシュミットが蹴り破ってそのままになっている扉の向こう(平たく言って廊下)に、
見知った顔を発見。

 …あれだ!!

 そこからの烈の行動は迅速だった。 
 シュミットが制止する暇もなく廊下に走り出し、通り過ぎかけていたその人物---ロッソストラーダの
リーダー様---の後ろ襟首をひっつかんだ(身長差約27p)。

「カルロッ…!!」
 烈の声を聞いて、シュミットの野生の感が働いた。
 一番近くにいた人間---この場合はアスレンのリーダー様---を捕まえて、自分の前に放り出した。
「投げッッッ!!!」

 がづっ。

 …ひどく鈍い音が、辺りに静かにこだました。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「………ひ、」

 …ひ?

 お互いの石頭度を確認し会った二人のリーダー(悶絶中)を、取り敢えずこれからもう一悶着ありそうな
二人から遠ざけていたアスレンのメンバー達は、烈の口から、今度は何が飛び出すのかと不安に胃を痛めた。 

「非道い人だな、君はっ!!」
「お前だろうがっっ!!!」
「人の可愛い恋人を盾にするなんてどういうつもりだよ?! この鬼畜!!!」
「それを言うならお前だって、あの時点でならまだ思い止まれただろうが!! 遠慮ナシにその“恋人”に
向かって関係のない人間をぶつけたのは誰だ?!」
「良いんだよ! ブレットは僕のために死ねるなら本望なんだから!!!」

 …言ってることが矛盾してるよ、烈。

「けんか〜…」 
 睨み合っていた二人の耳に、奇妙に間延びした声が聞こえてきた。
 …この時点では、あまり聞きたくない声だ。
「りょーせいばいッッ!!!」

 ゴッ☆

 さっきまで煩かった二人を黙らせるほどに、綺麗にラリアットが入った。
「…エーリッヒ…」 
 寝ていたんじゃなかったのか…。
 シュミットはそう思って時計を見た。
 アイゼンの部屋を出てから、すでに25分が経過していた。

 …起きたんだな。

 エーリッヒは、焦点の定まらない目で、床に倒れ伏した4人を見ている。
「何してるんですか?」
 以外としっかりした口調で、エーリッヒは尋ねた。
 …ハマーDに。
「え、あ、あ…、(何してたんだっけ??!)」
 ハマーの脳味噌に、パニックが訪れた。突然の状況判断力に欠けるハマーDは、
パニックに対応しきれずにおろおろし出す。
 それをカバーするために、現在の状況をハマーDに教えるミラー。
 エーリッヒは、その現場をにこにこしながら見ている。
「良いチームワークですねぇ」

 …っていうか狙った?!

 エッジは、酔ったエーリッヒは別人のように人が悪くなることに気付いた。
 気付いたからといって、どうできるわけでもないが。
(ごめんみんな…! 俺には見ていることしかできない…!!)
 要は『触らぬ神に祟りなし』だ。エッジは逃げを選んだ。
 しかし、神の方から触ってきた場合、どうすれば良いんだろう。
「エッジさん?」
「はいっ!!?」
 大声で返事をして、背筋を伸ばしてしまうエッジ。
「背、伸びましたよね?」
「せせせ? あ、背? ああ、うん。ちょっと伸びたかな」
「ジャネットさんも伸びたんですよ」
「マジッっ?!」
 第一回WGPのときに同身長だったジャネットを、エッジが密かにライバル視していたことを知っての発言だ。
「女の子を守れる男になりたい」エッジとしては、女の子であるジャネットには、縦の成長的に負けたくないのだろう。 
「…可愛いですよね、エッジさんは」

 ええー?! それって、ジャネットに今現在負けてるってコトーー?!

 事実を確認すべく、エッジは部屋を飛び出していった。
 エッジのあわただしい足音が階段を下りていったのを確認してから。
「まぁ、今のところエッジさんの方がちょっと高いくらいでしょうね」
 …と、呟いた。
 いっそ気持ちがいいくらいに人が悪い。
エーリッヒはくすくす笑いだした。
 何が面白いんだか。
 なるべく見ないようにしていたのだが、ジョーはその笑い声を聞いて、エーリッヒの方を向いてしまった。
 …ばっちり目があった。

 …うわぁ、ヤッバイ…。

 しかし、エーリッヒはにっこりと人のいい笑顔を浮かべただけで、ジョーにたいしては何も攻撃を仕掛けなかった。
 フェミニストの傾向がある彼の元の性格が残っているんだか、報復を本能的に避けたのだかは判断しがたい
ところだが。
 エーリッヒはぐったりしているシュミットの横にしゃがみ込んだ。
「シュミットー? 帰ろー?」
「…頼むからもう少し労ってくれ…」
 倒れたまま、シュミットは呻くように言った。
 それを聞いて、エーリッヒは小首を傾げた。
「これ以上?」

 …いや、ちっとも労ってねぇし。

 意識を取り戻したカルロは突っ込もうかと思ったが、予想以上にダメージが大きく、舌が思うように動かなかった。
「…エーリッヒ君、痛い〜…」
 どうやらこっちも回復したらしい烈が、声を挙げる。
 だが。
「シュミットに危害加えようとした方が悪いんだよ」
 冷たく切り捨てられた。
 がくり、と力を失った烈を看取ることなく、エーリッヒはシュミットの腕を引いて帰っていった。
 …引きずることになったシュミットの頭がいろんなところに当たって痛々しい音を立てるのが、暫く聞こえていた。
(…階段までにシュミットが立ち上がれればいいが…)
 霞がかった意識の中で、ブレットは悪友の心配をしてみたりした。





 結局、その日は仕事にもならなかった。
 雑務処理班の中心人物たるエーリッヒがつぶれていたのだから、それも当たり前だった。


 その夜。
 シュミットは夜中に金縛りにあうという経験をして、覚醒した。
 そんなことになったのは生まれて初めてだ。
(いや落ち着け。大脳の運動神経系が未だ眠っているだけだ。金縛りなんて非科学的なものがあるはずがない)
 13歳のガキにしては夢も希望もないことを考えながら、ゆっくりと目を開いてみる。
 …目の前に、青い瞳。
「…っ?! エーリッヒ!!?」
 シュミットは吃驚して目を大きく開いた。 
ベッドの上に登って、シュミットを見下ろしているエーリッヒは、未だどうやら酔っているらしい。
 まさかエーリッヒに寝込みを襲われるとは思っていなかったシュミットは、彼の名前を呼んだ後、暫く無言で
エーリッヒと見つめ合ってしまった。

 かち、かち、かち。
 時計の秒針が動く音。
 かち、かち、かち。

 かち。
 長針と短針が、重なり合った音。

「…Herzlichen Gluckwunsch zum Geburtrtag,Schmidt.」

「…え?」
 聞き返したときには、もうエーリッヒの瞳は閉じていた。
 エーリッヒの腕から力が抜けて、シュミットのシーツの上に人1人分の重さがかかる。
 シュミットは、柔らかい溜め息をついた。

「Danke,Erich」

 ケーキを食べるようになったのは。
 7歳の誕生日からだ。
 …エーリッヒと、誕生日を祝うようになった年から。

相変わらず、甘いモノは好きじゃない。
だけれど、一つだけ例外。
 嬉しそうに笑いながら、彼が持ってきてくれたケーキだけは。
 他の甘いモノとは少し違って。

『甘くても、優しいものもあるんだって知ったんですよ。
 …あいつが選んでくれたケーキみたいに』

 きっと、エーリッヒは明日、ケーキを焼くだろう。
 シュミットが「美味しい」と言える、優しいケーキを。


 むしろ酔ってるのはお前だろうSOS!!!
 …いえ、私酒飲みませんので。

 …えーと、読んでくれた方、ありがとうゴザイマス。そして御免なさい。
 しかし、非常にSOSの思い描く彼らが書けたような気がします。

1.エーリッヒは強い。
2.烈は攻。
3.実はブレレツよりもレツブレ(殴)。
4.でもカルレツが好き(蹴)。
5.烈とシュミットは力持ち。
6.「カルロ投げ」は私と妹が開発した技。

 最初はシリアス一本でした。
 しかし、気が付いたらこんな訳の判らないものに…(しかも長い・汗)。
 これでもはしょって短くしたんです。

 …ドイツ語、本当はGluckwunschの最初のUはウムラオトなんですが…出ませんでした(涙)。
 意味は、「お誕生日おめでとう」です。


 取り敢えず。
 もう一度、読んで下さった方、有り難うございました。そしてお疲れさまでした。


モドル