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七草粥 …シュミットが風邪を引いた。 何度言っても、頭を洗った後、ちゃんと拭かないからだと思う。 お粥を持って部屋に行くと、せっかくの休みなのにベッドに縛り付けられているのが 不満なのだろう、赤い顔でむっつりとした彼が天井を睨みつけていた。 彼の机にお盆を置いて、顔を覗き込む。 「具合は如何ですか?」 「……見ればわかるだろう」 最悪だ、と悪態をつける元気があるなら大丈夫。 「だからちゃんと頭を拭いてくださいと、いつも言っているでしょう」 「…判ったよムッター。そうぐちぐち言わないでくれ、頭が痛いんだ」 …貴方を産んだ覚えなんてないんですけれど。 「熱を測ってみましょうか。起きられますか?」 机の上に置いてあるデジタル体温計を取り上げる。 シュミットはちらりと僕の顔を見た。 「…起きられない」 「………」 ハァ、と溜め息を吐く。 風邪を引くと輪をかけて我儘になるのは知っているけれど。 「おでこ合わせて測ってくれ」 「何を言ってるんですか。正確に測れるに越したことはないでしょう」 ベッドに寝ているシュミットの背に腕を入れて上半身を起こそうとすると、 彼は僕の肩に腕を回し、顔を近づけた。 むぅ、と頬を膨らせて。 本当にこの人は、日々厳しい指示と尊厳ある態度でアイゼンヴォルフを 取り仕切っているbQと同一人物なんだろうか。 まったく、まるで基礎学校低学年時代と変わらないのだから。 「少しは優しくしてくれてもいいと思わないか?」 病人だぞ、と。 僕の耳に囁いて、ついでみたいに熱い舌で耳朶を舐める。 「っ!」 慌てて顔を離そうとするも、病人らしからぬ力でしっかりと肩を掴まれていて。 にやりと人の悪そうな笑顔を浮かべる。 …前言撤回。 随分大人になりました、と。 僕はす、と目を細めて。 ごつん。 「ぃつっ…!」 少し乱暴に彼と額をあわせる。 「…エーリッヒ。お前なぁ…」 「黙っていてください。ご希望通り測ってあげているんですから」 目を閉じて、彼の視線から逃れる。 色気がないな、と呟いたシュミットが次に何をしてくるか予想できて、 僕はすぐに身体を離した。 ち、と軽く舌打ちをした彼は予想通り。 「大体37度4分。随分下がりましたね」 「………適当だろう」 「ええ」 しっかり起き上がっているシュミットに簡単に答えて、僕はお盆の上の鍋から お粥を小皿によそう。 「食べられますか?」 「食べられない、と言ったら食べさせてくれるのか?」 差し出した小皿を受け取らず、シュミットは僕を見上げてくる。 ………まったく。 「貴方は僕に何を求めているんですか」 「……心配して欲しい」 ぽつり、シュミットは僕の視線に負けてしぶしぶ小皿を受け取りながら呟く。 「…僕が、心配していないとでも?」 「もっと」 上目遣いに言う。 …可愛いとでも思っているのだろうか。 他の人ならいざ知らず、僕にその手は通じない。 貴方の本性などずっと昔からお見通しなんですから。 「……そうやって、僕に胃に穴をあけて死ねって言うんですね」 僕の切り返しにシュミットは口を噤み、さじで一口分、お粥をよそって それに視線を落とした。 「………本当、日々冷たくなっていくなお前」 「ええ、日々冷え込みが厳しくなっていきますから」 「これ以上冷たくなったら凍死してしまいそうだよ」 シュミットはそう言って笑った。僕もつられてくすくす笑う。 二人とも口先の小手調べ。 こういうゲームじみた駆け引きを楽しんでいる。 ぬるま湯ばかりでは知らぬうちにのぼせ上がってしまうかもしれないから。 適度に冷たく、熱く、厳しく、優しく。 さじ加減が難しい。 「…エーリッヒ。変なものが入っている」 大人しくなったと思っていたシュミットがさじで掬い上げて僕に見せたものは、 緑色の菜っ葉のようなもの。 一種類ではなく、数種類が入っている。 雑草にしか見えない、と言葉を足したシュミットに、僕は苦笑を誘われる。 「せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、これぞ春の七草」 パッケージにあった文句をそのとおり空で口にすると、シュミットは その聞き覚えのある言語にああ、と納得したように頷いた。 「精進料理、か」 「…間違ってはいませんが。正確には「七草がゆ」と言って、 日本で1月7日に食べるんだそうですよ」 「何のために?」 「日本のお正月料理の食べすぎで弱った胃を調整する為に」 いまいち判らない、とシュミットは呟き、そのまま掬ったお粥を口にした。 「…不味い」 眉間に皺を刻んだシュミットを他所に、僕はもう一つの小皿にお粥をよそう。 シュミットの椅子を引いて彼のいるベッドと向かい合わせて、そこに座る。 シュミットは目をぱちくりさせた。 「お前も食べるのか?」 「ええ。その年の無病息災を願う縁起物でもあるようなので」 一口食べて、シュミットの言ったことに納得した。 「…確かに、あまり美味しいものではありませんね」 「だろう?」 我が意を得たり、と笑うシュミットに、僕はでも、ちゃんと食べてくださいね、と言った。 シュミットはまた不機嫌な顔をした。 お粥を見て顔を顰め、嫌そうに顔を背ける。 …好き嫌いが多いのも昔から変わらない。 だけれど、今の僕は彼に何でも食べさせることが出来るおまじないを知っている。 「シュミット」 呼んで、お粥を口に含んで。 彼がこちらを向いた瞬間に。 「…っ…」 ごくん、と彼の喉が上下する音を聞いてから、何事もなかったかのように 僕は椅子に座りなおして食事を再開した。 「………………………エーリッヒ……っ」 耳まで真っ赤にして、彼にしては珍しい。 「何ですか?」 すました顔で答えれば、シュミットはやられた、と言うように顔を歪ませる。 嬉しさ79%、悔しさ18%に残りの3%は彼自身にもよく判らない、苦々しさだとか 照れだとかのモヤモヤした感情。 「………風邪がうつるぞ」 ようやく口にした一言に、僕はにっこりと笑う。 「ご心配なく。だから七草がゆを食べています」 「………ああ、そ」 頬を引き攣らせて、彼もさじを動かし始める。 相変わらず一口ごとに、眉間に皺を刻みながら。 「お水、要りますか?」 「…ああ」 水差しからミネラルウォーターをコップに注いで彼に手渡す。 水を飲む彼を見ながら、僕は自分が今、きっと幸せそうに笑んでいるのだろうなと感じる。 「…シュミット」 「何だ?」 「僕以外に、そんな姿を見せないでくださいね」 ぴたりとコップを傾ける手を止め、彼は横目で僕を見た。 コップを目覚ましの乗っている窓際に置いて、ちょいちょい、と僕を指で招く。 何かと思って顔を近づけると、引き寄せられて優しくキスをされた。 触れ合わせるだけの優しい口付けは、少しだけお粥の塩の味がした。 ちゅ、と音を立てて唇を離し、シュミットはこつん、と額をぶつける。 「心配するな。私がこんな風に出来るのは、きっと一生お前だけだよ」 だから一生傍にいてくれよ? なんて。 まるでプロポーズのような言葉を平気で口にするから、僕は笑って。 「ええ」。と。 つられて口にしてしまった。 <終> 七草イベント(何ソレ)。これを祝うHPもないんだろうなぁ(笑)。 「何を言ってるんですか」を書いてる途中「何を言うてるんですか」と打ってしまい、 「エーリッヒさんが大阪弁喋ってるー!!!」と一人大爆笑(なにやってんのこの人ー)。 この話、オフラインのコピー本『幸せ風味のドリンク・バー』の中の 「紅茶(カモミール)」って話に酷似しているってのは内緒ですよ(ヲイ)。 モドル |
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