君が嗤う理由〜キミガワラウワケ〜
僕のマシンセッティングは最適かつ最高で。
データなんていらないんだ。
事実ほら、誰も僕について来られない。
「お前、意外と意地悪だな」
レースが終わった後の試合場。表彰式が行われている場面を
視界にだけ入れながら、シュミットは隣に立つ親友に声をかけた。
エーリッヒも真っ直ぐ、もうじき対戦することになるイタリアの強豪達を見ていた。
今回の敗者であるクールカリビアンズのリーダー・ピコのマシンにトラブルが起こって、
リタイヤしている。
その原因を知っているのは、ヨーロッパのレースで彼らと対戦したことのある
アイゼンヴォルフだけだと思っていた。
「…そうですね」
“お友達”の元に駆けていった青い髪の少年。
ロッソストラーダの影に、気付いた少年。
彼に、らしくない嫌味な言葉をかけたのは確かに自分だった。
それは、多分。
嫉妬と、……羨望。
「ゴーさんは」
麗句を列べるロッソストラーダのリーダーが、今回もリポーターによく分からない日本語を
語っている。意味は分かるけれど、理解して使おうとは思わないような言葉だ。
「…特別、だから」
誰のかなんて、言わずとも判った。
WGPのレースビデオで、TRFを見る度に目をキラキラさせていた、自国のリーダー。
キラキラ。
ギラギラ、かもしれない。
獲物を見つけた、獅子の瞳だったから。
「そうだな」
ミハエルの目は確かだ。
彼がマークするレーサーは、本当に一流の者ばかりだった。
そのミハエルが、このWGPで一番注目しているのが日本チームの豪。
高速重視の無茶なセッティングで、チームのメンバーを煩わせてるんだろうという予測は、
ドリームチャンスレースの時一回対戦しただけでも容易についた。
そんな彼を、ミハエルがライバル視している。
「面白そうじゃない」。
堅実な走りで勝ちを浚うアイゼンヴォルフには、ない存在。
世界の舞台では多少問題かもしれないような性格のレーサーが、事実そこにいる。
…もっとも、エーリッヒはもう一人、そんなレーサーを知っていたが。
北欧チームのエースと、日本チームの彼には多少の違いがある。
それが、ミハエルにマークされるかされないかという違いに結びつくのだろう。
星馬豪というレーサーは、正しいことを正しい、悪いことをいけないとはっきり言えるレーサーだ。
その点で、おそらくアイゼンヴォルフのメンバーとは通ずるところがある。
良いライバル、友となれるだろう。
そして、勘にも依るのだろう物事の正否を見抜く力。
つい先刻、エーリッヒが『嗅覚』と表現したそれ。
何もかもが彼の味方をするような、運の良ささえも。
いろんなレーサーが、豪に惹かれる要因となる。
たとえ越えられない壁にぶつかったとしても、
きっと彼はその壁を越えるまで努力を怠りはすまい。
…あの男の、嫌いなタイプだろうな。
表彰式が終わって、選手控え室の方へ戻っていく空色の髪を見つめて、シュミットは口の端で笑った。
カルロもまた、ミハエルがマークしているレーサーの一人だ。
だけれど、すぐ飽きるだろう。
確かにカルロは速い。
だが。
おそらく、ミハエルの望むレーサーとは違う。
勝ちにこだわるその姿勢は悪くないが、ズルにこだわる彼のするレースは、きっとミハエルには合わない。
「僕たちも、そろそろ帰りましょうか」
客の大半が退いてしまったレース会場は、祭りの後みたいに少し寂しかった。
「ああ」
くるりと会場に背を向けたシュミットの後を、エーリッヒは付いていった。
レース後のコースが、静かに冷めていく。
望めば何だって手に入った。
…嘘だ。
僕は、何も手に入れてない。
仕事に忙しいと言って、構ってくれなかった両親。
一番外で遊びたいときに、走り回れなかった体。
…そして、友達。
確かに、望めば何でも手に入った。
でも、それはどれも、僕の望むものじゃなかった。
いまでも、僕は何も手に入れていないんだと思う。
なにも、手に入れられないんだと思う。
エーリッヒやシュミットや、アドルフやヘスラーは友達だけれど、ちょっと違う。
だって、僕はアイゼンヴォルフのリーダーだから。
彼らは、チームメイトだから。
友達だけれど、違うんだ。
「つまんないなぁ」
ミハエルは1人、WGP選手寄宿舎の廊下を歩きながら呟いた。
ロッソ対カリビアンズ戦から3日後の、水曜日だった。
…かちゃ。
部屋から出るときに、一緒に連れだしたベルクカイザーを見つめる。
…走らせに、行こうかな。
無断でそんなことをすれば、あとからシュミットに何を言われるか判ったものではないけれど。
1人で、手持ちぶさたな時間を過ごすよりは良いかもしれない。
昔なら、一人でいる時間を潰す方法などいくらでも思いつけたのに。
今は、ミニ四駆を走らせることしか思いつかない。
それ以外はみんな…退屈だ。
そして、ある意味ではベルクカイザーを走らせることすらも。
ミハエルの走りは、…本当に楽しめるそれとは、少し、違う。
…行こう。
ミハエルは視線を上げると、練習場に向かって走り出した。
アイゼンヴォルフの部屋では、4人が情報整理に追われていたりする。
練習場には、5人のレーサーが居た。
5人とも同じチームの所属。
ラジカセから陽気な音楽を流し、踊りながらマシンを走らせているのは、
クールカリビアンズの面々だった。
オンロードのコースを走る彼らのマシンは、ミハエルの目からは、かなり低速に見えた。
実際、WGP参加チームの中では一番遅い。オフロードで育った彼らのマシンに、
オンロードはかなりのハンディなのだ。
クールカリビアンズの戦績については、エーリッヒからの情報で知っている。
…それなのに。
それなのに、何故、彼らはあんなに楽しそうなのだろう。
…解らない。
客席に座って、ぼんやり彼らの走りを見ていると、練習が一段落したのか、
カリビアンズの面々はマシンを止めた。
リーダーのピコが何かをメンバーに語りかけている。
リーダーとして。
何を言っているか、ミハエルの一からは聞き取れなかった。
「次のレースこそー、かーーつッ!!!」
「おーーーっ!!」
ピコのひときわ大きな声に、他のメンバー達が拳を挙げてそれに呼応する。
「イ・エーー!!!」
笑いながら、踊り出す5人のレーサー。
それは、戦友であり、親友である者達の笑顔だった。
ふと、カリビアンズのメンバーの1人であるタムタムと目があった。
タムタムは、暫くミハエルの方を見ていたが、ピコ達に何かを告げると、客席の方に回ってくる。
「アイゼンヴォルフのメンバーだよね?!」
「うん、そうだよ。僕ミハエル」
「俺はタム! みんなタムタムって呼ぶけど」
「タムタム。うん、判った。ところでさ」
「なにー?」
普段ならばおそらく、歯牙にもかけなかっただろう。
何故、尋ねたのか。
応えたのか。
今でも、判らない。
「ミニ四駆、楽しい?」
タムタムは首を傾げて、
「楽しいからやってるんじゃない! ミハエルは違うの?」
…楽しい。
そうだ、ミニ四駆は楽しい。
だけれど、…わからない。
「楽しいよ。でも、君達は負け続きでしょ? 嫌にならない?」
「なる、こともあるけど…、走りたいからね!」
「走りたい?」
「そう。自分達で育てたマシンと走りたい! それ一番! だから、楽しい! 負けても楽しい!」
自分達で、育てたマシンと。
走りたい?
…でも。
「レースに出るのは、勝つためじゃないの? 勝たなきゃ意味無いんじゃない」
「そりゃ、勝つと嬉しい。でも、勝つだけがレースじゃない!」
「…判らないよ」
そんなの。
判らない。
負けても、楽しいだなんて。
勝たなきゃ。
勝たなきゃ、意味がないじゃない。
へんなの。
このチームのレーサー達って、みんな、こんななのかな?
「ミハエルは、レースの価値、勝ち負けで決める?」
「当たり前じゃない」
勝つことが、僕のレーゾンテートル。
「…それって、楽しい?」
…楽しい?
楽しい?
「…楽しいよ」
楽しいよ。
きっと、楽しいんだ。
「そういえば、ミハエルは負けないんだって聞いたー」
「うん、負けないよ」
誰も、僕には付いてこられないもの。
勝ち続けることが出来る僕だから。
…アイゼンヴォルフにいることが出来るんだ。
リーダーとして。
…みんなから、珍重されるんだ。
だから、勝たなくちゃ。
誰にも、一番を譲っちゃいけない。
「すごいね! いつも、誰と練習レースするの?」
「誰ともしないよ。タイム取りとかはするけれど、レースはしない」
「…どうして?」
「誰も僕には付いてこられないからね」
…だから、1人。
僕はいつでも、独り。
「あ」
練習場の入口に、見覚えのある顔を見つけて、ミハエルは腰を浮かした。
向こうもミハエルの存在に気付いて、苦笑しながら片手を挙げる。
「お迎えが来たの?」
「うん」
立ち去りかけたミハエルの背に、タムタムは一言、告げた。
「笑ってばかりじゃ、レースは楽しくないと思うよ!」
ミハエルは、振り返らなかった。
…そんなの。
そんなの、勝てない人の、僻みでしょ?
勝たなくちゃ意味がないんだよ、レースなんて。
2位も最下位も、一緒だ。
僕は勝利しか知らない。今までも、これからも。
レースは。
マシンをしっかり支配して、思うとおりに走らせた者の勝ちなんだ。
それが間違ってるって言うのなら。
誰か、僕に勝ってみなよ。
…勝って、見せてよ。
アニメから繋がってて、アニメに繋がるお話〜。
アイゼンvsカリビアンズのときの、ピコとミハエルの会話が頭に残っていまして。
あれに繋がるように書いたつもりです。
あと、最終レースに。
…タムタムの喋り方、全然わからん……(泣)
モドル
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