簡単に納得できない理不尽さ。それが世の中の常だと知ってはいても。
LOOSE*LOSE
ふっ、と息を吐き出せば、心の中に有る重苦しいものの
鬱積を吐き出せるかと言えばそんなわけもなく。
ただ、そう、ただ溜息でも付かない事にはやっていけそうもなかっただけ。
ブレットは、何も握っていない右手を幾度か握ったり開いたりした。
今、修理中であるバックブレーダーの機体が冷たく、
熱い呼吸を繰り返していた事を思い出す。
すると同時に、残酷な紅い刀剣が閃き、
彼の勝ち星を傷つけていったあのシーンを
思いださずにはいられなかった。
ブレットは再び溜息を吐いた。
負けは、負けだ。
先刻自分自身が言った言葉が耳をうつ。
本当に、自分はそう思っているだろうか。
そんなふうに割り切ることができるだろうか。
簡単に割り切れる負け方ではなかった。
だが、今更どう言おうが結果は動かないし、
動かすつもりもない。
さっさと次のレースに気持ちを切り替えるにしくは無いのに…。
切り替わらない頭に嘲笑が浮かぶ。
自分がこんなにも勝ち負けに拘る性格だとは思わなかった。
この分じゃ、クールもパーフェクトも目標にすぎないな…。
バイザー越しに、青い空を見上げた。
「…落ち込んでるね」
ふいに、声が聞こえた。変声期前の、少年の声。
それは、普段ならずっと聴いていたい声だったが、
今だけは聴きたくない声だった。
「…レツ」
視線を地上に戻すと、ブレットが座っていたGPXドームの外の植え込みの方に、
鮮やかな赤の少年が歩いてくるところだった。
「そういう訳じゃないさ」
軽く肩を竦めるジェスチャーをして見せる。
烈は、大きな目を細めた。
「嘘だね」
よく通る声が響く。
ガーネットの瞳が、真っすぐにブレットのバイザーの奥に注がれていた。
真実を見抜く力は弟に劣るかもしれないが、それでも十分過ぎるほど強い。
落ち込んでいる自覚が無かったわけでもないので、ブレットは苦笑した。
「そう見えるか」
「見えるよ」
ブレットの隣にぴょこんと腰掛けて、烈は、さっきのブレットの行動を模して空を
見上げた。
遠い目をして―――。
烈に、ブレットの目が見えていたわけではない。
だが、どんな表情をしていたのかは、何となく分かった。
「そんなふうにしてたか?」
未だ頬から苦笑が消えないのは、烈を通して見た自分の姿が、
しっかり落ち込んでいるように見えたから。
バイザーで目を隠していてもバレる程、分かりやすい感情の推移。
烈はブレットに視線を下ろした。
「いつもパーフェクトを口にしてる君らしくない作戦ミスだったよね」
レースの最後にファイターの言っていたことを反復する。
「そう見えたか」
「まぁね。っていうか、さっきから同じようなことばっかり聞くんだね」
怪訝に顔を歪める烈に、ブレットはそうかもな、と言った。
「…俺の作戦ミスに見えたのなら、お前は…」
ゴウ・セイバより目が悪い?
違う。
豪のあれは、直感だろう。動物のように鋭い。
ふいに口をつぐんだブレットに、烈は、何、と言う。
「…いや、お前も焦ってケアレスミスをしないように、気をつけることだな」
ロッソストラーダに敗北した本当の理由を、あえて語る事を避け、
ブレットはライバルとしての不適な笑みを浮かべた。
「しないよ」
応えるのは、日本チームのリーダー。
リーダーの顔をした烈。
相変わらず、いい顔をする。
最初は、その真っすぐな瞳に惚れ込んだようなものだったから。
マシンと共に何処までも走って行ける、強い瞳…。
この兄弟はどちらもそれを持っている。
ただ、がむしゃらに走る事の出来る弟に対して、この兄は思慮深すぎる。
それが、周りに気を配ることの出来る彼の性格の礎であることは否めない。
だが、同時に思い込みの強さを――マシンを走らせて戦う相手を
疑うことを知らないというウィークポイントまでを助長している。
まぁ、それは烈の良いところでもあるのだが…。
戦術としてのバトルでさえ、彼はいい顔はしないだろう。そんな彼に、
ロッソのやり口を教えるのは、無駄なことだ。
それに、ドリームチャンスレースの時に見た限りでは、
日本チームでロッソに気付いているのは、豪だけのようだった。
一度か二度、イタリアチームと渡り合っている他国チームは、
殆どが赤い悪魔に感付いているというのに。
最も、そのやり口に吐いて詳しく知っているのは、
ヨーロッパ大会で何度かイタリアと顔を合わせている
アイゼンヴォルフくらいのものだろうが。
カルロ達は、そう簡単に尻尾を掴ませてくれるような生易しい相手ではない。
だからこそ、きちんとした証拠の上がらないうちに烈に忠告することも避けた方がいい。
本当は、彼の辛そうな顔など見たくないから、
心構えとしてだけでも知識を持っておいてほしいところだけれど。
おそらくあの、マシン特性も性格も恐ろしく真っすぐな弟が、
烈には再三忠告しているだろう。
それで信じないのなら、なおさら証拠の上がらないうちの検挙は避けるべきだ。
烈に嫌われることだけはしたくないブレットは、そう判断すると、
その場から立ち上がった。
「最初からパーフェクトな人間なんていないからな。レツも油断はするな」
その言葉に、烈は微かに笑った。
「敵に塩を送るの?」
ブレットが眉間に皺を寄せたのを見て、
「忠告ありがとうって意味だよ」
言い直す。
それでブレットは納得したように頷いた。
軽く右手を上げ、烈に背を向ける。
「あ、待った」
声を掛けて、烈はぱたぱたブレットの前に回り込んだ。
「ねぇ、ちょっと屈んでくれる?」
人差し指で来い来いというジェスチャーをする烈に、
ブレットは素直に身を屈めた。
途端に、30センチの差は0になる。
「励ましに来たんだった」
軽くそう言われた後、ブレットは頬に柔らかいものが触れるのを感じた。
「…レツ?」
驚いて身を起こしたブレットに、烈は微かに頬を染めて笑った。
「これでおあいこ」
お互いに塩を送った。
次に対戦する時も、全力でぶつかって行ける。
「…負けるなよ、レツ」
いとおしい小さな体を抱き締めて、ブレットは囁くように言った。
「大丈夫」
日本の次の相手はロッソストラーダ。全勝中のトップチームだ。
だが、負ける気はしない。
負けない。
「頑張れよ」
「君もね」
抱擁を解いて、お互いに口辺に笑みを浮かべ。
好敵手の顔で。
「また、コースで」
こつんと拳の甲を合わせた。
姫月ゆうこ様への励ましブレッツでした。
…が!
チィッ…!! ショボい……ッ!(笑)
つーか甘さが足りないです。砂糖控え目すぎました(何)。
えーと、最も突っ込むべきところは、
豪 が 目 立 ち す ぎ だ… ッ !!!
ッて言うところですかね(笑)
舞台設定は「紅の閃光! ロッソストラーダの魔手!」の直後です。
むしろ落ち込ませてしまっていたら済みませんでした…。
タイトルは後付です。送った時は無題でした。
モドル |