俺は神様なんて信じない。


 
SUPER FUNKY


 ジーワジーワジーワジーワ。
 蝉の鳴き声もかしましい、8月の午後。
 照り付ける、という表現がぴたりと当てはまる太陽の元で、生い茂った木々の葉はそよりともそよがずに逞しく光合成を続けていた。
 NASAの敷地内にある小さな公園の木陰に、ケヤキでできたベンチが一つ。そこに、一人の少年が座っていた。現在訓練を受けているアストロノーツ候補生の中で最優秀の成績を誇る、「優等生」。ブレット・アスティアだ。
 この場所にあるベンチの明るい木の色と、背もたれの少しいびつな彫刻がブレットのお気に入りだった。カリキュラムの合間に許されたほんの短い休憩時間を、彼はこのお気に入りの場所で過ごすことにしたらしい。
 肩肘を背もたれに乗せて、頭はうなだれぎみで、蒸し暑い空気のなかに吐き出した疲労の吐息は、大地に落ちて粉々になる。
 二酸化炭素含有量の増えた、他より重い空気。増えたといったって吸い込んだぶんの酸素が全部ヘモグロビンと結合するわけじゃない。0.16%だった二酸化炭素の占める割合が、実質0.2%を越えるか越えないかっていうところだろう。
 だが、気持ちを代弁するかのようなこの吐息が、上昇するのではなくしっかりと落ちていくというのは面白い。
 …夢(DREAM)、なんて言葉。
 期待を背負うことには慣れている。
 応えられなかったことなど、…数えるほどしかない。
 それでも。
 すこし…疲れたかもしれない。
 目を閉じて、ブレットはもう一度溜め息を落とす。
 自ら選んだこの道を進むことを、後悔などしたことはない。だが、全力で走っていればそのうち力尽きる。どこかで息を抜かないと、緊張しっぱなしの糸はいつか必ず切れてしまう。案外脆く、容易く。
 …そういえば。
 自分に、適度に息を抜くことを教えてくれたのは一人のチームメイトだった。
 同じ道を歩きながら、彼は自分よりもずいぶん要領よく見える。へんな道草を食っているはずなのに、いつも気づけばすこし後ろで。両腕を頭の後ろに回して、にやりと笑っているのだ。いつか追い抜いてやるよ、なんて軽口めいた自信を醸しながら。
 ひやりと、冷たいものが額に触れた。
 ゆっくりと目を開くと、見慣れた顔が嬉しそうに自分を見下ろしながら笑っていた。

「ほい、リーダー」

 先ほど額に当てられたものを差し出されて、ブレットは無意識に受け取る。
 それはチョコレートのかかったアイスだった。
 すとん、とブレットの隣に腰を下ろしたエッジの手にも、同じものが握られている。ただ、ブレットのものがバニラアイスなのに対し、エッジのものはストロベリーアイスの色をしているという違いはあったが。

「…よくここが判ったな」

 サンクス、と言って透明なパッケージを破ってアイスを取り出し、一口かじる。
 エッジはししし、と笑い声を立てた。

「俺ってば超能力者だから。おっ、今ジョーが更衣室で着替えてるぜ!!」
「言ってろ」

 相変わらず調子のいいことを言ってくるエッジに、ブレットは笑う。
 昔、チームを組まされたばかりの頃は、この性格にずいぶんとイラつかされたものだったが。長年、といってもそう長いわけではないが、付き合っていると、慣れてしまう。そして、その軽口にどこか救われている自分に気がつく。

「…お前は変わらないな」

 呟いた言葉に、エッジは一瞬きょとん、としたが、すぐにまぁね、とにやりとした。

「アンタもあんまり変わってないよ、リーダー」
「…そうか。自分ではかなり変わったつもりなんだがな」

 うんにゃ。とエッジはゆるく首を振った。
 確かに、初対面の時と比べればずいぶんと柔らかくなったとは思う。だが、本質的なものは何も変わっていない。柔らかさはチームが作り出したものではなく、ブレットが元々内側へ押し込めていたものだ。

「なぁ、俺とリーダーって結構似てるよな」
「………気分が悪いから否定してもいいか?」
「うわヒッデー。似てると思うんだけどなぁ。天才的な頭脳の持ち主だとか結構格好良いトコとか? 負けず嫌いなトコとか影の努力は人一倍なトコとかねー」

 あとは目鼻と口の数に耳までつけますか。と指折り数え上げていくエッジに、ブレットは勝手に言ってろ、という目線を寄越す。
 エッジはその視線に気付いて、また、にやりと笑った。

「…自分では、お前とは正反対だと思うぞ。俺はお前みたいに課題を溜め込まないし、後先考えずに行動もしない。年中ふらふら遊び歩いてもないし、トラブルメーカーでもない」
「そーそ。そんであとは俺がタレ目でリーダーはツリ目だってとこだろ?」

 アイスの最後の一口を口に放り込んで、エッジはでもさぁ、と間延びした声を出した。

「正反対のモンって、意外と似てくるモンなんだぜ、知ってた? 天才となんとかは紙一重って言うじゃん?」
「ああ、その紙一重を超えられず、年中なんとかの方に留まってるのがお前だ」

 ひっでぇー。とエッジは笑った。
 蝉の声に負けないほどにかしましいエッジの声が、濃い青い空に解けていく。
 それからふと、エッジは真面目な顔を作って見せる。慣れた者から見ると、どうしたって彼の真面目な顔はうそ臭く見えるのだが。

「…なあ、リーダー? あと何年くらいで、宇宙へ行く?」

 ブレットは首を横に向けて、エッジの顔を正面から見つめた。
 エッジは見たこともないような真摯な瞳をブレットに向けていた。

「さあな。だが、そう向こうの未来の話でもないぜ」

 未来の話でありながら、ブレットは自信たっぷりに言い切る。そうなるのが当然だというかのように。
 …やっぱ俺と似てんじゃん?
 ブレットは腕時計で時間を確認すると、そろそろだな、と言ってベンチから立ち上がった。

「アイス、Thanks」

 ひらりと片手を挙げ、そう言って立ち去る後姿はひどく遠いものに思えた。
 だから。

「リーダー!」

 エッジは遠ざかる背中に声をかける。彼自身にも予想外の大きな声だ。

「…どうした?」

 すこしだけ振り向いたブレットは、いつも見せる余裕の顔で、笑っている。

「俺、アンタと同じ宇宙船(ふね)に乗るぜ。いつまでも見上げてるばかりじゃ嫌だからな」

 目標はそこに到達するためのものだし、ゴールはたどり着くためのものだ。
 せっかく口にするならば、叶えられなければ意味がない。
 ブレットもエッジも知っている。

「いいだろう、追いついて来い」

 追いつけるものならな、と口には出さずとも目に見える挑発を残した「目標」に向かって、エッジは届かないように当然だぜ、と応えた。


 俺は神様なんて信じない。
 なぜなら俺の望みはすべて俺が叶えるから。
 俺の神様は俺自身。


 だけど 付かず離れず光と影 赤と青 君と僕 
 紙一重だ戦争と平和 デッカイ権力と犯罪者 正義の味方
 神様が僕なら超ファンキー!


 …いつごろ書き始めたかバレバレな季節感が良い感じですね!(笑っとく)
 エッジの軽口は書いていて非常に楽しいです。
 カップリング意識はゼロと言っていいほどありませんヨ。

SURER FUNKY(特になし)>
 アップテンポの楽しい曲です。
 非常にエッジっぽい。
 本来は恋人たちの曲なんですが。

モドル