「おかしいな・・・」

触れていた唇を離して、シュミットはぼそりと呟いた。



-zwei-
比翼



「半年もあれば追い越せるはずだったんだが」

6センチの差。
わずか斜め上に視線を送り、澄んだ空色の目に映る自分の姿を不満そうに睨む。
半年前、しばしの別れを告げた時も、口づけるのに顎を上げねばならないのは自分の方だった。
納得いかん、と頬を膨らませると、堪えきれない笑いがエーリッヒの喉から漏れた。
年に似合わぬ尊大さと、不釣合いな子供っぽさが同居した口調がおかしくてたまらないといったふうだ。

「何がおかしい」
「・・・あなたは好き嫌いが多いからでしょう」
「な・・・っ、」
「ニシンの缶詰も駄目、白いアスパラガスも、レバーも、いつだったかはサラダに入っていたパプリカも除けてましたっけね」

あたかもシュミットのことなら何でも知っていると言わんばかりの母親のような物言い。
それがまた悔しくて、彼は白い顔を紅潮させた。

「う、うるさい!ほんの・・・、ほんのこれっぽっち大きいからってえらそうにするな!」

親指と人差し指で作った隙間をエーリッヒの鼻先に突きつけ、一語一語区切って抗議する。
けれども、彼はそれを見てますます目を細めた。
やはり、慈母のような顔つきで。

「・・・なんだ、気持ち悪い奴だな」
「だって、嬉しいじゃないですか。あなたの怒鳴り声を聞くのも半年ぶりだと思うと」

そして眼前を泳いでいたシュミットの手を捕まえて。

「・・・・・・長かった・・・」

いとおしげに、そっとその頬に押し当てた。
淡く光を拡散させて、睫毛が影を落とす。

生真面目で、割り当てられた以上の荷を背負い込む癖のある彼のこと、
二軍のとはいえリーダーの任を請け負っては、口に出せない苦労も相当したのだろう。
よく見ると、そこには色濃い疲れが表れているようだった。

「辛かったか?」
「・・・そうですね、日本や中国ほどではありませんでしたが、米国やロシアよりは大変だったかもしれません」
「随分と回りくどい言い方をするな」
「でも、」

互いの息がかかるほどまで近く、二つの顔の距離が縮まる。

「一番頼りたい人が側にいないという心細さの点では、僕に勝る人はいなかったでしょう」

額を合わせると、柔らかな銀と深みのある栗色の前髪が優しく絡み合い、抱擁した。
エーリッヒの声は、わずかに上ずっているようだった。

「結果的に、あなた達の期待も、彼らの信頼も裏切ることになってしまって・・・。
どうすればいいのか分からなくて、僕は・・・。叱咤して欲しかった。支えて欲しかった。
何度もあなたの夢を見ました。他の誰でも駄目なんです。何もかも、全部、あなたでなければ・・・。
自分がどれほどあなたに依存していたか、嫌というほど思い知らされました」

その言葉が欠片も偽りない事実であることは、直後にエーリッヒの方から再び求めてきた口づけの深さで知れた。
シュミットの唇の形を確かめるように何度もついばみ、計算された完璧な角度の
稜線を辿る舌が、やがて上下の合わせ目を割って口内に入り込んでくる。
遠慮がちにではあるが、以前の彼なら決して自分からこんなことはしなかった。

呼吸がままならないせいか、思考はぼんやりと霞んで、ただ温い舌が絡み合う感触だけが生々しく実感出来る。

どのくらいそうしていたかは分からない。
実際は、意外と短い間だったのかもしれない。
ようやく名残惜しそうに離れたエーリッヒは、ごく薄い鳶色に灼けた肌をシュミットにだけ
分かるほどかすかに上気させ、まだ肩で息をしている彼のシャツの胸元に手をかけた。

「・・・お前の方からとは珍しいじゃないか。そんなに・・・」
「ええ、寂しかった。・・・耐えられないほど」




エーリッヒの手は少し骨ばっていて、指は長い。
勿論、シュミットのそれよりも大きい。
これが生まれ月四ヶ月の違いなのだろうか、と肌を撫で上げる体温に思う。
首筋に顔を埋めると、よく知った、落ち着く匂い。
そのままきれいに浮き出した鎖骨に軽く歯を立てる。

「っあ、」

びくり、とエーリッヒの肩が跳ねた。
彼の弱いところは、全部知っている。

「もっと?」

薄く筋肉がつき始めた胸に頬を寄せ、突起を舌先で嬲ると、エーリッヒはいやいやをするように頭を振った。
押しとどめられるはずのない波に、きつく目を閉じて抗う。
その瞼の下に、堪えきれず滲むものがあるのも、シュミットには分かる。

「ふ、あ・・・っ」

鼻梁が高く、普段は年より少し上に見える凛々しい顔立ちには、うつむくと意外な幼さが残っている。
他の誰も見たことがないエーリッヒを、自分は今手中に収めているのだ。
体の差は一朝一夕には縮めようがないけれど、この時だけは優越感を感じられる。
普段は真面目すぎるほど真面目でいかにも貞淑な友人の、隠された一面。
ふと、意地悪がしたくなってしまう。

「なあ、エーリッヒ・・・」

耳元に口を寄せて囁くと、途端に見開いた青が揺らいだ。

「・・・そっ、そんなこと、出来るわけないでしょう!?」

エーリッヒはぶるぶると首を振った。
耳たぶまで真っ赤にしてそらした目を、わざとらしく追いかけてのぞき込む。
こうやって下から見上げ、菫色の鏡の中に捕えてしまえば最後、エーリッヒが決して逃げられないことを、彼は熟知していた。

「何故だ?俺のことが好きじゃないのか?」
「そういう問題じゃ・・・」

さながら手中の小動物をいたぶるサディスティックな興奮が、少女じみた整い方をしたシュミットの顔を、欲望につき動かされた「男」のものにする。
彼は白樺の小枝を思わせる五指で、健康的な肌色の頬を撫でた。

「なあ、俺を嫌いでないなら証明してくれ」

わざとらしく弱気ぶった声で、さらに追い詰める。
エーリッヒから返ってくる恨みがましい表情すらも、今の彼にはますます劣情をそそる要素でしかない。

「・・・僕を困らせてそんなに楽しいですか?」
「でも、お前は俺に困らされるのが好きなんだろう?」

会心の一撃を放って邪気なく笑うと、長く真っ直ぐ伸びた銀の睫毛に
縁取られた上下の瞼が、観念したようにぴたりと縫い閉じられた。


露になった上半身は、引き締まっていて、野生の獣のしなやかさを持っている。
鎖骨から胸、腹のラインへと順に下ろしていった視線を、シュミットはある一点で止めた。
ボクサータイプのアンダーウェアを顎で指し示す。

「今更隠したって仕方ないじゃないか」

シュミットの言う通り、ネイビーブルーの布に覆われた部分は、すでに明らかな隆起を見せていた。
だが、エーリッヒにも最後の矜持というものがある。
薄い唇を結んで、途方にくれたようにうつむいた。
しかし、そんなことで許してくれる相手ではない。そう、相手が悪いのだ。
シュミットは駄々をこねる幼児をなだめるような調子で言う。

「早くしろ。そのままじゃ辛いだけだぞ」

無茶なわがままを押し付けているのは自分の方であるにも関わらず。

「・・・・・・っ、」

突き刺さるような視線は、直接触れてもいないのにひどく肌を刺激する。
エーリッヒはぶるっと身震いした。
なるべくシュミットの顔を見ないように目を伏せて、緩慢な動作で下着を足から引き抜く。
指示された通りにベッドに腰かけ、足を開いて恥ずかしいところを露にした。

シュミットは目を細めてそれを観察していた。
唇を噛んで羞恥に耐えるいじらしい様子に、思わず嗜虐的な笑いが漏れる。
さっき子供扱いされた分、しっかり仕返ししてやらなければ。
体の中心がずくりと疼いた。

「可愛いな、エーリッヒ。こんなに震えて・・・」
「・・・シュミっ、・・・もぉ・・・」

消え入りそうな懇願の声は、いつもより少し高く、掠れている。

「もう、何だ?」
「も・・・、るして、下さい・・・」
「許す?どうやって?服を着たいのか?それとも、」
「・・・・・・・・・・・・」

優しい声音で意地悪をするのは、シュミットの常套手段だ。
生真面目な親友がどんなふうに責められると一番弱いのか。
じっくりと確かめながら、追い詰めていく。

「どうした、言ってみろよ」
「・・・・・・シュミットに、」
「うん?」
「シュミットに、して・・・欲し・・・っ」

しゃくりあげるように乱れた呼吸で、エーリッヒはようやく言った。

「よく出来ました」

満足そうに口角を緩め、シュミットはエーリッヒの屹立したものを舌で優しく包み込んだ。
背筋を這い登る甘い痺れ。
根元から先端まで、いとおしむように裏筋を辿り、鈴口を舌先で
つついては、すでにこぼれかけている透明な先走りを吸い上げる。

「んん・・・っ、ぅあ・・・」

必死で歯を食いしばったが、そのわずかな隙間を縫って抑えきれない喘ぎが漏れた。
シュミットがたてるくぐもった水音が聴覚からも刺激を与え、理性を曖昧に溶かしていく。
脈動する茎に軽く歯が立てられた刹那。

「だ、やだっ、・・・やぁ、あっ、駄目・・・もぉっ」

普段の穏やかで大人びた口調が嘘のように、鼻にかかった甘い声でエーリッヒは鳴いた。
腹筋がびくびくと引き攣る。
迸った欲望はシュミットの口内で受け止めきれずに溢れ、
細い顎を伝い、エーリッヒの太股にも白く濡れたまだらを作った。

「いやらしいな、こんなに沢山。俺の顔まで汚れてしまったじゃないか」
「・・・めんなさ、・・・っ」

顎を濡らした体液を指で拭って見せつけると、エーリッヒは目を潤ませて俯いた。
うっすらと汗ばんだ肌はつやつやとした光を放っており、一つ一つの仕草がひどく艶かしい。
もうこちらも我慢の限界だ。
痛いほどに充血した自身が告げてくる。

「・・・かまわないさ、俺のことも気持ちよくしてくれるならな」

白濁した体液の絡んだ指先を秘部に押し当てると、エーリッヒの体は一瞬びくりと強張った。

随分と久しぶりの行為だ。じっくり慣らしてやらなければ辛いだろう。
逸る気持ちをどうにか押しとどめ、ゆっくりと円を描くように周囲を
なぞり続けると、固く閉ざしていた扉はやがてためらいがちに開き始め、
熱い体内に埋まる指を、エーリッヒは猫のように喉を鳴らして受け入れた。
二本、三本と増える指がばらばらに動いて、内壁をくすぐる。
腸内が圧迫される苦しさと快感とがないまぜになって、エーリッヒの意識を翻弄した。
青い目が恍惚と泳ぎ始めたのを見計らって、指を引き抜く。

「もう、大丈夫か・・・?」

代わってあてがわれたものが帯びる熱に、わずかに怯えたように震えながら、
エーリッヒはただ一つの欲求に支配された目でシュミットを見つめた。


「ひぁ、あ・・・ああっ」

途切れがちの切なげな息を吐いて、エーリッヒはシュミットから
与えられる度を越えた痛みと快感とを受け止めていた。
まるで二度と離れまいとするかのように、きつく締め上げる。
この分では終わりは早そうだが、まだ時間はたっぷりあるし、自分達は若い。
何度でもすればいいだけのことだ。
瞼をくすぐる長めの前髪を鬱陶しそうにかき上げ、シュミットは
エーリッヒの色づいた姿態を目に焼き付けることに専念した。

「は・・・っ、すご・・・いいよ、エーリッヒ」

ヘスラーほど幅広くはないものの、自分と比べれば随分がっしりした
印象を受ける肩の下に腕を差し入れ、シュミットはエーリッヒを抱きしめた。
体の内側も外側も、一つにくっついていることを実感したくて。

「・・・リッヒ、エーリッヒ・・・ずっと、お前とこうしたかった・・・」

母親に甘える子供のように、エーリッヒの肌に頬をすり寄せてシュミットが呟く。
頷く代わりにそのなめらかな栗色の髪を指で梳き、エーリッヒはそっと口づけした。
この合歓が夢ではないことを確かめるように、シュミットの顔を両手で包み込む。

僕もです。
僕も毎日あなたのことばかり考えていた。
あなたの顔が、声が、唇が、指が。
恋しくて、恋しくて、気が狂ってしまいそうでした。

素面だったら照れて口に出せない言葉も、今なら言える。
最奥を突き上げる律動が、意識を揺さぶり乱したせいに出来るから。

「好きです、シュミット・・・もう絶対、」

一番欲しかったものに深く穿たれる幸せに、エーリッヒの中が一層強く収縮する。

二人を繋げている楔が爆ぜると同時に、深く清らかな泉を
思わせる色をした目の縁から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

「離れたくない」






海で泳いだ後のように体が重く、陸の上にいるのに波に揺られている心地がする。
エーリッヒは細く目を開け、首だけを傾けてシュミットの姿を探した。
まだ半分霞んだままの意識がはっきりと覚めるのを待たずして、乱れた髪の落ちた額にそっと手が置かれる。
育ちの良さが表れた、いかにも上品そうなすべすべした手の平。

「疲れたか?」
「・・・いえ・・・」

よかったです、とはさすがに言えずに飲み込んだが、シュミットには伝わったらしい。
彼も少しだけ頬を染めて微笑んだ。

「・・・依存しているのは、俺の方かもしれないな」

ぴったりと体を寄せ合うと、小さな音を立ててベッドが軋んだ。
至近距離にある横顔は、和らいでいて。
プライドが高く厳しい物言いが目立つ彼のこんな表情は、二人きりの時意外滅多に拝めるものではない。
我侭も、子供っぽい言動も、自分の前でだから安心して見せているのだ。
そう思うと、エーリッヒの胸中を誇らしさが温かく満たした。

「お前がいないと、何もかもうまくいかない」

例えば先刻から気にしている背丈にしたって、この半年の間思うように伸びなかったのは、
きっと食事を残すたびに叱ってくれる親友が側にいなかったせいだ、とシュミットは言った。

「俺の背丈がお前に追いつけるかどうかは、お前にかかってるんだぞ?」
「じゃあ今後はあんまり叱らないようにしますよ。追いつかれたら悔しいですから。
僕があなたより勝っていることといったら、それくらいしかないじゃないですか」

途端にわざとらしく拗ねてむくれた顔すら息苦しいほどに
いとおしくて、エーリッヒはシュミットの鼻先を軽く唇で掠めた。
くすぐったそうに彼は笑い、戯れにエーリッヒの指に自分の指を絡ませてきた。
それは思っていたよりずっと細くて、けれど頼もしい不思議な指。
ぎゅっと握り合うと、伝わる体温がひどく心を安らかにした。

「・・・しばらくこのままでいてくれますか?」
「ああ、好きなだけ」

互いを失ったら、自分達は片翼の鳥になってしまう。
“1”のままでは飛べない。走れない。
「ふたつ」で「ひとつ」の、唯一無二の存在。


傍らの「半身」の静かな呼吸の音を子守唄に、エーリッヒは再び浅いまどろみに身を預けた。
次に目覚めたその時も、明日も明後日も明々後日も、これからは毎日彼が側にいる。
ただそれだけで、夢の中の景色まで輝きだすような気がしていた。



 上様のシュミエリですよ!!
 私の書いたへぼへぼエジブレと交換で書いていただきました!!(もう等価交換だなんて恐れ多くて言えない…!! ちっとも「等価」になってないヨ!!)
 「王道」なかんじのシュミエリ、ありがとうございました!!
 私の萌ポイントを適切に射抜いていて、ものすごいハァハァしましたですvVvV 上様のタレントに乾杯!!!

モドル?