![]() |
![]() |
|
![]() |
「よし、行こう!」 長い金髪を揺らして、ジョセフィーヌ・グッドウィンは立ち上がった。 2月14日13時16分。 プレゼントを前に悩み始めてから、実に76分後の英断だった。 Effort Of Love アメリカチームの宿舎から、日本チーム始め9カ国の選手が泊まっているWGP宿舎までは、 徒歩で5分ほどの近距離となっている。 チェックのプリーツスカートと、赤いハイネックのセーターに身を包み、 手には前日作っ(てもらっ)たシューチョコの入ったプレゼントの包みを抱えて、 ジョーはいそいそとそこへ向かっていた。一歩ごとにこみ上げてくる不安と期待とは、 思春期の恋する乙女の、特権とも言えそうだ。 が、そうでもない。生憎ジョーは、そういった気持ちを抱えた少年を幾人か知っていた。 …今は、そんなことを思い出している余裕なんてなかったが。 宿舎に着くと、軽やかにロビーを突っ切り、階段を昇る。 ファンの殺到や不審者を抑える為の警備員も受付も、顔パスである。 4階まで一気に昇って、息を整えると、ジョーは手前から2つ目の扉をノックした。 ………ガチャ。 「おやジョー君ではないでゲスか、珍しいでゲスねぇ」 ややあって開いたドアから、顔を出したのは三国藤吉だった。 「はっはーん、さてはアレでゲスな」 大きな瞳に冗談混じりの疑惑を湛え、鼻の穴を膨らませて、饒舌に喋る。 「な、なによ…」 目的を見破られたかと身構えたジョーの前で、藤吉はバッと扇を広げ、 口元を隠した。その動作に、ジョーは一瞬、ジャネットを思い出した。 「敵情視察でゲスな?」 ンッフッフッフ〜、と得意げに笑う藤吉に、ジョーは曖昧に笑って、まぁそんなところね、と答えた。 そこへ、青い髪の少年が、ひょっこりと顔を覗かせる。 「なぁ藤吉、テキジョーシサツってなんだ? 芋の仲間か?」 「それはおさつでゲス! 日本の恥になるから、もう豪くんは黙ってるでゲス!!」 「なんだよてめー!」 「何でゲスか文句あるんでゲスか!!」 目の前で言い合いを始めた小さな二人に、ジョーはちょっと困った顔をした。 「あ、あのね、ちょっと聞きたいんだけど…」 遠慮しつつも、本来の目的を遂行しようと、ジョーは二人に声をかけた。 「大体豪くんは」 「なんだよー、そんなの誰だって」 「あの…もしもし…?」 「…敵情視察:敵の状況・敵の様子を実地について見極めること」 ――――――――ッッ!!? 突然ぼそりとつぶやかれた広辞苑的台詞に驚いて振り返ると、 ジョーの後ろには、金の髪と健康的な褐色の肌を持った、 どう見ても日本人ではない日本チームのレーサーがいた。 確実に怪電波を飛ばせそうな瞳でもって、Jはにっこりと可愛らしく微笑む。 「………で、リョウくんなら山へ芝刈りに出かけたよ」 「WHY!!?」 思わず母国語で叫んでから、ジョーはほんの少し冷静さを取り戻した。 頭の中では、チームリーダーの「ジョー、クールに行こうゼ☆」がリフレインしている。 …お前がクールになれ。 一応のツッコミを入れてから、ジョーは再び不思議生命体に向かい合った。 「リョウは、芝刈りなの? 山で?」 「うん、山で芝刈り。二郎丸くんも一緒だよ」 いや、兄が出ていたらあの弟も出ているだろうことは聞かずとも判るが。 「……なんで芝刈り…?」 最も聞いてみたかったことを口にすると、Jは、さぁ、と答えた。 微かに首を傾げ、少し考えるような仕草をしてから、口を開いた。 「「山が俺を呼んでいるんだーーーーっっ!!!」って叫びながら、出て行ったから」 ジョーには、「待ってくれだすあんちゃーん!!」と叫びながら兄の後を 追いかけて行ったハリネズミ少年の姿まで、鮮明に思い浮かべることができた。 「じゃあ、別に芝刈りをしているという保証はないわけね?」 「うん。でも、山へ行くっていったら芝刈りでしょ」 …………………………。 やはり、不思議生命体はどこまでいっても、頭に「超」が付くくらいしか進化は無さそうだ。 ジョーはにこやかに、WGP宿舎を後にした。 宿舎から最も近い山は、常緑針葉樹の多い、広くてなだらかな山だ。 州立公園の中にあるこの山で、ジョーはただいま登山の真っ最中だった。 Jから、おそらくこの山だろうという情報を受けて、ジョーは山登りをすることと相成ったのだった。 手の中には、しっかりとプレゼントを携えたまま、そう傾斜の険しくない山道を登っていく。 常緑針葉樹が多いとはいえ、足元には枯れた草や落ち葉が降り積もっていた。 腐葉土にはダニがたくさん生息しているんだったかしら、などと頭のどこかで思い出しながら、 ジョーは脚を進めて行った。 山の中腹辺りまで来たところで、ジョーは一旦足を止めた。 ふ、と息を吐いて、辺りを見回す。 「どこにいるんだろ、リョウ…」 呟いてから、ジョーは再び、ゆっくりした足取りで歩き始めた。 やっぱり、宿舎で帰りを待っていた方が賢明だっただろうか。 こんな広い山を闇雲に歩き回って、目的の人一人を探し出せる保証なんてどこにもない。 だけれど、じっとしてなどいられなかったのだ。 特に、行動的・積極的なジョーには。 昔から、「待つ」という行為は苦手だった。 そういえば。 思い出す。アストロノーツになると決めたあの時も。 4人兄弟の2番目で、唯一女の子であるジョーを、母はキャリアウーマンにしたがっていた。 軍人である父は、普通の女性にしたがっていた。 弟二人はジョーにべったりで、だから家族の殆ど皆に反対された。 唯一、ジョーの味方だったのは兄だった。8歳上の兄だけが、ジョーの夢を黙って聞いてくれた。 『お前が決めたのなら、その夢に向かって歩けばいいだろ。 別に、他人にどう言われようと。それでお前が後悔しないなら』 家を出ると言った彼女に、兄はそう言った。 ジョーが後悔なんかするはずないわと言えば、笑って頭を撫でてくれた。 その後も、ずっと精神的にも経済的にも、援助してくれた兄。 去年の暮れに手紙で、アストロノーツになれなかったらどうしようと、書いた。 レポートの点が思ったよりずっと芳しくなく、ほんの少し弱気になった時だった。 兄は、まるで声が聞こえてきそうな筆跡でこう返事を書いてよこしたのだ。 『なれるかなれないかじゃなく、なろうとするかしないかだろ? 後悔しないと言ったんだ、その過程ですら楽しんでみろよ。』 少し前に、ニューイヤーカードを送った。元気だろうか。 ジョーは、プレゼントを持った手に、ほんの少し力を込めた。 「あれ? お前、確かアストロレンジャーズの…、こんなところで何してるだすか?」 回想中に突然声をかけられて、ジョーの心臓が喉元までせり上がった。 ジョーが振り返ると、そこには黒い長い髪の少年。兄の髪とは質が違うのか、癖の強いはねッ毛の。 「ジローマル」 ふと、自分が何の目的でここへ来たのかを思い出す。 「ジローマルがここにいるっていうことは、リョウもこの近くに?」 きょろ、と辺りを見回したジョーを見て、二郎丸は目をぱちぱちとさせた。 「いるだすよ。あんちゃんに用だすか?」 「うん。呼んでもらえると嬉しいんだけど…」 ちょっと待つだす。そう言って、二郎丸はどこかへと駆けていった。 元気に木立の間をかける背中を暫く見送っていたが、やがてその姿は見えなくなった。 ジョーは、ふ、と息を吐いた。 がさ。 「え?」 「ん? 何だ、ジョーか」 「ぎゃあああっ!!」 目の前の茂みから、いきなり顔を出した人物に名を呼ばれて、 今度こそジョーの心臓は1mmほど口から飛び出した。 腰を抜かし、へたりとその場に蹲ってしまったジョーを、リョウは訝しげな目で見つめた。 「何をしているんだ、こんなところで」 手を貸してやって、ジョーを何とか立ち上がらせる。 ジョーは立ち上がると、ありがと、と言った。 「あのね、リョウにプレゼントを渡しに来たのよ」 ずっと大切に持ってきた、プレゼントの箱をリョウに渡す。 綺麗な包装紙に包まれたプレゼントをいろんな角度から眺めていたリョウは、やがて顔を上げた。 「これ、中身は何だ?」 「シューチョコ。本当は手作りにしたかったんだけど、上手くできなくて、 結局エーリッヒとカルロからちょっとずつ貰ったの」 …何故カルロが? リョウは疑問に思ったが、訪ねる機会を逸した。 ジョーは軽く俯き加減になって、視線を足元に落としていた。 いろんな茶色を折り重ねて織られた絨毯は、強く柔らかくて優しかった。 「ねぇ、リョウ」 「ん?」 いつも元気なジョーにしては珍しい、声のトーンに、リョウは深い緑の瞳を彼女に向けた。 「リョウはさ、料理の上手な人って、好き?」 「? なんだ、突然」 怪訝に眉を寄せるリョウに、ジョーは足元を見たまま、冗談ぽく笑い、尋ねる。 「もしも、もしもよ。結婚するとしたら、やっぱり、料理の上手な人のほうがいい?」 リョウは暫くジョーのほうを見つめていたが、やがて視線を逸らして、別に、と呟いた。 「俺だって料理はできるし、相手ができなくても別に困ることはないと思うが」 「でも、どっちかっていったらできる方がいいわよね? できないと、やっぱり、困るよね…」 横目でジョーの様子をちらりと伺い、リョウは真っ直ぐ前に顔を向けた。 「…料理ができなくて困るんだったら、できるようにすればいいだろう? 人間、できないことなんてほとんどないぞ。できないと、思い込んでいるだけだ」 実際、殆ど不可能が無さそうな人間の言葉には説得力があった。 「できるかできないかじゃなくて、しようとしたかしてないかじゃないのか?」 あ。 「俺は、そんな風に努力するやつは好きだ」 そう言って振り返り、穏やかに笑ったリョウは、全然違うのに兄に似ていた。 「……そうね。やらないうちから諦めるのは、私らしくないわ」 リョウの顔を見つめて、にこりと笑う。 「ありがと、リョウ」 「いや、礼を言うのは俺のほうだと思うが…」 リョウは手の中の包みに視線を落とした。 「いいのよ、言いたかったから言ったの。それと、」 突然、ジョーはリョウを引き寄せてその頬にキスをした。 「…ッッ??!」 驚いて、慌てて身を離したリョウに、ジョーはかすかに頬を染めながら、悪戯っぽい表情を作る。 「今のは友達のキスだから。あんまり深く考えないでね」 くるりと身を翻す。 告白は、ちゃんと、自分で美味しいシューチョコを作れるようになったら。 努力したんだって、自分自身に胸を張れるようになったら。 そうすれば、きっと彼の目を見てはっきり言えるだろう。 「リョウ! さっき、ジローマルが貴方を探して向こうへ走って行っちゃったの! 追いかけてあげて! それで、そのシューチョコ、一緒に食べてね!!」 少し離れたところから、ジョーはリョウに向かって大きな声で叫んだ。 それから、もう一度駆け出した。 後ろを振り返るのは、自分らしくない。真っ直ぐ前を見つめて。 待っているのも性に合わないから、走って。走って。走って。 そうして、欲しい物を手に入れる。 それが、私のスタイル。 他の誰でもない、私のスタイルだわ。 その後、ジョーが料理上手になったかどうかはまた別のお話……。 |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
2003年2月発行「ラブ・ミッション開始!!」よりの再録です。
ギャグなんだかシリアスなんだか微妙な上に、なんだこの設定。
打ち直してみてそれぞれの中途半端さかげんとエセ度160%のキャラクターたちにげんなり。
そして、文章の滅茶苦茶さから忙しかったあの頃のギリギリさ加減が伺えるよ…?
あ、エーリッヒとカルロとジョーとシナモンのエピソードは、
妹の漫画なので再録不可能です☆(ををお)
モドル