チキンマレンゴ


「愛してるって言って」

 突然のジュリオの台詞に、カルロは眉を思いッきり寄せてみせた。
 その表情に、ジュリオはおかしそうに笑う。

「なんて顔してンのアンタ。せっかくのオトコマエが台なしよ」

 眉間の皺に指先をあてて伸ばそうとしてくるジュリオから逃れて、
カルロはごろりと寝返りをうった。
 ジュリオはまた、くすくすと笑い声をたてる。
 申し出やコミュニケーションを拒絶されたのに笑っている、ジュリオの感覚は
カルロには理解できなかった。
 あるいはカルロと同じで、ジュリオも必要以上の接触など望んでいないのかもしれない。
 ジュリオはカルロの背に顔を擦り寄せて、肩甲骨に唇を押し付ける。

「…愛してるわよ、カルロ」

 ふいに真剣に、告げられたそれがあまりにも場違いで可笑しくて、カルロはくつくつと笑う。
 嘘つきで気まぐれなジュリオの台詞に、信憑性のあるものなどない。
 カルロはそれを理解していたし、理解されていることをジュリオは知っている。
 それなのに、まるで信じてくれと言わんばかりのジュリオの声音は
カルロを吹き出させるのに充分だった。

「……何よ」

 笑っているカルロの体の震えを感じて、ジュリオは笑いながら尋ねる。
 カルロが言葉を返してなどくれないことを承知の上で。
 カルロの体を背中から強く抱きしめて目を閉じ、ジュリオはアタシは幸せだわ、と言った。
 しっとりとまどろみの中に落ちてきたその声に、カルロは首だけを後ろに向ける。
 ちらりと目の端に映ったジュリオの白い顔は、まるで死人のように見えた。
 
 「………」

 口を開きかけたカルロを制するように、ジュリオは瞼を持ち上げて唇を吊り上げた。
 ああ、思い出した。
 カルロが初めてジュリオに出会ったとき。
 隣町の不良にからまれていた彼を気まぐれに助けたときにも、こいつはこんな顔をした。
 嫌なことがあった直後なのに。
 何もかも下らない、というように、嘲笑的に。挑発的に。
 笑いながら「ありがとう」と言われて、返す言葉が思いつかなかった。

「…ねぇ、お腹空かない?」
「…別に」
「何か作って」
「…あ?」

 カルロは今度こそ振り返ってジュリオを睨んだ。
 ジュリオは大きな欠伸をひとつして、だって、と言った。

「アタシが作るよりアンタが作ったほうが美味しいんだもん」

 口惜しいけどさ。
 カルロは眉根を寄せたまま、枕元の携帯を取り上げてジュリオに渡した。

「…出前はやぁよ。美味しくないもん」

 ジュリオは携帯を足元の方に放る。
 どうやらなんとかベッドの上に落ちたようで、ぽふん、と軽い音がした。
 カルロがその行為を睨みつけているのも気にせず、ジュリオはもう一度、何か作ってよ、
と言った。
 ここで無視したら、一晩中でも何か作れコールで眠らせてもらえない。
 カルロはしぶしぶ身を起こし、シャツとズボンを身に着けて台所に向かった。

「アタシ、アクアパッツァがいい」

 追ってきた声は「何か作れ」という言葉の「何か」を具体的に指示していた。

「手間かかるモン言うんじゃねェ」

 低い声で返し、冷蔵庫を開ける。
 残っているのは作り置きのトマトソースと鶏肉に卵。
 それにパプリカやセロリ、茄子といった数種類の定番野菜。
 カルロはフライパンを火にかけて、鶏肉を適当な大きさに切る。
 料理なんて何処で覚えたんだか、カルロには記憶がなかった。
 ただ、無意味に覚えているレシピは数種類。どれもイタリアの簡単な家庭料理。
 ワインを高い位置から鍋に振り入れ、カルロは馬鹿馬鹿しい、と思う。
 たった一人の言葉に振り回されて台所に立つ自分も、そのたった一人から
離れられない自分も。
 理由も何も、随分前に答えを出すことを止めてしまってからさっぱり判らない。
 ただ、カルロはジュリオがパスタしか作れないことと、カルロの料理が好きなことは
知っていた。

「良い匂いね」

 肉の焼ける匂いにつられてベッドから降りてきたらしいジュリオが台所に顔を覗かせる。
 その嬉しそうな顔が、カルロには曲者で。

「……何か着ろ、馬鹿」

 ソースで煮込まれる鶏肉に視線を戻して、フライパンを揺らす。
 ジュリオははぁーい、と返事だけは素直にして姿を消した。
 皿に移された鶏肉はトマトソースで赤く染まっている。
 そういえば、昔。
 ジュリオの笑顔が、死神のそれに見えたことがあった。
 暗い地の底に黙って連れて行かれてもいいと思えるような、笑顔は今でも。
 カルロの傍で艶然と立ち尽くす。

「お待たせ〜」

 カルロと同じような格好で現われたジュリオを見て、カルロは自分でも思わずに口を開く。

「………あいしてる」

 数秒の沈黙の後に思い切り吹き出されて、言ったことを後悔するとも知らずに。
                                                <終>


 「あいしてるって言って」
 君は唐突に言う いきなり言う
 皆目見当つかぬような タイミングで 僕にせがむ
 愛してるって言った 僕に君は怒る またも怒る
 気持ちがちと足りないらしい あぁっ僕等ってなんて平和なことか!(笑)
                         (by SURFACE 「平和なことか」)


チキンマレンゴ、はカルロが作中でつくっとった料理です。「MONSTER」って漫画にも出てた気が(笑)。
 
モドル