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お前を私の色に染めて。 私をお前の色で染めて。 食卓 「…ん…っ」 息苦しさに、エーリッヒは掴まれた手首を捻って抵抗を示した。 許さないという風に強く、その手首を握り締める。 逃げる唇をシュミットは執拗に追いかけ、柔らかく、しかし 荒々しく口付ける。 「……シュミっ…っ」 息を継ぐ間に非難めいた声を出すが、 それすらも吐息の合間にかき消される。 エーリッヒを捕まえているのと逆の手が、 シャツの裾から入り込んで薄く肉付いた素肌を撫でる。 毛細血管の中まで駆け巡る感覚は、 いつも彼らを翻弄するそれだった。 エーリッヒは本当に止めて欲しい時にだけいつもするように、 シュミットの舌を柔らかく噛んだ。 その合図によってようやく顔を離したシュミットは、 当然のことながらひどく不満げな顔をしている。 「…貴方…、ここがどこだか判っていますか?」 ようやく呼吸を整え、エーリッヒはシュミットを睨んだ。 シュミットは片隅の蛍光灯だけが灯された部屋の中を、 日中には清潔感のある白に輝く壁や、 人数分そろえられた椅子、 縦に長い机などを見回した。 「…食堂かな」 「かな、じゃないでしょう…」 緩やかな呼吸を繰り返すに従い、 エーリッヒの腹部がシュミットの掌の下で動く。 直接に肌と肌で触れているその部分から、 誤魔化しようのない熱が伝染してきそうで、 エーリッヒは手を放せと命じるようにシュミットを睨んだ。 「何のためにここに来たか、判ってます?」 「ああ。ホットミルクをつくるためだろう?」 「そう。貴方が眠れないというものだから」 貴方が、に強く力を込めて、エーリッヒは言った。 彼が長い節だった指で示したコンロの上にかけられた鍋は、 ゆっくりと温まっている最中だった。 シュミットは渋々、エーリッヒから手を離した。 離れていくぬくもりはそのまま、部屋の温度を少し下げた。 「でも、誰もいない夜の食堂に恋人と二人きり。 だのに恋人は私のためとはいえ鍋にしか視線を注がない。 そんな悲しい状況では、襲うなと言うほうが無理だ」 「そこはぐっと我慢の子になってもらえませんか…」 とんでもないことをきっぱりと断言したシュミットに、 エーリッヒは昼間の疲れがどっと出たような気分になった。 それでも沸騰する前にコンロの火を消し、 エーリッヒは大きめのマグカップにミルクを注ぎ、 砂糖とシナモン、それにブランデーを少しだけ、混ぜる。 暖かいカップをシュミットに渡すと、 シュミットはひとくちすすって甘い、と呟いた。 「当たり前でしょう、ホットミルクですよ?」 それでも普通入れる量の半分しか、 エーリッヒは砂糖を入れていなかった。 もうひとくち、シュミットはその優しい味の飲み物を口に含む。 ステンレスの台の上にマグカップを置いて、 そのままシュミットは背伸びをしてもう一度エーリッヒに口付けた。 シュミットの体温で温くなった、甘いミルクが喉の奥を ゆっくりと落ちていく。 零してしまわないように、シュミットは気をつけてエーリッヒの 中へとミルクを注ぐ。 まるでエーリッヒの心も、それで蕩かしてしまうかのように。 「なぁ…エーリッヒ…?」 そっと唇を離して、シュミットは了承を得ようと エーリッヒの耳に囁く。 エーリッヒは、何かを恐れるように小さく首を横に振った。 「…駄目です。明日も学校があるんですよ…?」 「そんなの、理由にならないな。素直に抱かれろ」 「シュミット。僕の性格は判っているでしょう?」 身体がどれだけシュミットを求めようと、 エーリッヒはそれをけして表に出せはしないし、 また、明日からも学校があると判っているのに 簡単に抱かれるようなたちでもなかった。 シュミットは軽く肩を竦めた。 「本当にお前はいつまで経っても変わらないな」 「…仕方がないでしょう」 シュミットの腕が強く抱きしめてくる、 その強さに甘えて、エーリッヒは小さく笑った。 「どれだけそれを望んでも。 貴方が引き立つように彩ることはできても、 僕は貴方の色には染まれないし、 貴方は僕の色には染まらない」 ひどく胸が痛んだ。 だけれどそれも、甘い疼きの一つだった。 お互いに影響される部分を持ったとしても、 彼らは相手に合わせてすべてを塗りつぶしてしまえるほど 幼くはなかったし(幼い頃から同じように塗りつぶしてきたのだから)、 そんなに柔らかい自我を持っているわけでもなかった。 お互いにとってのお互いの存在は「黒」ではなく、 そうでなかったからこそ相手を生かすことができた。 確かにそれは二人の間の隔絶だった。 でもだからこそ、彼らはお互いに補い合えることも知っていた。 「…まぁな。お前のすべてを私の思うままに支配できればいいと、 考えることだっていくらでもあるけれど。 今こうやって目の前にいるお前が、簡単に変わってしまうのは想像できないし もったいない」 シュミットの言いように、エーリッヒはくすくすと笑った。 それからすこし、悲しそうに眉をひそめた。 それでも傍に居る限りは、互いにどこかで譲歩し、 まるで陣取りゲームのようにすこしずつ、相手の色に 染まってゆくのだろう。 果たしてそれは良いことなのか。 彼を変えてしまうだけの価値が、果たして自分にあるだろうか。 今も、シュミットが求め、また自分が心の奥底で切望する行為は 悪戯にお互いの罪悪を重ねていくだけではないのか。 でも。 それでも。 エーリッヒは自らシュミットの唇にキスをした。 その行為に、シュミットは驚いてエーリッヒを見つめる。 それは実際とても珍しいことで、 また、普段はゆきすぎたくらいに禁欲的な彼が、 シュミットを求めている時にそっと送るある種の合図でもあった。 「…部屋に戻ってからですけどね」 シュミットから顔を背け、釘を刺すようにエーリッヒは早口にそう言った。 「…ああ」 答え、シュミットはマグカップを取り上げた。 自分たちの部屋に戻っていくために廊下を辿りながら、 シュミットは黙ってエーリッヒのことを考えていた。 前にはけして、自分からはそういった意味で触れてくることのなかった彼を、 こんな風に辱めたのは確かに自分だと。 清廉だった彼を包む汚辱のすべては、自分が彼に埋め込み、植え付けてきた 自らの足跡だった。 それらの軌跡が、いつか取り返しのつかない後悔をどちらにさせるとも判らない。 でも。 それでも。 「…愛してるよ、エーリッヒ」 「ええ、知っています」 それは冷たい豪奢な料理を並べた、最後の晩餐を呼ぶ食卓。 もっと もっと貴方を傍に感じて いられるなら もっと もっと貴方を塗りつぶして しまいたいんだ もっと もっと貴方を汚してしまう それだけしかできない もっと もっと… <了> この程度なら表で全然大丈夫ですよね! ね?! …#50「スチームミルク」の方がよかったかしら…(笑)。 でもスチームミルクって作り方がややこい(ややこしい)から、 小学生は手軽にできるお子様飲み物飲んでりゃいい!!(笑) あ、ぎゅうぬー暖めたときに張る膜にはいいものいっぱい はいってるらしいですから、すくって捨てずに飲むことオススメ。 ……シュミット伸長頑張ってくれぃ。 <「食卓」(シュミエリorエリシュミ)> スローテンポのダーク系の曲。 繰り返し聞いているとうっかり凹みそうになる。 「侵食」と「忍耐」のイメージのあるこの曲は結構 エーリッヒさんサイドで聞けるのでエシのイメージのが 強いかもしれない。 モドル |
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