甘い甘い、お菓子をください。
悪戯されたくなければね。



☆★☆HAPPY  HALLOWEEN☆★☆


 インターナショナルスクールで、ハロウィンパーティが行なわれることになった。
スクールの近所の家々に、お知らせのビラを配る。
もし参加してくれるのであれば、ハロウィン当日に玄関先に
ジャックオーランタンをぶら下げておいてもらう。
仮想したスクールの生徒が、
「Trick or treat, Trick or treat, Give me something good to eat…♪」
と歌いながら、ランタンを下げた家を回ってお菓子を貰う。
引率の先生も仮装する予定なので、
それはまさしく可愛らしいモンスターの学校の行進のようだろう。

「…僕は、参加しません」

 何に仮装するか、という話をしているミハエルたちから
少しだけ身を引き、エーリッヒは視線を伏せた。

「ええーーっ!? どうして!」
「悪魔の格好で街をうろつくことは、僕には出来ません」

 敬虔なカトリックのエーリッヒは、馬鹿馬鹿しいお祭り騒ぎでしか
ないはずのハロウィーンへの出席も拒むらしい。元々、古代ケルト人が祝っていた
ハロウィーンは、万聖節のイヴの祭りだ。この日が一年の終わりになる
ケルト社会において、10月31日の晩は悪魔やお化けが彷徨う世界になる。
それに連れて行かれないようにするために、お化けの格好をしたのが
仮装の始まりである。
 だが、そういった意味が薄れていった結果、
今ではオカルティズムな好奇心ばかりが優先されるようになった。
それに、エーリッヒはドイツではハロウィーンを祝わなかった。
元々、それはドイツの祭りではない。
それよりは、翌日の万聖節(アラハイリゲン)の用意をすることに費やしていた。
しかし、エーリッヒの我儘をミハエルが許すはずもなく。

「そんな固く考える必要なんかないじゃない、
ただのパーティだよ。参加は絶対。これはリーダー命令だよ!」
「…ミハエル…」

エーリッヒは困ったように顔を顰めた。
リーダー命令には逆らえないが、自分の信念に背く事も、エーリッヒには出来難い。
頑固と言うか、…不器用な奴だからな。
エーリッヒの事を他のメンバーよりは知っているシュミットが、呆れたように笑う。

「リーダー。エーリッヒは私が学校に連れて行きます。
ただ、仮装は許してやってくれませんか」
「えぇ〜っ、つまんない!」
「エーリッヒにも妥協させるのですから、
貴方も妥協してください。それがフェアプレイというものでしょう?」

 …ちょっと、違う気がするが。
 ヘスラーは思ったが、わざわざシュミットの恨みをかうのも
どうかと思うので、黙っていた。良い判断だ。

「…解ったよ。そのかわり、シュミット。
君にはおもいっきり楽しませてもらうからね!」

 ひくりと、シュミットの頬が引き攣る。
パーティの開始時間は、午後6時だった。




 インターナショナルスクールの校庭には、
各々化け物の格好をした生徒たちが集まっていた。
狼男や魔女やお化け。オーソドックスな魔物から、
スパイダーマンやマトリックスのような黒いスーツ。
思い思いの仮装。
場はハロウィンを楽しむ雰囲気で満ちていた。
校庭に、インターナショナルスクール兼WGP宿舎の食堂から
みんなで運んだテーブルを置いて、お菓子や料理を並べて、
さながら立食パーティの様相を呈している。
7時半までは、校庭でスクールの生徒だけのパーティ。
その後8時半までの1時間が、お菓子を貰いに近所の家を回る時間だ。
 エーリッヒは、みんなからは少し離れた校庭の隅、
並木の一本の傍に立って彼らを見つめていた。
ノリが悪い、と思われようと、自分の信念を貫くためなら構わない。
ただ、やはり身の置き場に困っているのは確かだった。

「…ここにいたのか」

 全身黒尽くめの格好をしたシュミットが、エーリッヒの姿を認めて近づいてきた。
宣言されたとおり、さんざんミハエルの着せ替え人形にされたシュミットには、
微かに疲労の影が見えた。

「…すみません、僕のせいで」
「お前の力になってやりたかったから、私が勝手にやったことだ。
お前が気にやむことじゃない」

 それに。

「すこしばかり、お礼をもらうつもりでもあるしな?」

ぐい、とエーリッヒの腕を引く。
暗い木陰に隠れる場所で、掠めるようにエーリッヒにキスをする。

「シュミット…!」

誰かに聞こえないように、小さな声でエーリッヒはシュミットに抗議する。
木立の暗闇の中でも、彼が自分に非難がましい鋭い瞳を
向けているのをはっきりと感じ取って、シュミットはくすくすと笑った。
そして、もう一度唇を重ねる。今度は触れ合わせるだけで済ます気はない。
エーリッヒの乾いた唇を抉じ開けて、熱い口腔内に舌を差し入れる。

「っ…やめ…っ…!」

他の生徒たちは、互いの格好とおしゃべりに夢中だ。
 元々から彼らと少し離れていたシュミットとエーリッヒが、
いなくなったことに誰かが気づくまでには、きっともう少し時間がかかる。

「Trick or treat」

ゆっくりと唇を離して、シュミットはエーリッヒの眼前で微笑む。
普段の彼なら必要以外には絶対使わない、英語。

「甘いものを、くれないか? エーリッヒ」

この人がこんなお祭り騒ぎを楽しむなんて…珍しい。
 いつも、第三者、冷静な観察者のシュミット。
多人数が共生する社会の中では、その存在は必要だ。
だが、いつも進んでその役を請け負うシュミットは悪い意味での「大人」で。
 ふ、とエーリッヒは少しだけ、楽しい気持ちになる。
 魔物の姿をして街を徘徊するなんて、
キリスト教的な世界では許されることではないのだけれど。

「エーリッヒ…?」

 表情から感情を読み取れなくて、シュミットはエーリッヒの名を呼ぶ。
もう一度甘い唇を味わおうと、そっと顔を近づける。
素早くエーリッヒはミハエルのためにポケットに用意しておいた物を取り出した。
包み紙を剥いて、ぐい、とシュミットの口に押し込む。

「……っ!!?」

 次の瞬間、舌の上でとろけた物体の味に、
シュミットはエーリッヒから勢い良く身体を離した。
口元を押さえて、その場にうずくまる。

「…貴方が望んだんですよ」

 シュミットが肩を震わせているのに多少の罪悪感を覚えて、
エーリッヒは目線を逸らしながら呟いた。
 エーリッヒがわざわざ見つけてきたドイツ製のそれは、
チョコレートクリームをチョコレートでコーティングしてある。
それはシュミットが最も苦手とする、ざらざらした甘さばかりを含んでいた。
エーリッヒの体温で柔らかくなっていたチョコレートは、
シュミットの口の中で簡単に溶けて、
微かなブランデーと共に遺憾なくその甘さを発揮していた。

「〜〜〜〜〜ッ、エー、リッヒ…ッ!」

 きっ、とエーリッヒを睨みつける。
 なんとか本体は飲み込んだものの、甘さは舌の上に後を引く。

「私がこういうものを嫌うのを、知っていながら…!」
「貴方が言ったんでしょう? 甘いものが欲しい、と」
「私はお前が欲しかったんだっ!」
「…解ってますけどね」

 小さな声で呟く。
シュミットには見えないように、口元には悪戯っぽい笑み。


 甘い甘いお菓子をください。
 悪戯されたくなければね。


 うずくまっているシュミットに視線を合わせるように、
エーリッヒはその場に膝を付いた。
 まだ恨みがましい視線を送ってくる恋人の頬に、そっと手を触れる。

「…貴方は、僕に何をくれるつもりですか?」
「…どういうことだっ?」

 まだ機嫌が直らない。
 自分の前では子供(それ)でいい。
 貴方は普段、いじらしいほどに大人だから。

「今日はハロウィンです。貴方は僕に、どんな甘いものをくれるのですか?」

 首を伸ばし、シュミットにキスをする。
唇に微かに残る、甘い甘いチョコレートの香り。
 やっとその意味を理解して、シュミットが笑った。
自身ありげな、いつもの彼の顔だ。

「時間をくれてやるさ、甘い甘い、時間をな」

 晩秋の冷たい夜風の中で、シュミットはエーリッヒを抱き寄せた。
 首筋に口付けると、くすくすとエーリッヒの喉が動く。
 そのときふと、耳馴染んだリーダーの声が二人の名を呼ぶのが聞こえた。

「…残念ですね」

膝に付いた土を払って、エーリッヒは立ち上がる。
 続いてシュミットも立ち上がりながら、まったくだ、と溜め息を吐いた。

「まぁ、時間はまだまだある。…続きは帰ってから、だろう? エーリッヒ?」

シュミットの問いかけに笑顔で答えて、
エーリッヒはミハエルの元へと足を向けた。




 Trick or treat!

 僕らにとっては、どちらも同じ意味しか持たない。
 甘い甘い、貴方をください。
 それとも僕をあげようか。


甘………ッ!!!
どうしたのさSOSさん。
7000HITSキリリク、
「シュミエリでイタズラ」。
シュミットだとありがちに
なりそうだったので、
エーリッヒさんの方に
イタズラを仕掛けさせて
みました。ハハハハ。


モドル