Magari


 暫くの間ぼんやりと天上を眺めていたエーリッヒは、
 突然くすくすと笑い出した。
 ベッドの上に起き上がって紫煙を吐き出していたカルロは
 そんなエーリッヒを横目で睨み、なんだよ、と言った。
 エーリッヒは横になったまま、額に落ちかかった前髪をかき上げて
 目を細めた。

 「いいえ。…随分可愛くなったなぁと思って」

 カルロはすぐにその言葉の指し示すものが自分だと悟り、
 眉間に皺を刻む。
 カルロの誕生日。エーリッヒは、彼が望まないものをプレゼントしてもしょうがないと
 思って、彼に直接欲しい物を尋ねた。
 …その結果が、今の状態だった。
 カルロは何も言わず、エーリッヒを自分のベッドへと押し倒したのだ。
 その行為の意味することを悟って、エーリッヒは大人しく
 彼のなすがままに身体を任せた。
 手加減も遠慮もないカルロの攻めは快感だけを与えてくれるわけではなかったが、
 それでもエーリッヒは幸せだった。

 「子供が欲しがるようなプレゼントではありませんでしたが、まぁ許してあげます」
 「はっ。…そいつぁ、ドーモ」

 まとまった金額の現金や彼の好きな銘柄の煙草、
 アルコール度の強い酒といった即物的なモノを要求されるだろうと
 予想していたエーリッヒにとっては、カルロの行動はひどく予想外だった。
 …まさか、僕の身体で満足してくれるなんて。
 また黙って煙草をフカシ始めたカルロの横顔を、エーリッヒはじっと見つめた。
 …一緒に出歩くのが嫌だっただけかな。
 モノを要求されたら、エーリッヒはそれを口実にカルロを外に連れ出そうと考えていた。
 二人で外を出歩いたことなど皆無に等しいから、いいチャンスだと思ったのだが。
 どうやらその思考も、彼はお見通しだったらしい。

 「Ich bin noch gelb in dem Schnabel...(僕もまだ甘いなぁ…)」

 ドイツ語で呟くのは、カルロには聞かれたくない意思表示だ。
 カルロもそれはよく知っていて、わざと無視を決め込む事にしている。
 ただ、なにか悪口でも言われている予感は残るのだろう、
 エーリッヒの耳にかすかに、「カッツォ(チッ!)」、という言葉が聞こえてきた。

 「C・A・RO(あ・な・た)」

 カルロの機嫌を多少損ねた事に気づき、エーリッヒはイタリア語をつむぐ。
 彼の名前と、冗談めかした呼び方をかけて甘い声で呼ぶと、
 彼は聞かなかったフリをして白い煙を吐き出す。
 エーリッヒは喉元まで浮かぶ笑いを噛み殺して、言葉を継いだ。

 「Ti amo(愛していますよ)」
 「なっ…?!」

 余りの言葉に自分に視線を向けたカルロに耐え切れなくなって、
 エーリッヒは大げさに噴出した。
 
 「Mannajate!(呪われやがれ!)」
 「貴方こそ」

 急に真面目な顔をして身体を起こし、エーリッヒはカルロに顔を近づける。

 「こんなことを許す僕も呪われて当然ですが、
  それなら貴方だって呪われて然るべきですよ。
  一緒に堕ちていくんですよ、僕たちは。Ha capito?(そうでしょう?)」
 「調子ノッて馬鹿言ってんじゃねェよ、死ね」

 カルロは視線を逸らして吐き捨てた。
 エーリッヒはくすくす、笑って彼の指から煙草を抜き取る。
 文句が彼の口から出るより早くその唇を塞いで、すぐに顔を離す。

 「…最悪ですね」

 ニコチン臭い、と呟いて、エーリッヒは枕もとの灰皿に煙草を押し付ける。

 「…お前、あんまり祝う気ねェだろ」
 「初耳ですね、祝って欲しかったんですか?」
 「誕生日くらいその憎まれ口を閉じてやろうとか思わねェのかよ」
 「閉じて欲しいなら勝手に塞げばいいじゃないですか」

 貴方はそういう国の人でしょう?
 エーリッヒは続ける。
 エーリッヒが選んだのは、祝って欲しいならば
 ケーキを自分で用意して「祝え」と訴える国の人間だ。
 カルロは唇を片方吊り上げた。
 ニヒルに笑っているようにも、引き攣っているようにも見える表情に、
 エーリッヒはもう一度笑って見せた。

 「手加減してやらねェぜ?」
 「そんなもの、最初から期待していませんが?」

 上等、といい終わるか終わらないかのうちに、
 カルロはエーリッヒを再びベッドに組み伏せる。
 お互いの余裕の笑みの内側に、野獣の牙が覗いている。

 今年も容易に決着はつきそうにない。
 第二ラウンド、スタート。
                             <了>



 あ、文章中のカルロの舌打ち、「カッツォ」は直訳すると
 男性のシンボルのことなので気をつけてくださいね☆(イタリア人は
 よく使うそうですが。ちなみに○○(伏字ですよォー)は「パッレ」。
 日本人は、使っちゃ、だ、め、で、す、よ!!)
 …マンナッジャアテ、のつづりが適当だったりする。
 あと、Ha capito?の本当の意味は「判った?」ですよ。
 本来は8月のカルロのお誕生日に上げようと思っていたお話。


モドル