何で好きになった、とか。
 よく、判らない。


 samurai mania



 「なぁなぁなぁなぁ、ジョー!」

 後ろからばたばたばたっと追いかけてきた大きな足音に、
 ジョーは振り向きざま持っていたファイルを叩きつけた。
 ぼふ、と鈍い音が廊下に響いた。

 「静かにしなさい! 廊下は走らない! 「なぁ」は一回!」
 「…最後のちょっと違くね?」

 そっと手を挙げて主張したエッジの脳天に、もう一撃。

 「口答えもしない」
 「っつ…そう簡単にバシバシ叩くなよ。
 アメリカが誇る天才少年のおつむに問題が生じたらどうするんだ?」

 ちょっと平らになってしまった自慢の髪を整えながら
 ぶーたれるエッジに、ジョーはにこりと笑った。

 「誰が天才少年?」
 「………、オ」
 「「オレ」とか言ったらもう一発ね」

 にこりと笑いながらもファイルを振り上げてスタンバイしている
 ジョーに、エッジは大げさに自らの頭を庇った。
 自覚あるんじゃない、とジョーはエッジの行動に苦笑交じりに
 溜め息をつく。

 「ちぇー、本当口より先に手なんだからなぁ。
 せっかく、ジョーの気に入りそうなDVD手に入ったから
 貸してやろうと思って来たのにさ。」

 科白の一行目あたりで三度振り下ろされたファイルをひょいとかわし、
 エッジは片手に下げてきたDVDのケースを前後に振って見せた。

 「なに、どんなの?」

 興味を引かれた様子でファイルを収めたジョーに、
 エッジはほい、とDVDを手渡す。
 ケースに書かれたタイトルは少し前に大きな話題になったものだったが、
 ジョーをはじめ彼らのレベルにいる宇宙飛行士の卵たちは、
 これが上映されていた時期には大切な課題を抱えていた為に
 映画館へ足を運ぶことは叶わなかったのだった。
 赤字のロゴの下に並んだ、日本の武士の格好をした男たちを見つめながら、
 ジョーはどうして、と言った。

 「私がこれを気に入りそうだと思ったの?」
 「だってジョー、こういうの好きそうじゃん?
 リョウ・タカバってサムライだし」

 リョウを「サムライ」と断定したことはおいといて。

 「日本の古来の文化に興味がないわけじゃないけれど。
 でも、私のリョウに対する気持ちはこういうのが理由じゃないわよ」

 じゃあ何が理由か、なんて聞かれても本当はわからない。
 アルバムで第一回WGPの写真、リョウと一緒に映っているそれを見ると
 未だに心臓が16ビートを打つのは変わらないのだけれど。
 何で好きになった、なんていうのは、よく、判らない。
 意外と優しいとか責任感があるとか、信念みたいなものを貫いてるとか
 格好いいとかでもなんか可愛いとか、彼の長所を上げればそれはそれは
 きりがないのだけれど。
 (でも私を「女」呼ばわりしたことは何があっても忘れないし許さないんだ、絶対!)

 「…オレは、ジョーが男を好きになる日なんて絶対来ないと思ってた」

 エッジの言葉に、ジョーはDVDから視線を上げた。

 「っつーか、ジョーを惚れさせる男なんていないと思ってたっつーか。
 だってさ、ジョーはいっつも男をバカにしてたろ?」

 だから。

 「なーんか悔しいっつぅか、ね…」
 「なにそれ。何か企んでる?」

 下手な口説き文句のようにも聞こえるエッジの告白に、
 ジョーは片眉を下げる。
 エッジはまぁねー、と軽い調子で笑った。

 「身近にこぉんな格好いい男がいたってのに目もくれず、
 俺たちのチームのマドンナがジャパニーズとの恋に
 落ちてしまったというのは由々しき事態だと思ったので
 リョウ・タカバとオレの違いを検討してみたところ、
 どうやらオレに足りなかったのは「サムライダマシイ」だったようで」

 饒舌に報告を続けるエッジに、ジョーはくすくすと笑った。
 ジョーに言わせればリョウとエッジの違いは「サムライダマシイ」とやら
 だけではなく、彼ら間の隔たりは太陽から土星までくらいはあったのだが、
 エッジの調子がいいのは毎度のことなので、ジョーはそのあたりに突っ込む気には
 ならなかった。
 ただ仕方ないわね、という風に、でもエッジのおちゃらけた調子は
 不快ではないという風に、ジョーは先ほどよりも随分と緩やかな力で、
 エッジの頭をファイルで叩いた。

 「ギャー! 暴力はんたーい!」

 大げさに声を上げて数歩逃げたエッジに、ジョーはばぁか、と言って
 心底楽しそうに笑った。
 知り合った当初には、絶対にエッジには向けてもらえなかった笑顔だった。
 つられてエッジもへへへ、と笑う。

 「あーあ、オレもまだまだ観察力が足りないなぁ。
 ジョー好みだと思ったんだけど、それ」

 ジョーの手の中にあるDVDを指して、エッジは呟く。
 いらない? と言外に聞かれていることを、ジョーは聞き取る。

 「ううん、ちょっと見たかったし。
 レポート作成の息抜きにはちょうどいいかも。
 ありがたく借りていくわ」

 ありがと、と背後に向かってにDVDを高く掲げてひらりと振り、
 自室へと戻っていく彼女の姿に、エッジは苦笑いと共に肩を竦めた。
 数メートルを言ったところで、ジョーはくるりと振り向いた。

 「ああそうだ、どうせだからコレ、皆で観ない?
 ブレットもミラーもハマーも誘って。
 そのほうが楽しいと思うんだけど」
 「いいねぇ、大賛成!」

 ぱちん、と指を鳴らして嬉しそうに答えたお祭り好きの同志の様子に、
 映画鑑賞会はきっとプチ宴会みたいになってしまうのだろうという確信に近い
 予感がジョーを貫いた。
 だがそれも、やはり不快ではなく。
 違うとはいえ確かに好きな人を髣髴とさせる彼の国の、
 彼に流れる血と同質のものを持つひとたちの物語は、
 きっととても興味深いのだろうと思った。


 私がリョウを好きになったのは、
 彼がニホンのブシだったからじゃない。
 なんで好きになったのかは判らない。
 でも、……実際に私は彼に恋をしている。
 それは私の世界を回すような力で、
 私の世界を壊すような力で。
 とても怖いけれどとてもあたたかくて幸せで。
 私はどこまで彼の世界を壊すことができるのだろう?
 もしかして恋なんて、新しい相手を表させるために
 自分と相手の表層を斬ってみせることなんじゃないだろうか。

                               <了>


 ラストサムライ見たかったんだ…ッ!!(6/10に大学で
 上映してたんですが時間の都合で見れませんでした。)
 リョウの出てこないリョウジョ。むしろエジジョ(エジ→ジョ)っぽいのは
 ご愛嬌☆(愛嬌にならないです)。
 イラスト描いたよりも随分明るいかんじの話にまとまったのでヨシ!(いいんかい)

 <samurai mania(特になし)>
 SURFACEの数すくないインストロメンタルです。
 「going my 上へ」のカップリングで、
 アルバムには収録されていません。
 永谷くんのギターがほんまに格好いいですよ☆


モドル