「…1コ持とうか?」

 廊下で、前方から不審な段ボール箱(×2)のオバケが近づいてくるのを見て、
 バーニーはそれに声をかけた。
 箱二つを縦に積み上げてそれを持ち上げ、
 フーフー言いながら運んでいる幼馴染の姿は、
 普段の彼の貧弱さと相まって痛々しいほどに見える。
 しかしジムは首を横に振り、引き攣った笑顔を見せた。

 「…だ…だいじょうぶ、ゼヨこのくらい…!」

 …どう見たって大丈夫じゃないから言ったんだけど。
 腕はプルプルしているし、膝はガクガクだ。
 限界寸前で頑張っていることを、彼の外観は正直に物語っていた。

 「無茶してコケられたりしたらコトゾナ」

 ふぅ、と独り言のように呟き、問答無用でバーニーはダンボールを一箱取り上げた。

 「あぁっ!」

 ジムから情けない声が上がる。

 「…ギリーは男のクセに男のプライドってものが判ってないゼヨ!!」

 抗議するように言われた科白を、バーニーははいはい、と受け流した。
 男のプライドもいいが、それに相応しい力を身につけてから強がって欲しい、
 と切に思う。
 彼が心配で荷物を持ってやったのに文句を言われるのでは浮かばれない。
 だが、バーニーはそんな場面に悲しいかな慣れていた。

 「で、コレはどこへもって行けばいいんカヤ?」
 「………練習場の用具倉庫ゼヨ」

 ふらふらした足取りで目的地へと向かいながら、
 ジムはぶっきらぼうに答える。
 無茶をする必要もないところで、どうして意地を張るのか。
 バーニーには、ジムの行動が時々判らなかった。





 「ダイエットするぞなもし」

 幼馴染の発言に、バーニーは顔を顰めて口に運ぶ途中だったクッキーを止めた。
 荷物運びを終了して、疲れ果てたチームリーダーはバーニーと一緒に使っている
 自室へと戻ってお昼寝の最中だ。
 一息つこうと自分で勝手に紅茶を淹れ、茶菓子を用意し、
 ふぅと息を漏らした矢先の出来事だった。

 「…それ以上ヤセる必要がどこにあるキニ」

 上から下まで彼女の立ち姿を眺めて、バーニーは眉間に皺を刻む。
 確かに、シナモンはどこからどう見てもスレンダーだった。
 サバンナや北欧の少女たちと比べると、
 その真っ平らなすらりとしたシルエットは際立って見えた。
 手にした2L入りペットボトルのミネラルウォーターをくぴくぴと飲み、
 口元を拭って、シナモンは太ったぜよ、と言った。

 「…そんなの、気にする必要ないキニ。
 俺には、シナモンは少しくらい太ったほうがいいように見えるゼヨ」
 「誰がぺちゃんこきに!?!」
 「……言ってないゼヨ」

 …意外と気にしていた。
 それはおいといても、とバーニーは腰を折られた話の続きを口にした。

 「シナモンは体重を気にしすぎキニ。そんなに細くなる必要がどこにあるゼヨ?」
 「…女心は男子には判らないぜよ」

 バーニーから顔を背け、シナモンはむくれ声を出した。
 少し怒ったのか、頬に薄く紅色がさしている。
 そりゃね、とバーニーは胸中で呟く。
 度が過ぎてふくよかな人々を見ればダイエットの必要性も感じるが、
 どこまでも軽く、細くいたいというある程度はすでに細い女子たちの気持ちを、
 バーニーは理解できなかった。
 どうせ、外から見たってそうそうは変わらないだろうに。
 だが、まぁ、せっかく彼女が決心したことだし、
 それに水をさす理由もバーニーにはない。

 「…無理しすぎないようにがんばれゼヨ」

 結局無難な言葉を選んで、バーニーは苺ジャムのクッキーを口の中へと放り込んだ。

 「ジムには内緒ぜよ」

 付け足された注意事項に、バーニーは首を傾げた。

 「何でカヤ?」

 何の気なく尋ねると、シナモンの頬の赤みが増した。
 まごまごまごまご、と判りやすい照れの動作を示しながら、シナモンは耳まで赤くして呟く。

 「……私は、……今のままのジムが好きだから…ゼヨ」
 「??? ワケが判らないキニ」

 正直に言うと、シナモンはふぅ、と息を吐いてバーニーの隣に腰を下ろした。
 ペットボトルを机の上に載せ、目を伏せ、クッキーや紅茶を視界に入れる。

 「…私には夢があるぞな」

 突然夢を語りだしたシナモンに、バーニーは一瞬戸惑いを隠せなかった。
 世界征服とダイエットにどんな関係があるというのか。
 …別に、シナモンの夢が世界征服だと決まったわけではない。
 が、バーニーは夢=世界征服と信じている類の少年だった。

 「ギリーは知ってるかや? 私の夢」
 「せ……」

 世界征服、と言いかけて、バーニーのそう悪くない頭は
 小学校低学年時代に書かされた作文を思い出した。
 「私の夢」というタイトルで書かされたその作文はクラスメート皆の前で読み上げねばならず、
 シャイなジムはただそれだけのことで熱を出して、
 ズル休みではなく本当に学校を欠席していた。
 …いや、今はそんなプチエピソードは関係ない。
 バーニーの脳裏に、朗らかに作文を読み上げる声が蘇ってくる。

 「あー………お嫁さん、カヤ?」
 「そうキニ」

 こっくり頷いたシナモンに、バカなことを言わなくてよかった、
 とバーニーは胸を撫で下ろした。

 「…で?」

 夢=お嫁さん、という方程式が成り立ったはいいが、
 所詮それとダイエットになんの関係が。

 「でも、私の夢には続きがあるんぜよ」

 つづき、とバーニーはおうむ返しに口にした。
 シナモンは頭をこっくりとさせ、ぐっ、と握り拳を作った。

 「それが、
 ……お婿さんにお姫さま抱っこされてマイホームに入るってコトなんぜよ!!」

 ……………………。

 「あ、あー――。」

 それで、か。
 バーニーはすべてに納得がいった、というように手をポン、と一つ叩いた。
 つまり、ジムはシナモンを抱き上げる為に腕や足を鍛えようとして無茶をしているし、
 今のジムのひ弱さを知っていて、なおその彼が好きなシナモンは、彼に抱き上げてもらう為に
 軽くあろうとしている訳だ。
 うーわーバカップル。
 二人の間に挟まれ、気苦労の耐えない男、バーニーはがっくりと頭をたれた。
 ジムには男のプライドが判ってないと言われ。シナモンには女心が判ってないと言われ。
 でも、そんな二人を理解しているのはバーニーだけだったりする。

 「…そっか。…まぁ…がんばれ…」

 根拠のない応援の言葉をもう一度口にし、
 ヤケクソでバーニーは紅茶を一気に飲み干した。

                                               <了>


 ジムシナ〜vvv こんな可愛いバカップルな彼らが好き。
 思うよりバーニーが出張ってきちまったのは愛ゆえデス。
 バーニーはもぅあの二人のバカップルぶりは見て見ぬフリをしようと
 心に決めつつもちょっとついていけないレベルだったりして
 ときどきこんな風に精神的ダメージを喰ったりするんですよ。
 哀れ(笑/笑うんかい)。

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