![]() |
![]() |
「今日のレース、楽しかったね!」 「本当、ホワァン頑張ったしね!」 「でも残念だったなぁー」 「ごめんある…」 「大丈夫、今度こそ勝てるよ」 「おう、今度こそ全開全力ぶっちぎりで勝負だぜ!!」 本日午後の対戦は、TRFビクトリーズvs小四駆走行団光蠍。 レースの結果はビクトリーズの勝利だったが、 光蠍は力強い新たな仲間を加えられたという 結果に満足していた。 光蠍の5人に豪を含めた6人でわいわい雑談をしていると、 その豪を呼ぶ彼の兄の声が飛んできた。 「豪ー、帰るぞー!」 「あー、待ってくれよ烈兄貴ー!!」 すぐに返事を返し、豪はそれじゃあまたな! とホワァンに声をかけた。 ばたばたと元気に駆けていく背を見送っていた中国チームの 一人が、ふと、隣のまったく同じ顔の者に耳打ちをした。 こくりと頷き、その人物は豪の後を追うように駆け出した。 辿り着いた先のTRFのメンバーの一人と、一言二言、言葉を交わす。 それから親しげに手を振って別れ、戻ってきた彼、は一言。 「今日は負けたけど、今度こそは勝つから、 ポン君にもよろしくでゲス、って」 それが、決定打。 御褒美 日本でも有数の財閥である三国コンツェルンの御曹司、三国藤吉は その日、気分的にリムジンではなく徒歩で小学校から帰宅していた。 「ちょいと、ちょいと、そこなオサルさん。 狭い日本、そんなに急いでどこに行く?」 そんな彼に、明るく陽気に声をかけた外国人が一人。 声だけでその正体に見当をつけた藤吉は、引き攣った笑みを浮かべながら 声のした(人様の家の)塀を見上げた。 予想通り、そこに立って藤吉を見下ろしていたのは、 艶のある長い黒髪と、柔らかい笑顔の中性的な美人だった。 「……何の用でゲスかポンくん……?」 尋ねると、ポンは嬉しそうににーーーっこりと笑った。 ぎくりとして、一歩下がる。 藤吉は、はっきり言ってこの少女が苦手だった。 それはつい先日行なったレースで、共に第一走者になった時に感じたことだ。 ポジティブで明るく、可愛いのだが、 どうも昔からこのタイプにいい思いをさせられたことはない。 理屈でなく、元気と強気でガンガン攻めて来る。 そう、三国藤吉ははっきり言って、押しに弱かった。 妹であるチイコへの接し方を見ても、それは明らかだ。 「あのねー、ちょっとお願いがあってv 聞いてくれる?」 「聞くだけなら聞いてもいいでゲス。だからそこから下りるでゲス…」 ビクトリーズでも常識人の部類に入る藤吉が注意すると、 ポンは大げさに飛び上がり、空中でくるくると3回転してつま先から 地面に降り立った。 雑技団顔負けの軽業にも、藤吉はもはや驚かなかった。 そう何回も同じネタで驚いていては、三国の名が廃る。 きっちりと両足を揃えて立ち、可愛らしく首を傾げたポンに、それで、 と藤吉は話を促した。 「お願いというのは、何でゲスか?」 「うん! あのね、次のレースで勝ったら、ごほうび頂戴?」 ………………。 はぁ? 「…なんでわてが、強力なライバルである君に ご褒美あげなきゃなんないんでゲスか…」 理屈がさっぱり判らなくて、藤吉は眉間に皺を寄せる。 ポンはぴっ、と人差し指を藤吉に突きつけた。 「次のレース、シルバーフォックスとなんだ。 日本、2連敗中でしょ? もしも君がボクにごほうびくれるなら、 ボク3倍頑張って、絶対シルバーフォックスに勝つよ」 「…ご褒美なんかなくても、頑張るべきでゲス…」 ただでさえホワァンがいない間に3連敗しているのだ、 はっきり言って光蠍には負ける余裕は一つもない。 ポンは、だから、と言った。 「ボクがちゃんと勝てるように。 頑張れるように。 ごほうびをくれるって、約束してよ?」 はぁ、と藤吉は溜め息をついた。 いくら金持ちだといっても、なんで自分に、そんな約束。 「…わかったでゲス」 「本当?!」 ぱあっと、目の前の顔が輝くような笑顔になった。 藤吉は、こういう反応にもやはり弱かった。 「ボク、絶対絶対絶対頑張るから! 絶対絶対絶対絶対、勝つから、見ててね!」 藤吉の手をしっかり握ってぶんぶんぶんと上下に激しく振る。 そしてあっけないくらいぱっと手を離すと、 ポンはじゃぁねぇーーvv と大きな声で別れの挨拶を叫びながら 弾むように駆けて行った。 取り残された形になった藤吉は、お気に入りの扇子を広げて口元を隠し、 空を見上げた。 綺麗な青空が広がっていた。 「…なんかどえらいものを要求されそうでゲスな…」 自分は金持ちだから。 だから、きっとブランド物の香水かバッグか洋服か。 それとも車? 豪邸? レジャーランド? 思いつく限り自分にプレゼントできるものを並べてみる。 「………何が欲しいのか、ちゃんと聞いとけばよかったでゲス…」 心配性な藤吉ぼっちゃまは、その日の晩よく眠れなかったらしい。 試合当日。 グレートジャパンカップそっちのけで、藤吉はレース会場に足を伸ばした。 コースはオンロード。どっちのチームに有利というわけでもない、 複合ロングコースだった。 勝負形式は4トップレース。チームの4台が先にゴールした方が勝ちという、 豪に言わせればわけのわからない、ルール。 スターティンググリッドに並ぶレーサーたちの面差しは、一人一人の背負うものを 物語っている。 レッドシグナルが点灯し、―――グリーンランプが灯る。 瞬間、飛び出したマシンとレーサーたち。 藤吉はじっと、レースを見ていた。 レースはシルバーフォックス有利で展開していた。 Ω05が可能な限り他のマシンを引っ張り、他のマシンのバッテリー消耗を抑えている。 対する光蠍は、新しく入ったシャイニングスコーピオンのスピードに ついていけているのがトンの空龍のみ。あとの3人はフォーメーションこそ組んでいるが、完全にΩに溝を空けられている。 流れは、レース後半ギリギリまで変わらなかった。 それが変わったのは、残りあと半周になった地点。 ハイマウントの急勾配をマシンたちが昇る、その場所で。 今まで2台のマシンを引っ張ってきた空龍が、 突然2台の後ろに回って押し上げ始めた。 そんなことをしたら、モーターが…マシンが! 思わず藤吉は立ち上がった。 今まで3位の位置をキープしていた空龍の持ち主は。 ぎゅっと下唇を噛み締めて、マシンだけを見つめながら走り続けているのは。 ごめん、ごめんね。辛い思いをさせて。 ボクの空龍。ボクの大事な大事なパートナー。 負けられない。負けられないんだ、この試合。 だから、だから………! 「「行っ……けえェえええええええーーーーーー!!!!!!!」」 ふたりぶんの声が、響いたのが聞こえた。 「…おめでとうでゲス」 表彰式後。 他のチームメイトに後で戻るとだけ告げてゴール地点に立ちつくし、 手の中のマシンを見つめていた少女に声をかけた。 ふと、黒曜の瞳が藤吉を向く。 ポンは柔らかく、ふわりと笑った。 泣きそうだと、思った。 「…壊れちゃった。ボクの空龍」 第10位で完走はしたものの、モーターが焼け付き、 カウルが一部その熱で変形している。 藤吉は背伸びをして手を伸ばし、そっと、そのマシンに触った。 まだ温かかった。 「ごくろうさまでゲス、空龍」 「…うん」 「このくらいなら、修理すればすぐまた走れるでゲスな」 「うん…」 「…大丈夫でゲスか?」 「うん」 こくりと頷き、ポンは今度は彼女らしく、笑って見せた。 「ねえ、約束覚えてる?」 「豪君じゃあるまいし、そんな簡単に忘れるような単純な頭はしてないでゲス」 溜息混じりの言葉に、ポンはあはははは、と笑った。 やはり、ポンにはそんな表情が似合うと、藤吉は思う。 「それで、自分のマシンをそんなにしてまで欲しかったものって なんなんでゲスか?」 「あのね、」 ひょいと背をかがめ、ポンは藤吉の耳に口を寄せた。 「…君の苗字」 「…ッ??!」 ばっ! と顔を離し、藤吉はポンと5mほど距離を取った。 ポンは同じ立ち位置でにこにこと笑っている。 ばくばくと鳴る心臓を押さえ、藤吉はなっ、なっ、なっ、なっ、と10回ほど繰り返した。 大きく深呼吸をしてようやく気を落ち着けると、 面白い生き物を見るような目で藤吉を見ていたポンに、びしっと扇子を突きつける。 それは数日前と逆の光景だった。 「なにを考えてるんでゲスかポンくん!」 「なにって。ごほうび?」 判りやすく空とぼけるポンに、藤吉はそうじゃないでゲス! と叫んだ。 「冗談でも簡単にそう言うこと言わない方がいいでゲス! そういうのは、ちゃんと好きになった人に言うべきでゲス! 確かにわてと結婚すれば将来的には安心だし資産もできるし なんにも悪いことはないでゲスがでもっ…!」 「ボクがトウキチを好きになるのは、そんなに意外なこと?」 ぶんぶんと両腕を振って言い募る藤吉の腕を、ポンは掴んだ。 「ボクはトウキチを好きになっちゃいけない?」 その視線は、真っ直ぐで、強くて、躊躇いなど含んでおらず。 藤吉は目を逸らし、地面に視線を落とした。 「いけないわけじゃ、…ないでゲスけど」 周囲を疑って、抜け道を探して、こせこせしたことしかできない自分には眩しくて。 強く、強く、自分の見つめたものを、信じたものを、追いかけていける強さが。 自分にはないから、だから。 苦手で。 「ボクはトウキチが好き。だから君の苗字が欲しい」 「君なら…わてよりもっと、もっと、いい人が見つかるはずでゲス…。 そんな簡単に、こんなところで、未来を決めるべきではないでゲス」 陽の当たる道を真っ直ぐに歩いていける君の傍に、 日陰から物事を伺いながらしか動けない自分は相応しくない。 「トウキチは、誰か好きな人がいるの?」 「そうじゃないでゲスが…」 「じゃあ、約束しよう!」 強く言い切られて藤吉は、やくそく、とポンの日本語をなぞった。 こくりと頷くと、ポンは強く、藤吉の手を握った。 「もしもボクが20歳になったとき、それでもトウキチ以上に好きな人がいなかったら、 君の苗字をボクにくれるの」 「20歳?」 にぃ、とポンは笑い、ボクの国の、女の子の結婚できる年、と言った。 そして同時にそのとき、日本では藤吉が結婚できる年齢になる。 どちらの国で結婚式を挙げるにしても、問題はない。 ない、が。 「…一つだけ聞かせてほしいでゲス」 「ん、なぁに?」 「どうしてわてを好きになったんでゲスか?」 悪い顔はしていないと思うが、自分の顔が(マスコットという意味以外では) 女性受けするタイプではないという自覚のある藤吉は、 どうしてポンが自分に惹かれたのかが気になった。 三国コンツェルンの財力に惹かれる女性はたくさんいるだろうが、 どうしてもポンはそのタイプには見えない。 「初めてだったんだ、ボクとリーチを一発で見分けられた人」 「……へ? そんなことで…?」 「うん、他の人にしたらすっごく些細なことなんだと思う。でも、ボクにとっては大事なことなんだ」 他にもいろいろと理由はある。 目立たないけど、よくリタイアしてるけど、でも一生懸命頑張ってる姿とか。 ひどく子供じみた顔と大人びた顔とのギャップとか。 小さいくせに、他のどのレーサーよりもずっと、しっかりと地に足を着いているところだとか。 レースのビデオを見るたびに、小さな、確実な君の魅力に気がつく。 でも、なによりも大きかったんだ。 ボクをボクとして見分けてくれたこと。 「…よく判ったね」 「声が、ほんの少し違うでゲスから」 ぱちぱちぱち、とポンは小さく拍手をした。 その音は誰もいなくなったレース会場に、ほんの少しだけ響いて消えた。 「改めてちゃんと、言うね? ボクをおよめさんにしてください」 途端、藤吉の顔が真っ赤に染まった。 「ぷっ、プロポーズはまだ早すぎるでゲしょ??!」 まだ8年も先のことだ、という藤吉に、ポンはたった8年後だ、と答えた。 悪戯気に白い歯を見せながらにっかりと笑うポンの、白い頬にもまた、微かに朱がさしていた。 それを認識して、藤吉は益々恥ずかしくなってしまう。 「もっ…もういいでゲスな!? じゃあわては帰るでゲスよ?! 三国コンツェルンの未来をしょって立つ男は、そんなに暇でもないでゲスから!」 「あ、待ってよー」 「うわぁでゲスっ!!」 出口に駆けていこうとする藤吉に、ポンはひらりと足払いをかけた。 ひっくり返った藤吉の傍に屈みこみ、ぱちんと片目を閉じる。 「約束、忘れないようにおまじないしとこう?」 軽く、藤吉の頬に柔らかいものが触れた。 「…………ッッッ???!!!」 「ではではみなさ〜んごきげんようッ!」 高い天井に軽い足音が反響しながら遠ざかっていくのをぼんやりと聞きながら、 藤吉は溜め息を吐いた。 それはどこか、幸せそうに空気に溶けていった。 甘い甘いこの時間は、きっと頑張った御褒美でしょう? だから辛い辛いあの時間も、君の脚本なんでしょう? 甘い甘いこの時間は、目を瞑っちゃった瞬間終わっちゃうんでしょう? だから近い将来未来、二人の苗字を一緒にしちゃってみない? <了> れれれれれれレ〜ス〜〜〜!!!(書くのがすごく楽しかったらしい) …オイラがレツゴの女の子を書くと、どうしても偽者になる…(。゜>△<゜。) そしてポンちゃんが出てくると微妙にギャグになる…(どんなイメージやねん…) ………藤吉vポンてのはやっぱり駄目ですか…? <御褒美 (エリシュミ or ジムシナ)> SURFACEの歌の中でも、異色を放っている気がする。 どこが同違うのかなーとずっと思っていたのだが、 よく聞いたらエリシュミに聞こえるというのが他の歌と一番違う所っぽい。 歌詞がすげぇ可愛い。 モドル |
![]() |
![]() |