+幸せな悪夢




 自分の世界は自分だけのものであればいい。
 誰かに干渉されるなんてまっぴらだし、分かり合おうなんて希望、最初から持ってはいない。
 だからこそ、自分は今まで、自分であれたのだ。
 …それなのに。
 そんな自分の中の常識を、簡単に覆してしまった君。





 …ねむ…。

 大きな欠伸を一つ、かみ殺しながら、シュミットは空を見上げた。
 透明感を伴った明るい色の天空は、白い綿雲を飛ばしながら、緩慢に視界を過ぎってゆく。
 シュミットは、ゆっくりと瞬きをした。
 昨日夜更かしをしたせいか、身体が怠い。いくつも生欠伸が出て、どうにも本調子でない。
 …夜更かしをした理由としては、親友兼恋人が貸してくれた、本にあるのだが。
 彼が読んでいた本が面白そうだったから、読み終わったら貸してくれ、と言っていたが、実際に読み始めてみると、
予想以上に面白くて、ついつい深夜まで読みふけってしまったのだ。
 授業を受けることに限界を感じて、シュミットは小休憩の間に学校を抜け出した。

 ギムナジウムの裏手にある小さな森に入る。この時間に、ここに来る者などほとんどいない。森の奥の方まで歩くと、
シュミットは多少伸びすぎの感のある芝生の上に、腰を下ろした。そのまま、ごろりと横になる。

 柔らかい風と優しい木漏れ日が、眠気を誘う。
 目にかかる前髪を軽くかき上げて、シュミットは目を閉じた。
 さわさわと、木の葉が擦れ合うさざ波の音が耳に心地よい。
 シュミットはそのまま、快い睡眠に陥っていった。

 どれほどたった頃だろうか。
 頬をなでる風に、シュミットはふと目を醒ました。
 きらきらと煌めく木漏れ日が眩しくて、瞼は未だに半分降りたままだ。


「…エーリッヒ…?」


 彼の名を、呼んだ。
 傍にいると、知っていたわけではなかった。
 ただ、風とともに感じた。
 彼の………雰囲気?

「目が覚めたんですか?」

 すぐ隣で声が聞こえて、シュミットは静かに首を横へと巡らせた。
 シュミットと同じように、芝生の上に寝ころんでいたエーリッヒが、にこりと笑う。

「…いつから、そこにいた?」

 そっと手を伸ばし、彼の髪に触れる。柔らかいそれは、銀沙のように、さらりと
こぼれ落ちていく。捕まえておくことが出来ない。それが癪で、また、愛しくて、シュミットは
何度もエーリッヒの髪を指で梳いた。

「5分くらい前から、でしょうか」

 大人しくシュミットに髪を触らせながら、エーリッヒは答える。気持ちがいいのか、その瞼は閉じられていた。

「…5分か…」

 5分も前から、自分のテリトリーの中に、彼を入れていたのか。
 そして、それに気付かなかったのか。

 シュミットは、微かに自嘲した。
 昔は、こんな自分ではなかった。
 他人に寝顔を見られることなど、我慢がならなかったし、家族以外の誰かを傍に置いて、
心安らげるわけでもなかった。
 シュミットの高いプライドは、他人に、自分の弱い面を見せることを、ひどく嫌ったから。

「どうして、ここだと判った?」

 他にも、いくつでも候補地はあったはずなのに。
 エーリッヒは、やはり静かに笑った。

「勘ですよ」
「…勘か」
「ええ」

 ふいに、3秒ほどの、短いベルが鳴ったのが聞こえた。

「……4時間目、始まりましたね」

 のんびりと校舎の方を見やって、エーリッヒは言った。

「そうだな」

 シュミットはエーリッヒの髪に指を遊ばせたまま、目を閉じた。
 エーリッヒが、くすりと笑ったのが感じられた。
 シュミットは薄く目を開く。

「…何だ?」
「良いんですか?」
「たまには構わないだろう。それより、お前は? …良かったのか?」
「気分の悪い親友に、付き添っているんです。構わないでしょう」

 にこり、と、優しげな中に、策士の笑顔。
 シュミットは、溜息を吐いた。

「…別に、私は気分が悪くてここにいるわけではないぞ」
「嘘も方便って、言うでしょう? …それとも、僕が傍にいたのでは、落ち着けませんか?」

 シュミットは、夕闇色の瞳でエーリッヒを軽く睨む。

「そう思うのか?」
「いいえ」

 くすくす、エーリッヒは笑って、そっと手の甲をシュミットの頬に触れさせた。

 知っている。
 心を許した者しか、彼は近づけさせない。

「僕は、貴方の寝顔を見られる人間です」

 自信を持って言える。
 僕は、貴方の傍に居られる人間だと。

 ふわりと、シュミットは柔らかく笑った。

「よく判っているじゃないか」

 エーリッヒの手を取って、その指にキスをする。

 ザワッ。

 風が吹いた。
 木の葉が大きく揺れて、気まぐれな木漏れ日がエーリッヒの上に降り注ぐ。そうして、彼の褐色の肌を
縁取る銀の髪を煌めかせた。
 類い希な彼の色相を、並ぶものない美しい色の瞳に映して、シュミットはふと、人の悪い笑みを浮かべた。 

「なぁ、エーリッヒ」
「ん…?」

 微睡んでいたのか、エーリッヒは吐息のような返事をした。
 左腕の、肘から先を芝生の上に置いた状態で半身を起こして、すぐ左隣に寝ているエーリッヒに軽く口付ける。

「っ! シュミット!」

 かぁ、と頬を染めて、エーリッヒは身を起こそうとした。
 しかし、シュミットがそれを簡単に許すはずもない。左腕から力を抜き、エーリッヒの上に覆い被さるように
することで、エーリッヒの希望を即刻却下する。

「エーリッヒ。お前は私の寝顔を見たのだろう? なら、私にもお前の寝顔を見る権利はあるよな?」
「隣で大人しくしてていただけたら、すぐにでも見られると思いますが?」

 吐息のかかるほど間近にある整った顔に浮かぶ笑みに負けないくらい、にっこりと笑いながら、
エーリッヒはなんとか逃げおおせようと身体を捩った。
 そんなエーリッヒの様子に、シュミットはくすりと笑うと、そっと耳元へ唇を寄せた。

「エーリッヒ、愛してる」

 とたん、ピタリと抵抗が止む。

「…ズルイですよ、シュミット…」

 ストレートな愛の告白に、エーリッヒが弱いことなど、知り抜いた上で言ってくるのだから。

「そんな私に惚れたお前の負けだ」
「んっ…」

 奪うように、唇を重ねる。
 それでも、壊れ物に触れるような優しいキスに、エーリッヒは抵抗を止めた。
 そっとシュミットの首に腕を回して、自分からそのキスに答える。
 柔らかい風が、静かに二人の間を吹き抜けていった。



「っ!……シュミッ…! やっ…!」

 服の裾から滑り込んできた手に、エーリッヒは慌てた。
 キスまでなら許せたが、戸外でそれ以上は嫌だ。

「いいだろう? エーリッヒ」
「やだっ……! んぅっ……」

 何度も口付けられながら、エーリッヒは逃げる。

「どうしてイヤ?」

 くすくす、笑いながらシュミットは尋ねる。
 漸くキスから開放されて、エーリッヒは肩で息をしながら答えた。

「…だっ…て……。朝から、こんな、外で………」

 真っ赤になって居るであろう顔を隠したくて、エーリッヒは横を向いた。
 その目尻に唇を落として、シュミットはからかいを含んだ調子で応える。

「ふぅん? …じゃあ、夜、部屋の中なら良いんだな?」
「ちがっ……!!」
「予約を入れておこう。昼以降、明日まで私に付き合えよ? 今は許してやるから」

 エーリッヒに否定の言葉を皆まで継げさせず、シュミットは綺麗な笑みで強引に約束を取り付けた。
 その笑顔に、二の句を告げなくなってしまうのだから。
 エーリッヒは、溜め息をついた。

 ……よっぽど、僕は彼に深く捕まってしまっているのだろう。

 柔らかい毛糸で、全身をがんじがらめにされている。
 それは、あまりにも快い束縛。

「疲れているのではなかったのですか…?」
「だから、癒して貰おうと思って」

 調子のいいことを言っているが、シュミットにとって、これは本心だった。
 エーリッヒと居ると、心が安らぐ。
 とても、安心する。

「…それに、眠れなかったのも、半分はお前のせいなんだから。責任をとれ」
「訳の判らないことを言わないで下さいよ…」
「本当のことなんだぞ…」

 エーリッヒから離れ、また仰向けに寝ころんで、シュミットは頭の下で両手を組んだ。
 目を瞑り、大きく息を吸い込んで、吐き出す。

 落ち着く。
 心の底から。

 すぐに、隣から聞こえるのが寝息に変わったことに、エーリッヒは多少呆れながら、くす、と優しく笑った。
 そうして、自分も目を閉じる。





 四六時中誰かが傍にいるなんて、ひとりの時間を奪われるなんて、我慢がならなかった。
 立ち止まって隣に誰かを待つなどと、愚かしいことだと思ってた。
 それなのに。
 今は、手を繋いでいなければ不安で仕方がないだなんて。
 いつでも視線が君を探してしまうなんて。


 …僕らは、なんて幸せな悪夢の中にいるのだろうか。


 凪 水稀さんからの777HITSリク、「シュミット×エーリッヒでいちゃいちゃラヴラヴお前ら見せつけんなや!
 な学園モノ」(一部誇張が入っております)。
 …いかが…でしたでせうか…?
 っていうか、どこが学園モノやねん。
 どこがギムナジウムやねん。名前出てきただけやないか!!!(((((T△T;;;;)))))アワワワワワワ
 …凪さん、これで許して下さい(笑)。

 あ、甘甘ってムズ……!!



モドル