影と陰と清水


 真っ青な空に枝を広げる大樹。
 それは地上に涼やかな木陰を落とし、その中に一人の少年が立っていた。
 少年は樹の幹に体重を預け、自分の頭上の、黒い陰の間に瞬く小さな光達を見る。
 風が柔らかく頬を撫で、暖かな空気は眠気を誘うように過ぎていく。
「エーリッヒ」
 陽の中を、小走りに駆けてくる少年。
 彼は木陰の少年の名を呼んで、自身もその影の中に潜り込んだ。
「ゴメン、待ったか?」
「いいえ。貴方は時間ぴったりですよ」
 木陰に立っていた銀髪の少年、エーリッヒは腕時計を見てにっこりと言った。
「でもお前、十分前にはもう居たんだろ?」
 早く来るつもりだったんだけど・・・そう言った彼は、少し汗ばんだ額に貼り付く、柔らかい前髪を掻き上げた。
「待つのは別に良いんですよ。退屈はしませんし。前にも言ったでしょう?」
 ね、シュミット、エーリッヒはそう言い、申し訳なさそうにしている彼に首を傾げる。
「人を待たせるより待つ方が良い、だったか?」
「はい」
「でもエーリッヒ、私だって人を待たせたくはないんだぞ?そこは汲んでくれないのか?」
 シュミットは少し情けない声を出した。
 それでもエーリッヒは笑顔を浮かべている。
「僕も貴方に負けず我が儘ですから」
 笑う彼にシュミットは肩を竦めた。
「まったくお前には負けるよ。それで、どうする?どこでスケッチする?」
 一方が退かなければ押し問答になりそうな話題を変え、シュミットは手にした画板を僅かに持ち上げた。
 校内写生大会、今日はその日である。
 毎年新学年になると行われるその行事は、二人が初めて言葉を交わした、彼らにとっては少し特別な行事であった。
「今日は暑いですから日陰が良いですね」
 そう言ったエーリッヒは辺りを見回した。
 けれど近くの影になっている場所には既に人の姿。
「今年も森にするか」
 同じく周りを見回したシュミットは、小高い丘の上に樹を繁らせているそこに目をやった。
「そうですね」
 エーリッヒは同意し、シュミットと目を合わせると光の中に歩み出た。



「気持ち良いですねー」
 木陰に寝転がり、エーリッヒが嬉しそうに言う。
「おいエーリッヒ、ちゃんと描け」
 シュミットは目前の湖の向こう側に広がる樹の群を睨み付けている。
「僕はもう終わったんです。シュミットこそちゃんと描いてくださいよ」
 エーリッヒはむくれてシュミットの頬を軽く引っ張った。
「あ、やわらかい」
「ヤメロ」
 シュミットは自分の頬をさすり、今度は楽しそうなエーリッヒを睨み付ける。
 そして仕返しとばかりにエーリッヒに手を伸ばした。
「いっ」
「おあいこだぞ」
 シュミットはにっと笑う。
 けれどエーリッヒは納得せず、
「あいこじゃないですよ。僕の方が痛かった」
 そう言ってまたシュミットに手を伸ばそうとする。
「おい、私はまだ終わってないんだぞ?邪魔するな」
 シュミットは慌ててエーリッヒの手から逃れた。
 その様子が普段の澄ました彼からあまりにも遠くて、年相応に幼くて。
 可笑しくて。
 エーリッヒは笑った。
「何だよ」
 むっとして、面白くなさそうにそう言っても、赤らんだ頬が迫力をそぐ。
 俯き、エーリッヒは声を殺して笑い続ける。
「いい加減に・・・」
 しろ、そう言いながらシュミットはエーリッヒの顔を上向かせ、そして・・・。
「ふぇ」
 両頬を思い切り引っ張った。
「ヘンな顔」
 にやりと笑って言うと今度はエーリッヒが真っ赤に膨れた。
「シュミット!!」
 頬を両手で挟み、エーリッヒは腹を抱えて笑っているシュミットに近付く。
 何時の間にやら立場が逆転した二人は、瞳を合わせると暫く黙り込み。
 同時に吹き出した。
 相変わらず日差しは強く、けれどその分影は濃く。
 暑いのに、抜けてくる風はひんやりと。
 初めて出会った時のヴィジョンは薄れることなく、霞むこともないけれど。
 この明瞭感は今だけのもの。
 冷水中の如く明かな時は常に過ぎ、重なる。
 重ねる。
 頑強なようで脆くもある、はっきりとした『今』を重ねたそれは消えることなく。
 そうしてまた積み重なる。
 今は流れる時に無意識に感じて。




 願わくは光と影が均衡を失いませんよう。
 頑強なようで脆いそれは壊れても消えはしないから。




 旋潯あきら様のサイト、『LIGHT LEMON』で
 カウント4000を踏んでいただいたリク小説ですー☆
 私のリク、“10歳以下のほのぼのシュミエリ”でこんな素敵な…(以下声にならず)。
 あきらさんの流麗な文章、憧れですv 
 またキリバン狙うぞー☆



モドル