この気持ちの名前を、俺は知らない。


 



 物言わぬ寝顔を見下ろせば、当然のことのように
 嗜虐的な欲望が体内で膨らむ。
 華奢な身体をさんざんに虐めて嬲って泣かせて、
 やっとそれらの責め苦から解放してやったばかりなのに。
 しかし悪いのは自分ではない、とカルロは思っていた。
 全ては、相手が…エーリッヒが悪い。
 被虐的な表情や態度、扇情的な仕草や身体。
 どれだけ汚らわしい関係と行為の中に沈んでも清純でありつづける魂。
 すべてを許しはしないという意思表示をしながら、
 けして自分に逆らわないその態度すらも。
 シャワーを浴びて火照った指先で、カルロはそっと
 エーリッヒの頬に触れてみる。
 意志とは関係なく零れ落ちた涙によって冷やされた肌は、
 カルロには冷たく感じられた。
 生きていることを確かめる為に喉元へと滑らされた指に、
 エーリッヒは微かな呻き声を返した。
 夢の中でさえも、彼にとっては安息の場とはなり得ない。
 当たり前だ、眠る場所がこんなところでは。

 「……噛み切ってやろうか?」

 確かに脈動を繰り返す首筋のその場所に触れながら、呟く。
 おそらく彼は抵抗しないのだろう。
 エーリッヒが何を考えているのか、カルロには判らなかった。
 自分に近づいて得られるものが、彼にあるとは思えない。
 彼には仲間も地位もプライドも、カルロにとっては
 それがすべてに見える世界にいたはずなのだ。
 なのにそれらすべてを省みずにここまで来た。
 おそらく段々と暗くなってゆく階段を降りながら、
 光の方向は一度も振り返らなかっただろう。
 大天使の御許から悪魔の隣へ。
 それでも彼はルシフェルとは成り得ない。
 いっそそうなってしまえば互いに楽だろうに。

 「……………」

 何か、をエーリッヒが呟いた気がして、カルロは我に還った。
 エーリッヒの瞳は依然閉じられたまま、薄く開いた唇が何を
 形作ったのかはすでに判らなかった。
 彼の寝言が聞き取れていたとしても、所詮ドイツ語のそれの意味を
 理解できるとは思わなかったが。
 近いようで遠く離れた国の人。
 最初のきっかけがカルロからだったとはいえ、
 近づいてくるのは自分のほうなくせをして、
 エーリッヒはカルロが傍に寄せる理由を欲しがる。
 だがそれは、カルロにも答えられない。
 愛情などという生臭いものを持っているなどとは考えたくもない。
 …たとえそれが、事実であろうとも。
 それを認めることなどできるはずもない。
 だから、カルロは答えの代わりにエーリッヒを抱いた。
 その行為が、二人の間で答えの代わりとなることのできる
 唯一のものだったから。

 だが。

 もしも今、カルロが不能になったとして、エーリッヒを遠ざけるか。
 カルロには、その問いにSiと答える自信がなかった。
 エーリッヒや他人の前で、虚勢を張ってならいくらでも言える。
 残酷な嘘はお手の物だ。
 しかし実際にエーリッヒが離れてしまった時、
 自分は元の自分に戻ることができるのだろうか。
 彼のいなかった時と同じ自分に。
 銀の細い髪に指を入れ、乱暴に梳く。
 愛撫というよりも暴力に近いそれを、それでもエーリッヒは求めるのだろうか。

 「ばっかじゃねぇの…」

 「貴方こそ」

 突然返った答えに驚いてエーリッヒから手を離す。
 カルロのものより薄い青の瞳が、一対の宝玉のように光っていた。

 「…起きてやがッたのかよ、趣味悪ィ」
 「…起こされたんです」

 掠れた声での短い反論は、言いたいことの三分の一も伝えては来ない。
 与えられるのは必要最低限の情報。
 カルロは口を利く意志をなくして黙り込む。

 「…済みません、眠ってしまって」

 二言目に必ず上る謝罪の言葉を耳にして、カルロはチッ、と舌打ちした。
 自分の部屋に戻ろうとするエーリッヒの腕を抑えて、
 その行動の意味が理解できずに顔を上げたエーリッヒと苦い口付けを。

 「まだ朝までにはだいぶ時間があるぜ?」

 その言葉の意味を理解したエーリッヒは、カルロに読み取れないほど
 僅かに眉をひそめ、体の力を抜いた。



 理解できない思いの方向は正か負か。
 それは確かに、彼らの想いの平方根。


                            <了>

 切なもどかしいカルエリが好きです(救いがなくてもいいです)。
 裏と表の境界線が段々緩んであと一歩でワームホールが
 開きそうですね!(読解不能)

 <√(特になし)>
 
歌詞はないようであるような英語みたいなのが
 聞こえますが聞き取れません。
 歌詞カードにも何も書いてないからインストなんじゃねーの。
 アルバムROOTの一曲目。
 綺麗に二曲目と繋がってるのでどこまでが√なのかいつも判らない。

 モドル