MANY GO OUT FOR WOOL
       AND COME HOME SHORN.

 

「しょおぉおおおおおーーーーぶだああああああーーーーー!!!!!!」

 今の今まで静寂を保っていた部屋に突如として雪崩れ込んできた声に、エッジは顔面をしこたま机にぶっつけた。
 いてぇ! と言う同室者の声を無視して、ブレットは我関せずと言わんばかりにパソコンでレポートを製作し続けている。ただし、長年の経験というべきか条件反射というべきか、大きな元気のいい小学生の声が聞こえたと同時に、彼は今まで打ち込んでいた資料に保存をかけることを忘れなかった。
 大きな声のあとで乱暴にチームルームのドアがノックされる音が響き、次いで騒音は自分たちの居る部屋のドアを直接叩く。
 うるさいとか、普通ノックが先だろうとか、勝手にドアを開けて入ってくるならノックの必要はないだとか、そんなにノックしたらドアが壊れるだとか、エッジの頭の中をいくつものつっこみポイントが無常にも通り過ぎていく。

「エッジ、開けてやれ。ついでに相手をしてやれ」

 チームリーダーはそちらの方を見もせず、左手の親指で背中越しにドアの方を示す。

「冗談! 面倒ごと押し付けんのやめてくれよ!」
「普段はお前が俺に面倒ごとを押し付けて来るんだ、たまにはいいだろ」
「せっかくオレが久々にヤル気出してレポートに取り組んでるってぇのに、リーダーってばジャマする気?」
「数時間のタイムロスくらいお前ならば簡単に取り戻せるだろ。期待している」

 心にもない声援を投げかけ、ブレットは無言のうちにさっさと来客を黙らせに行け、と命令を下す。
 ちぇ、と小さく舌打ちして、エッジはでもさぁ、と言った。

「ゴー・セイバのお目当てはオレじゃなくてリーダーだと思うんだけど?」
「お前だって構わないんじゃないか? 前回の雪辱戦でもやっててくれ」

 実際、豪はレースをしてくれるアストロレンジャーズのメンバーなら誰だって歓迎するに違いない。
 いや、おそらくアストロレンジャーズではなくとも。WGPのレーサーなら今の場合、誰だって豪は喜んでマグナムをスタートラインに並べるだろう。
 なにしろ彼がここへ来たのは、ふとした思い付きによるというだけの理由だったのだから。

「…個人レースだぜ?」
「一回やろうが二回やろうがそうかわらんだろうが」

 以前に、ブレットの制止を無視して豪と個人レースを展開したことを未だに快くは思っていないらしいリーダーに、エッジは肩を竦めた。

「あっそーぉ、わーかりましたわかりまーした。じゃあ雪辱戦といこうじゃないの」

 エッジはわざと大きな、大げさな声を出して、ぱしん、と拳を掌に打ちつけた。
 その響きに、ブレットは眉を寄せる。
 よからぬ胸騒ぎがする。

「はいはい、今開けてやるっつーの」

 ドンドンという音が鳴り止まないドアを、エッジはなんらの注意もなく開けた。

「うっわあ!!!」

 途端、ドアを叩き破ろうかという勢いだった鮮やかな青い髪の少年は部屋へと転がり込んだ。

「危ねっリーダー…!!」

 エッジはすんでのところでその小さな体当たりをかわした。
 しかし勢いの付いている豪はそのまんまドアの正面にあるブレットの机の方へと突っ込んでいった。

「うっわあああああァァ…!!!!」

 覚えずエッジは目を覆った。
 鈍いゴツン! という音と共に、ぶつり、とブレットのパソコンの電源が切れた。








「ふむ」

 心底面白く無さそうに、高慢な態度でシュミットは鼻を鳴らした。
 彼は下らない事を、という言葉をべったりと貼り付けた視線でちらりとブレットを見やり、ここへ来た当初に吐いたくらい大きな溜息をもう一度吐き出した。

「なぁなぁ早くレースしようぜ! レース!!!」

 セッティング中のマシンから顔を上げて、豪が声を上げる。

「お前、まだセッティング中だろ! せめてそれが終わってから言えよ!」

 烈が豪に向かって兄らしく注意をして、それから首を傾げた。
 …俺はどうしてこんなとこにいるんだっけ…?
 当初の目的は、他の階のレーサーに喧嘩を、もとい勝負をしかけにいった豪を引きずり戻すという重大かつ重要な任務を自らに課して来たはずなのだが。

「僕も早くレースがしたいな」

 一人、すでにセッティングも練習走行も終えてしまったミハエルが、MDのイヤホンを耳からはずしてにこりと笑う。
 音楽を聴いていても豪の声に反応している、その耳のよさにシュミットは今更ながら呆れてしまった。

「行動が遅くてごめんねミハエル君。そのかわり、レースでは君に退屈させるようなことはしないから」

 笑顔で放たれた烈の言葉に、ミハエルはふぅん? と口元の笑みを深くした。
 …こわっ。
 表情こそ穏やかだが、二人の間を流れる空気には空恐ろしいほどのトゲが含まれていた。
 救いを求めて周囲に目を走らせたが、この場合空気を和らげようとしてくれる緩和剤…、早い話がドイツチームのbRの姿は見えなかった。

「おたくの相方今日はいねぇの?」

 さりげなくシュミットに尋ねる。

「今日は水曜日だからな」

 返ってきた答えに、エッジは首を傾げた。だが、チームの名誉や尊厳に関わる問題ならともかく、シュミットが自分に対してたいした返答をしてくれると期待してもいないエッジは、あ、そぉ? とだけ言って口をつぐんだ。
 毎週水曜日には『苦労人友の会』が開かれる為、あいにく本日、エーリッヒは部屋にいなかった。
 しかし彼がいたら、きっとこんなレースも開かれなかっただろうにとブレットは少しだけ悲しくなった。
 雪辱戦、の名の下に集ったのは合計6名、ブレット、エッジ、烈、豪、ミハエル、シュミットだった。
 当然、雪辱の相手は
 烈―ミハエル
 ブレット―シュミット
 豪―エッジ
 ということになる。
 お互いにどういう因縁があるかということは言わずもがななのでここにはあえて明言しない。だが豪、引いてはTRFビクトリーズに対しては、他2チームには至極当然の雪辱の理由もある。
とりあえずこのWGP宿舎のコースに集った連中はアストロレンジャーズを除いて皆――言ってしまえば暇だったのだ。
 午後3時半。お茶の時間もゆるりと過ぎて、マシンのメンテをしようかと自室へ足を向けた時分、ふいにノックが聞こえたのはアイゼンヴォルフの部屋。ドアを開ければへらへら笑顔のエッジが一人。何の用だと尋ねれば、レースがあるから来いと言う。私用でマシンを持ち出すことは禁止されている、とにべなく答えて扉を閉じかけたとき、いいよと色よく返事を出したのは金の鬣の獅子。リーダーを説き伏せること相あたわず、しぶしぶシュミットは参加する運びとなったのだった。
 コースはストレートもコーナーもある複合コース。注意すべきは第4ヘアピンコーナーと、アップダウンの連続するバックストレート前だろう。
 各位マシンの最終チェックを終え、スタートラインに並ぶ。
 興味本位でレース場を覗き込んだところを不幸にも捕まってしまったヴィッキーが、高らかにスタートの声を響かせた。








「どうかしたのかい、エーリッヒ?」

 急に眉を寄せた彼に、ユーリは心配げに声をかけた。
 すぐに笑顔を取り戻し、エーリッヒはいいえ、と首を振る。

「今、何か急に嫌な予感がしたものですから」
「エーリッヒは心配が過ぎるゾナ。More than enough is too much(過ぎたるは尚及ばざるが如し)! ゼヨ」

 腹蔵なく理由を打ち明けると、隣に座っていたジムがしかつめらしい顔をして言った。

「そうですよ、あまり抱え込まない方がいいと思いますよ。…まぁ判らなくもないですけど」

 紅茶で喉を潤していたカイも同意して、苦笑を顔にのぼらせた。
 差し入れに持ってきたアップル・ロールを配分していたワルデガルドが、ひょいと顔を上げて一座を見回し、そういえば、と言った。

「今日はトンの姿が見えないな?」

 習慣で6つに切ってしまったアップル・ロールをひとつひとつの皿の上に乗せてみると、一つ余ったので足りない顔を確認したのだ。

「ああうん、今日はナンと買出しだと聞いたゼヨ」

 ジムが思い出した情報を皆に伝える。

「そうか…」

 買出しという名のパシリだということは、彼ら全員よく知っていた。なにしろ自分やチームのために買うべきものよりも、チームメイトに頼まれる買い物の方が分量的にも金銭的にも大きいのだから。
 場に、溜息のような空気が流れた。
 ――『苦労人友の会』、本日のホストはワルデガルド、よって北欧チームルームでの開催である。







「納得いかねえぇええーー!!!!」

 レース場に空しく響き渡る弟の怒声に、烈は片手で頭を抑えた。それは彼にとって、馴染み深い、しかしあまり遭遇したくない場面だったからだ。

「納得いかないのはうちのリーダーだと思うけどね…」

 ひとつ溜め息をついて、エッジは呟いた。
 レースの結果はミハエル、烈、シュミット、エッジの順でゴール、残りの二人はリタイヤだった。中盤で接戦を繰り広げた二人は、豪のクラッシュにブレットが巻き込まれてコースアウトに陥るという結末を迎えていた。

「ちくしょうちくしょうちくしょーーーっ!!! ああもう、コースなんかあるからいけねぇんだ! 今度はコースのないとこで勝負だ!!」
「それじゃあ勝負にならないだろ豪!」
「あ、そっか。じゃあ…」

 割と素直に兄貴の意見を聞き入れた豪は、ほんの数十秒間、それに変わる案を思い巡らし始める。

「まあこういう結果になることは見えていたがな」

 おそらく三番手に甘んじる気はなかっただろうが、ブレットに負けなかったことだけでもよしとするのか、はたまた総合的に見ても自らのチームが勝利したことに満足しているのか、ブレットは勝ち誇った笑みでブレットの方を見た。

「リタイヤは俺の実力じゃない」

 やはり不本意なのだろう、ブレットは顔を上げて、きっ、とシュミットの方を睨んだ。

「どうだかな。結果は既に出ている」
「ためしにもう一度勝負してみるか?」

 バイザーの奥に隠れているとはいえ、その強い視線のいかに挑戦的なものかは察して然るべきだ。
 シュミットは長年のライバルに背を向け、ひらりと片手を振った。

「やめておこう、私もそこまで暇ではないのでな」
「一騎打ちでは不安か?」
「…なんだと?」

 彼の負けず嫌いな一点につけこむ科白は、簡単に彼の高すぎるプライドに火をつける。

「相方がいないから、一騎打ちじゃ俺に勝てる気がしないんだろ」
「…ほう? チームの助けがないと勝てないような輩が、言うじゃないか。…いいだろう、望みどおり、やってやろうじゃないか」

 ベルクカイザー2を突きつけるように掲げ、シュミットは挑戦状を受け取る。

「あ、おいオレも混ぜろよー!」

 レースが始まる匂いを敏感に嗅ぎ取り、豪がそちらの方へと駆け出した。

「あコラ豪! やるならせめてセッティングを変えろ! またコースアウトするだろっ!!」
「って、一騎打ちだッつってんだろ!!」

 確実に突っ込むところがズレている烈(もしかしたらわざとずらしたのかもしれないが)に変わって、エッジが的確にポイントを押さえる。

「一騎打ち? おもしろそうだね僕も参加するよ!」
「って一騎打ちの意味判ってんのかよっ???!」

 ミハエルもおそらく烈と同じ理由で参加を表明したのであろうが、エッジには突っ込まずにはいられなかった。
 ミハエルの声に、ふぅ、と烈は溜め息をついてソニックに視線を落とした。

「ミハエル君が参加するなら…俺たちもしなくちゃね? ソニック」

 邪魔者は多ければ多いほど、楽しいんだから。
 にやりと人の悪い笑みを浮かべて、烈もまた、スタートラインに並ぶべくその場から歩き出した。

「…ねえ、あたし、もう帰ってもいいかなぁ?」

 完全に巻き添えを食った形の、マシンも持たないヴィッキーは、ただその場の喧騒を見守るばかりであったという。合掌。








「ブレットが夜までにレポートを仕上げられないなんて、珍しいわね?」
「…まぁそういうこともあるだろう」

 ブレットの返答に、ジョーはまぁね、と答えて彼のために入れてやった(自分のついでだが)コーヒーを机の端に置いた。
 既に諦めてベッドの中にいるエッジを見やって、ブレットは小さく肩を竦めた。
 結局夕飯までレースに夢中になった彼らは、ハマーD、エーリッヒ、リョウ、カイといったメンバーが迎えに来て初めて時間の経過を知ったのだった。
 まだ走るんだと駄々をこねる豪の耳をひっぱって、烈は皆に別れを告げてチームへと戻って行った。
 マシンの私事使用を認めていないアイゼンヴォルフはきっとあの後、エーリッヒが何かを言っただろう。そういえば結局、シュミットとの一騎打ちは果たしていない。
 ヴィッキーは迎えに来たカイを認めた瞬間、ものすごく嬉しそうな顔をして彼と一緒に(彼の背中を押すようにして)出て行った。今日の災難の仔細を、夕食の席でチームメンバーに話して聞かせることだろう。
 エッジは、夕食を食べたあと少しだけ、レポートに取り組もうとする姿勢を見せたが、昼間の運動量と満腹感が集中を許さず、一時間だけ寝る、と言い残して睡魔に屈服した。
 今日のできごとの全体を思い返し、ブレットはコーヒーを啜った。
 寝る前に読む本をブレットの本棚から物色していたジョーが、くるりと振り返って思い出したようにブレットに言った。

「今週の日曜日は空けといてね」
「ああ。…何かあるのか?」

 YESの返事が先だった事に多少の問題を感じながら、ジョーはなに言ってんの、と呆れた声を出す。

「平日じゃ皆でゆっくりも祝えないから、バースディパーティは日曜日にするって言ったじゃない」
「…ああ、そういえばそんなことを言っていたな」
「もぅ。とにかくそういうことだから、空けといてよね」

 いくつかの本を棚から抜き出し、しっかり釘を刺してから、ジョーは部屋を出て行った。
 青白く輝くパソコンのディスプレイを見つめながら、まぁ一生に一度くらいなら、こんな誕生日があってもいいか、とブレットは微かに口辺をゆるめた。

                                       <了>


 誰とでも絡ませやすいというかなんというか。
 ブレットを主人公にするとどうもオールキャラの様相を呈す…。
 最初はちゃんとブレットだったのにナァ…!!!
 SOSへのサァビスが過剰ですよこの小説。
 あ、タイトルは邦訳すると「ミイラ取りがミイラになる」です。

モドル