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君と共に登りつめると、誓った。 なにしてんの 一目彼女に会ってもらえばわかると思うが、ディアナは負けず嫌いだ。美しく気高く、凡人たちの頂点に立つべくして生まれたのだからそれも当然かもしれないが。 だが、敗北を知らない彼女のような人間は、一度負けてしまうとなかなか立ち直れないほどのショックを受けたりするものだ。なにごとにも弱気になり、覇気のないディアナを見ていると、こちらまで気が滅入ってくる。やはり彼女は、我々を率い導くためにも輝いていなければならないのだ。 ………そのために、ディアナを支えるために、我々は傍にいるのに。どうしてそれに気付いてくれないのだろう。 我々が初出場した公式レースは、第一回世界グランプリヨーロッパ予選だった。バルト三国、ギリシャを下した我々は本選へと勝ち進み、その第二回戦でイタリアチームの前に敗退した。 その夜、慣例的に皆と共に採るはずの夕食の時間になっても、ディアナは自室から出てこなかった。 「……ディアナ?」 コンコンコン、とドアをノックしながら、彼女の名を呼ぶ。 今はそっとしておくべきで、不粋な真似かとも思ったが、放っておけなかった。第一、他のメンバーの心配深げな表情が、俺に「行ってこい。」と催促していた。 ディアナからの返事はなかった。 少し躊躇ったが、俺は部屋のノブをそっと回した。 鍵は掛かっておらず、ドアは簡単に開いた。 「……ディアナ? いるのか?」 電気の付いていない暗い部屋に踏み込む。 彼女の部屋には、上品な薔薇の香りがほのかに漂っていた。 ディアナの姿を、俺はすぐに見つけることができた。 彼女はベッドの上で、ブランケットを抱きしめ、顔を埋めるようにして眠っていた。 ユニフォームも脱がずにそうしているディアナは、普段の気丈な彼女からは想像もつかないほどちいさく見えた。 「ディアナ、夕食……」 顔を覗き込むように身をかがめた俺は、思いもかけず彼女の目尻に涙の跡を発見して、どきりとして口を閉ざした。 ディアナとの付き合いはそこそこ長いが、彼女の涙など見たことがなかった。彼女は俺やクラージュを含めたフランス最速のミニ四駆チームから余裕の笑みで優雅に勝利の女神を虜にした存在だった。 そうだ、輝かしい我らの勝利の女神。ディアナは我々…いや、俺にとってそれに等しい。レースで一番最初にゴールラインに達した時の、君の誇らしげなばら色に染まる頬が俺を速くするんだ。 そっと指を延ばし、目尻に触れた。優しく擦るようにして涙の跡を拭く。 「………レゾンか。」 突然、彼女から声が聞こえた。 身体は動かさず、寝起きの声で俺だということを確認する。声も顔も分からずとも俺だと知れるのは、それだけの付き合いだからだろうか。 「ディアナ。起きたのか。夕食だ。」 「………いらん……。」 弱々しく答え、ディアナはますます身体を縮こめてブランケットを抱えた。 たった一回。たった一回の敗北がここまで彼女を弱くする。 だが、我々の立っているこの場所で、勝負はいつも、たった一回きりの本番で終わる。泣いても笑っても、その結果は覆すことはできない。しかしなにも、命を取られたわけではない。この命の炎が燃ゆる限り、俺達は雪辱を晴らす機会を与えられているも同じことではないか。 くよくよしていては始まらない。 ディアナが、人前に出るときにはきっちりとカールさせている自慢の金髪に指を絡める。 「どうしたんだ、お前らしくないな。」 ディアナは黙ったままだった。 「……なぁ、ミニ四駆は好きか?」 なにを今更、というように、ディアナはちらりと俺を横目で睨んだ。 薄闇の中でかろうじて、彼女が眉を寄せているのを見分ける。 「そうだな、俺も好きだ。他のどのマシンよりも早くゴールしたときに感じるあの高揚感と満足感。ファンからの熱い視線も歓声も、独り占めにできるあの瞬間が好きだった。」 お前があらわれるまではな。 俺の言葉に、ディアナは小さく、「悪かったな」と言った。 「なにを謝っているんだ? お前のほうが早かったんだから、すべてを得る権利はお前にあったんだ。当然のことだ。それが、レースなんだから。」 俺が何を言いたいのか、ディアナには少し分ったようだった。 彼女は何かを考え込むように、目の前の壁をじっと見つめた。 どこか懐かしげな目元は、勝利の瞬間の誇らしさを思い出しているようにも見えた。 「…俺は、もう一位でゴールできなくてもいいんだ。」 そんな彼女の追憶を裏切るような俺の言葉に、ディアナは今度こそ力いっぱい俺を振り仰いだ。 俺は彼女の視線を受け止めて、笑った。 「諦めた訳じゃない。それ以上に優先されるものができただけだ。……お前を真っ先にゴールさせるっていう、俺にとっては何よりも大切なことが。」 そういうことなんだ、俺の勝利の女神。 君にはトップしか似合わない。 皆が君に憧れ、君を目指す。 君が最上だと、最高だと、それに気付かない愚か者たちに知らしめることが、今の俺にとっては最大の責務。 そしてその見返りを、俺は君から充分すぎるほど受け取っている。 「………そうだな、お前の言うとおりだ。」 俯いていたはずのディアナから、ふいに声が上がった。 俺がその方向を見ると、ディアナは俺に向けて、真っ直ぐに視線を上げていた。 「忘れていたよ。今の私の勝利は、私だけのものではない。だから、敗北も私だけが味わっているのではないことを。」 瞳は幾千の星をちりばめたように輝き、長い錦糸のような睫毛は空を仰ぎ、秀麗な眉は僅かに上がって誇り高い彼女を彩っている。美しく前向きな、彼女らしい顔をしていた。 ああ、誇り高い処女神の顔だ。 俺が手を引くと、彼女は優雅な仕草で身を起こした。 それから、乱れた金の髪をばさりと背後に流す。 ベッドから大きな姿見の前に移動して、彼女は鏡越しに俺にウィンクを寄越した。 「…情けない姿を見せたな。あんな姿は、私のファンの乙女達には見せられない。」 彼女たちには内緒だぞ、というように人差し指で唇に封をするまねをする。 俺は了解の印に一つ頷いた。 「着替えるから、少し向こうを向いていろ。」 俺は苦笑しながら、窓へと視線を移した。 出て行け、と言わないのは、信頼の証だろうか。それとも、単に異性として意識されていないからだろうか? 後者のような気がして、悲しくなって気持ちを別の場所へやった。 窓の外の夜空には、星空のヴェールにワイングラスのような月がかかっていた。 彼女の名前はディアナ。 月の女神とおなじ名だ。 「……でも俺は、ディアナは太陽だと思う。」 思わず口に出てしまった言葉に、俺は慌てて口を覆った。 だが、一度口から漏れ出た言葉は、しっかりと彼女に届いていた。 彼女が俺を振り返った気配がした。 「そうか? なら、お前はアポロンだ。」 明るい声でそう返され、思わず彼女に視線をやる。 白い下着姿のディアナに鏡越しに睨まれて、俺は慌てて顔を背けた。 アポロン。女神ディアナの双子の兄で、太陽の神。 ディアナは俺の疑問をそのまま受け取ったように、口を開いた。 「今日のように落ち込んだり、どうしようもなく腹を立てたり、淋しくなったり、完璧な私にもきっといろいろなことがあるだろう。だから、お前が私の手綱を握って導いていてくれ。 …ずっと私の傍にいるんだろう?」 ほら、そうやって俺を縛る。 むしろ、手綱は彼女の手の中だ。 自分は自分と 自信を持って言いたいんだったら ほら なにしてんの 動きださなけりゃ そう始まらない 悪いことだけ浮かんできちゃって暗いや いや いや これだって思えるものがあるならば 人の目ばっかり気にしちゃ損でしょう 口先だけじゃ何も変えられない 判ってるけどやっぱ不安で辛いや いや いや 明日も似たことで悩むくらいなら 動きださなきゃ始まりゃしないでしょう <終> 二人のお互いの呼び方とか口調とかツッコまないでくださいね、分からんのですよ。 神話系だいすきです。 <なにしてんの(特になし)> 元気付けられます。 「今更じゃない まだ間に合う」っていう歌詞があるんですが、 そのあたり特に好き。サビでもなんでもないんですが。 あんまし歌の歌詞を話の内容に絡ませられませんでした(心残り)。 モドル |
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