窓を開けて。
夏の匂いを嗅ぎながら。
…月を。
見てたんだ。
 
…君も見てるのかなぁって、思って。

 

If You Love Me・・・

 

湿気を含んだ生ぬるい風が、今夜も熱帯夜になることを予告していた。
涼しい風なんて吹かない、真夏直前の夜。
蚊が入ってくるから、普段は絶対に開けない。
なのに、今日に限って窓を開けて、月を見ていた。
夕闇の中、西の空はまだ青く、東の空は群青色に染まった頃から、
ずっと見てる。その時刻、昼月の名残で月の輪郭はまぁるく見えて、
なのに右側の端がやわらかい卵色に光っていた。
…月は太陽の光を反射してしか輝けないって、本当なのかな?
そう思った。
だってあの三日月は、自分で光り輝いているようにしか見えなかったから。
自分自身で輝いているようにしか、見えなかったから。
夜空に手を伸ばす。
星は一つ二つしか見えなくて、だからこそ月が際だってた。
触れたら切れそうな月。でも、あったかいと思った。
暗い世界で光る月が、自分で輝こうとする月が、
全然違うのに君とイメージが重なった。

…知らず微笑が零れた。

階下で電話の音がしだした。時刻は7時半。
…誰だろ、一体。
ぬるい風が吹く。
母さんの声が、僕を呼んだ。電話は僕にだったらしい。
階段を下りて、コードレス電話を受け取った。

「…もしもし?」
『Hello、レツ。元気?』

電話からの君の声。
息が詰まった。
なんてタイミング。

「…ブレット?」

震えないように声を出すのが大変だった。
電話を片手に、慌てて階段を駆け上がる。

『あれ、恋人の声忘れた?』

かわらない君の声。
…嬉しくて、ね。

「誰が恋人?」

部屋に入ってドアを閉めて、一つ深呼吸をしてから言った。

『レツv』

「そんなこと言うためにわざわざ国際電話かけてきたワケ?
電話料金勿体ないよ」

憎まれ口を叩く。
電話の向こうの君が、苦笑いしたのが解った。
知られてるんだよね、僕の本心なんて。
遠い国の恋人は、僕よりずっと大人で、ずっと子供。
だから好きなんだ。
…言ってはやらないけれど。

『ホントは、もっと早くにかけたかったんだけどな』

穏やかに、君はこの電話の理由を話す。
理由がなくて電話してきてくれたって、構わないと思った。
…僕には、そんな勇気はないけれど。

『見とれてて、時間のたつのを忘れてたんだ』
「見とれてた?何に?」

 

『月』

 

…ホントに、なんてタイミング。

 

『レツのとこなら、もう見れるだろ?』

僕のとこなら?
そういわれて初めて、僕は時差というものを失念していたことに気付いた。
…らしくない、こんなの。他人に気を回す、
細やかさが僕の長所の一つだと思ってるのに。

「ブレット。そっち、今何時?」
『んー、朝の5時半』
「ごっ…?!」

予想外の数字に、僕は言葉を失った。

『どうした、レツ?』

声が聞こえなくなったのを不審に思ったのか、君は僕に問いかける。
落ち着いた、大人の声で。僕の好きな声で。
はっと我にかえって、電話に向かって怒鳴る。

「5時半ってどういうことだよ!!
また寝ないで、無理してるのか?!」
『大丈夫、大丈夫。2、3日くらい寝なくても死なないさ』
「そーゆー問題じゃないだろッ?!
レポートとか訓練とかも大事かもしれないけど、
何でもっと自分を大切にしようとか…」

ふと、そこまで言ってから気付く。
電話の相手が、くすくす笑っていることに。

「…なんだよ、ブレット」

低い声を出すと、彼は笑いながら、言った。

『ん、いや、幸せだなって思って』
「は?!」
『こんなに心配して貰えるなんてさ。
…愛されてるの判って、凄く幸せなんだ』
「…あ、そう」

わざと、何でもないことのように言う。
もう一度目を向けた月が、優しく笑いながら僕を見下ろしていた。
僕の顔にも自然に笑みが帰ってくる。
静かな月夜。

「…ねぇ、そっちの月にも兔って見える?」
『…ウサギ?』

疑問符を含んだ君の声に、くすくす笑って説明する。

「月の影が、お餅をついてる兔に見えない?
日本ではメジャーな話なんだけど」

空腹の旅人に、熊と狐と兔がご馳走する話。
鮭を捕ってきた熊や、木の実を集めてきた狐と違って、
何も与えるものがなかった兔は、熊と狐に焚き火を起こして貰って
、自らその炎に飛び込んだ。
自分を食べて貰うつもりで。
空腹の旅人は実は神様で、死んだ兔は月に連れていって貰った。
そこで、兔はいつも空腹の人のためにお餅をついてる。
もの悲しい物語。
他人のために自分を犠牲にした、一匹の兔の話。

『ああ、見えないこともない。…月にウサギね』

納得したように呟いて、君は僕に言う。

『アメリカでは、月と言ったら探索なんだぜ』

探索。
君は、月の表面に、初めて降り立った国の人。
そして、宇宙に飛び立つ夢を持った人。
僕の手の届かない場所に、行くことを夢見る人。

『…なぁ、レツ』
「なに」


 

『俺もいつか、あそこに行くんだよ』

 

 
月の兔の幻影が、君を導いてくれますよう。
僕は我知らず祈ってた。


火祀美宋様へのブレツ小説です。
甘すぎて読み直して自分で引きました(笑)。
今のオイラには多分もう書けないゼ…☆
シュミエリイラストと交換のはずだったのですが、
未だその約束は履行されておりません(笑)。



モドル