カール・ヘスラー12歳。
 ………誰にも内緒で付き合っている人がいます。

『いいひと。』

「なぁヘスラー、今日一日だけ、部屋変わってくれないか?」
「…え?」

 突然部屋を訪れたアドルフの突然の言葉に、俺は一瞬思考回路をストップさせた。
 一瞬だが随分と間抜けな顔をしてしまったのだろう、アドルフはすぐにその理由を説明しだした。

「俺、株の授業ヤバいんだ、再試くらってて。で、それエーリッヒに話したら、シュミットに頼んでくれてさ。そういう理由で、今日、徹夜でシュミット先生の集中講義を受けまーす」

 ちなみに再試は明日。と指を眼前に突き付けて言い切られて、俺は苦笑を浮かべた。
エーリッヒは株の授業を取っていないから、教えられないのだろう。…確かにその理由では、断れない。
 今の寮の部屋割りはシュミットと俺が同室で、エーリッヒとアドルフが同室。リーダーは学年が違うから、棟も別な場所にいる。ただし、あっちはつまんない、という理由でよく俺たちかエーリッヒ達の部屋にいるけれども。

「…別にいいけど」
「ダンケー! ヘスラーならそう言ってくれると思ってた!」

 大体今夜の集中講義も俺がこの条件を呑まなければ実行されないんじゃないのか?
 その場合はおそらく、エーリッヒがシュミットを説き伏せて部屋を替わっていたのだろうが。
 そんなことは無いと、アドルフもシュミットも、…エーリッヒも、思っていたのだろう。
 俺は頼みごとに、めっぽう弱いから。

「しかしシュミットの講義はキツそうだな」
「そうだろー。俺もそこが心配なんだよなぁ。どこが解ってないのか解ってくれなさそうで怖いよな。シュミットって人にモノ教えるの向いて無さそうだ」
「人に教えを乞うにしては、随分態度が大きいじゃないか」

 上から降ってくるような不遜な声が聞こえた。
 驚いて戸口の方を振り返ると、同室者が帰ってきたところだった。
 その後ろにはしっかりとエーリッヒが付き添っている。
 背を逸らして見下ろすような視線をアドルフに送り、シュミットはすたすたと自分の机に向かった。エーリッヒと一緒に図書館に寄って借りてきたのだろう数冊の分厚い本をどさりと置き、解っているんだろうな、と言う。

「エーリッヒの頼みだから、仕方なく貴重な時間を割いてやるんだぞ」
「解ってますよ、シュミット様」

 わざとらしく慇懃に言って、アドルフは全面降伏するように肘から上の両腕を上げた。
 微かに顔を顰め、シュミットはふいと視線を逸らす。
 同じく数冊の本を抱えたまま戸口に立っていたエーリッヒが、俺の方を見てにこりと笑った。
 ぎくっとして視線を逸らす。
 俺とエーリッヒの関係は、誰にも知られてはいけなかったから。
 それは、エーリッヒの方から持ち出した条件だった。誰にも知られないこと、悟られないこと。僕らは神の意向に背いたことをしようとしているのですから。彼はすこし寂しそうに笑いながら、俺にそう言った。
 だけれど視線を逸らしたのはその条件だけが原因ではない。
 心臓がドキドキする。

「ヘスラー。すみませんが、今夜一晩は僕たちの部屋で過ごしてくださいね」

 どきりとした。
 そうだ、アドルフと部屋を替わるということは。
 エーリッヒと一晩二人きり…!
 俺は良くいろんな人に「大人びている」とか「悟ってる」とか言われるけれど、それは正しくない。俺はただ、我慢に慣れているだけだ。
 だけど。
 ちらりとエーリッヒの顔を見て、すぐにまた視線を外す。
 俺の理性は、保つことが出来るんだろうか…?

「お前が謝る必要がどこにある? 謝らなければならないのは、こいつの方だろう」

 ぺし、とアドルフの頭を叩いて、シュミットが言った。

「同室なので、連帯責任なんです。僕が株の授業を取っていたら、教えることも出来たんですけれど」 

 エーリッヒも周りからは「いい人」に見られている。そして、「オトナ」にも。それは俺たちに貼られたレッテルで、それを剥がす事ができずに、周りに求められる自分を裏切ることができないでいる。
 俺たちはいろんな面で、よく似ていた。
 とりあえず明日の学校の用意や着替えを鞄に入れて、エーリッヒと一緒に部屋を出た。夕食の時間には、こちらから誘いに来ることを約束して。
 アドルフとエーリッヒの部屋は、一つ上の階の、同じ場所だ。
俺たち以外誰もいない階段を上るときに、エーリッヒの身体がふらついた。慌てて彼の右腕を掴むと、エーリッヒはふと視線を上げ、柔らかい笑みを浮かべた。

「すみません。ありがとうございます」
「あ…いや…」

 丁寧な言葉遣いは優しいけれどどこか拒絶的で、俺はすぐに手を離す。
 俺とエーリッヒの距離は、いつでもこのくらいだった。触れそうで触れない。恋人という関係になってもう暫く経つけれど、寒い冬の日に学校からこの寮に帰る誰もいない道で、そっと手を繋いだ以上の進展はまだ無い。別に、それ以上を求めるつもりなんて無かった。俺の気持ちを知ってくれただけでも嬉しかったから。だから、受け止めて、付き合うと言ってくれたときに、それ以上を望まないことを決めた。エーリッヒはカトリックだ、それ以上を望んではいけないと思った。かく言う俺はプロテスタントで、エーリッヒよりほんの少し、同性愛については柔らかい考え方の基にいる。まぁ、最近は考え方も変わってきて、カトリックでも同性愛は少しは考慮され始めてるけれど。でも、その境界線はたしか「精神的なもの」ということ。あんまり詳しくは知らないけれど、でも、エーリッヒはストイックだから。だから、その二つの理由から、俺はエーリッヒに触れない。彼は清廉だから。触れては、いけない。
 部屋に入ると、俺たちの部屋とは少し違う匂いが、した。
 何度も遊びに来たり行ったりしているから、二つ並んだ机のうち、どちらがアドルフのものかは解っている。几帳面な二人の机は、同じようにきちんと整頓されていた。
 趣味で借りてきたものだろう、ハードカバーの小説を机の上に置いて、エーリッヒは俺を見た。

「済みませんけれど、…予習、してしまっていいですか? 明日数学当たりそうなんです」
「構わないけど。俺も、フランス語の予習しなきゃならないから」
「じゃあ、アドルフも頑張っているでしょうし、僕らも片付けてしまいましょう」

 机につくと、エーリッヒはブックラックから数学の教科書とノートを、引き出しから計算機を出して机に置いた。俺はアドルフの机に、持ってきた教科書とノートと、電子辞書を開く。そうして、俺は、……ずっと、エーリッヒを見ていた。
 見やすい綺麗な数式や図形を描き出していく手元とか。
 微かに伏せられた睫毛とか。
 ふと考え込み、顎に手を掛ける仕草とか。
 「エーリッヒ」を見ていた。彼を彼として成り立たせている、一つ一つの動作。
 俺が好きになった、彼を。
 すっと、視線が上がった。一瞬目が合ってしまって、慌てて机に広げた教科書に視線を落とした。

「…何か淹れましょうか」

 椅子から立ち上がる音がした。

「いや、俺は別にいいよ」

「…ヘスラーは、本当にいい人、ですよね」

 俺の後ろを通り過ぎるとき、エーリッヒはそう呟いた。
 俺は唇だけで、そうでもない、と形作る。
 エーリッヒが部屋を出て行ってから、俺は大きく息を吐き出した。
 いいひと、は、こんな気持ちにはならない。二人きりの部屋の中で、彼の一挙手一投足に情欲を抱いたりしない。エーリッヒにそんな意思、一つもないと判っていながら、彼が誘っているんじゃないかなんて幻影、見たりしない。
 求めるつもりなんてないとどれだけ心で決意しても、触れたいという欲望は膨らむ。
 それが、俺と彼の間に決定的な溝を作っている気がした。俺の内面はひどく汚いから、俺は彼に触れてはいけない。
 給湯室に行っていたエーリッヒは、二つのカップを持って帰ってきた。部屋に緩やかに流れた匂いは、優しい紅茶のものだった。

「紅茶でよかったですか?」

 俺の右側にカップを置く。

「ああ」

 別に何でも構わない。
 エーリッヒが淹れてくれたのなら。
 エーリッヒは自分の机には戻らず、ベッドに腰掛けて紅茶を飲んだ。
 カップを傾けながら俺に向けられる視線を感じる。それが苦痛で、俺は予習に集中しようとする。

「…貴方と居ると、僕は時々不安になります」

 突然、エーリッヒは言った。
 俺は驚いて、エーリッヒの方に顔を向ける。
 俺の何がエーリッヒを不安にさせるのか。心の中にある汚れた欲望を見透かされた気がして、心臓がひやりとした。
 エーリッヒは俺から、視線を逸らさなかった。

「貴方は優しくて、綺麗だから。…僕だけが、穢れている気がして」

 まさか。
 俺が言う前に、エーリッヒは言葉を続けた。俺に何も喋らせまいとしているかのようだった。

「貴方は暖かくて穏やかで、…綺麗です。……僕は違う。我儘で、いつでも欲で一杯で。…貴方を見ていると、悲しくなります。どうして貴方が僕なんかを好きになったのか、解らないんです」
「俺だって人間だ」

 エーリッヒに倣って、彼の言葉を遮る。

「人間の持ってる欲を、俺だってほとんど持ってる。俺から言わせて貰えば、綺麗なのはエーリッヒの方だ。汚れてるのは俺の方だ」

 エーリッヒは悲しそうに、笑った。

「…貴方は、…優しいですね」
「違う。そうじゃない。我慢してるんだ、ずっと。俺はエーリッヒを絶対に傷つけたくないし、哀しませたくも、困らせたくもなかった。だから本当は、…告白する気だってなかったんだ。でも、…それだけは、耐えられなかった。だから、思いを伝えるだけ、それだけ、俺はエーリッヒに、エーリッヒの優しさに甘えた。………まさか受け止めてくれるなんて、思わなかったんだ」

 エーリッヒは驚いた顔をしながら、じっと俺を見ていた。
 俺は言葉にするのが苦手だけれど、でも、伝えなければいけない気がしたから、言えるだけ全部言ってしまおうと思った。

「エーリッヒがOKしてくれたとき、俺はすごく嬉しかった。だから、これ以上は絶対エーリッヒに迷惑かけたくなかった。だから、我慢していたんだ。きっとエーリッヒは優しいから、俺が触れると困ると思ったから」
「だから、貴方は綺麗なんです」

 エーリッヒは立ち上がると、自分の机の上に紅茶のカップを置いた。
 それから、ゆっくりと俺の前へ移動した。

「貴方は、僕が言ったことを守ろうとしてくれたんでしょう? 『誰にも悟られちゃいけない』っていう、あの約束を。…二人きりで居るときでさえも、だから貴方は僕に触れなかった」

 エーリッヒの指が、俺の頬に触れる。
 身じろぎ一つ、出来なかった。真っ直ぐに俺の瞳を見つめる、エーリッヒの視線に釘付けにされて。
 頬に触れた指先の柔らかさと温かさが本物以上にリアルに感じた。

「…触れてください。不安になります。貴方が本当に僕のことを好きなのか、解らなくなります。二人きりの時くらい、…触れてください」

 近づいたエーリッヒの唇が、俺の口を塞ぐ。
 目を見開いたまま、俺はエーリッヒのキスを受けた。
 拒絶されることを恐れながら、そっとエーリッヒの腰に腕を回す。
 エーリッヒが俺の首に抱きついて、舌で俺の唇をなぞった。戸惑いながら唇を開くと、進入してきた柔らかいものが俺の舌に絡む。
 慣れているわけではなく、どちらかというとぎこちない舌使いは、エーリッヒの真剣さと、感じていた寂しさを俺に伝えてくる。
 舌を絡め返して、二人で貪るように、口付けをした。
 唇を離して、お互いに乱れた呼吸の中で笑った。

「…我慢してエーリッヒを不安にさせるなんて、莫迦みたいだな」
「そうですね。我慢して損しました」

 エーリッヒがこつん、と額を触れ合わせる。くすくすと忍び笑いをもらして、もう一度軽くキスをした。
 雰囲気に流されるまま、なるべくそっと、エーリッヒの身体をベッドに横たえる。

「嫌だったり無理だったりしたら、…教えてくれ。俺多分、初めてだし、…解らない、から」
「はい」

 上から覗き込んだ薄い青の瞳は、いつも感じるよりも深い色をしていた。
 突然、エーリッヒがくすりと笑う。

「…どうした?」
「いえ…、こういうのを、若さゆえの過ちと言うのかなと…」
「…終わってから言ってくれ」

 始める前に過ちに気づかれたら、それ以上進めなくなる。過ちだと認識している行為を強いることは、俺には、…できない。…エーリッヒが嫌だと思うのならば。
 すみません、と言って、エーリッヒは目を細めた。
 ああ、この視線だ。
観察者の眼。
 エーリッヒはいつでもどこかで第三者だった。自分を含めたその場の光景を、彼はいつでも冷静に客観視していた。
 その眼力で俺の戸惑いに気づいたのか、エーリッヒは眼を細めて笑った。

「止めますか? 今ならまだ、手遅れにはなりません」

 止めますか?
 エーリッヒは微笑みながら、俺の気持ちを見透かすように強い視線を俺に送ってくる。
 そこには拒絶の色はなかった。俺の本気を試しているかのような視線に、俺は俺の仲の欲望に正直になろうと思った。

「もう手遅れだと、…思う」

 さっき知ったばかりの柔らかい唇を塞ぐと、エーリッヒの右手が俺のシャツの肩口を掴んだ。
 ドキドキしながら、首筋へと唇を移動させる。
 ぴくりとエーリッヒの体が動く。
 痕を残したらきっと困るだろうと思ったから、触れただけで顔を離した。
 エーリッヒはちょっとだけ笑って、そっと俺のシャツのボタンに手を掛ける。
 少し躊躇ったけれど、俺もエーリッヒのボタンを外した。
 緊張で指先が覚束なくて、思うようにボタンが外れてくれない。器用に俺のボタンを外し終えたエーリッヒは、見兼ねたように一番下とその上のボタンを外した。

「…ごめん」

 情けなくて謝ると、エーリッヒは腕を延ばして俺の頭を抱き締めた。
 はだけたシャツの隙間から直接肌が頬に触れて、その滑らかな感触にどぎまぎする。

「いいえ。僕がせっかちなだけです」

 謝らないでください、とエーリッヒは言う。
 とくんとくんと脈動する心臓は、普通より早いみたいだった。だけれど、俺の鼓動のほうがもっとずっと早いのだろう。今にも爆発してしまいそうなくらいに。
 そっと俺の頭を離して、エーリッヒは両腕をシーツの中に投げ出した。
 白いシャツとシーツの中で、エーリッヒの褐色の肌はすごく綺麗だった。
 吸い寄せられるように、無駄な肉のない腹部に触れる。
 目を閉じて、エーリッヒはじっとしていた。俺がしているのと同じ、緊張しているのがはっきりと解る。
 ゆっくりと手を脇腹へと滑らせると、びくん、と過剰な反応が返ってきた。

「脇腹、弱いのか?」

 撫でるようにして刺激すると、敏感な肌が微かに震える。くすぐったいのか、エーリッヒからくすくすと笑い声が漏れた。
 ゆっくりと緊張をほぐして、胸元にキスをする。
 胸の突起を舐めると、エーリッヒの身体は細かく震えた。

「んっ…ヘスラー…」

 名前を呼ばれると、求められていると感じる。俺の中にも確かにある男としての欲望が、熱を持つ。
 ぴちゃりと音を立てながら、片方を手で、もう片方を口に含んで刺激を続けると、突起は硬く立ち上がってきた。
 極力抑えようとしているのだろう、噛み殺したようなくぐもった声がエーリッヒから聞こえる。
 もっと感じて欲しくて、俺はエーリッヒの脇腹で遊ばせていた手を下へ滑らせた。ズボン越しの、その場所に指を触れる。

「ッ!」

 びくん、と怯えるようにエーリッヒの身体が震えた。口を離し、ちらりとエーリッヒの顔をうかがうと、惑いの見える表情をしていた。

「…あ…」

 わざと緩慢に、形をなぞるように撫でると、軽く睨まれる。
 ベルトを外して下半身を覆うものを脱がせると、冷気と羞恥に褐色の肌が震えた。
 両手で握りこんで扱いてやる。

「やぁっ…ヘスラー…離してくださ…っ」

 首を左右に振って、エーリッヒは俺の行動を止めようと俺の手に自分の手を掛けて、引き剥がそうとする。
 だが、ここで止めたら辛いのはエーリッヒだ。本心から止めて欲しくて言っている訳じゃないと解っているから、俺は安心させるように、エーリッヒの唇に触れるだけのキスをした。
 裏側をなぞって刺激を続けると、先端から透明な液体が零れた。エーリッヒ自身を伝い落ちる雫は、俺の手をも濡らしていく。

「や…もう、駄目…ッ」

 エーリッヒの声を聴いて、震えている先端に口付けて、強く吸った。

「あぁっ…!」

 背を弓形に逸らして達する瞬間、一瞬見えた表情に、背筋が粟立った。
 だけれど、目尻に涙を浮かべて息を吐くエーリッヒを見ていると、これ以上を求めていいものか惑う。
 俺の迷いを感じ取ったのか、エーリッヒが薄く目を開いて俺を見た。

「…ヘスラー…?」

 艶っぽいエーリッヒを見ていると我慢が効かなくなりそうなので、彼の身体から視線を逸らす。

「…どう、したんですか…?」

 続きを促すような発言に、俺は首を振る。
 俺とよく似た思考回路を持つエーリッヒは、それで何かを理解したようだった。

「…僕は、…僕も貴方を気持ち良くしたいんです、ヘスラー。…抱いてください、僕なら大丈夫ですから…」
「でも、」
「僕はもっと貴方を感じたい…」

 ズルい、と思った。
 エーリッヒが俺のことを考えてくれているのは解るけれど、そんな風に言われると逃げられなくなる。エーリッヒは、自分が言われると弱い言い方で俺を口説き落とす。
 エーリッヒの先走りの液で濡れた指を、念のためにもう一度唾液で濡らして脚を抱えあげ、閉じた蕾に這わせた。
 ふるりとエーリッヒが震える。
 ゆっくりと指先を埋めると、エーリッヒの表情が苦痛に歪んだ。
 すぐに引き抜く。

「…やっぱり、…止めた方がいいんじゃないのか…?」
「いいから、…ヘスラー。止めないでください…」

 エーリッヒの声に負けて、もう一度指を入れる。
 少しずつ奥へと進めると、肉壁が指に絡みつくように締め付けてきた。
 息を吐いて、すこしでも苦痛を外へ逃がそうとしているエーリッヒに、愛しさと申し訳なさが募る。
 根元まで埋めると、ゆっくりと指を動かす。

「…ん…ぁあ…」

 蕾が緩み始めたのを見計らって指を増やし、エーリッヒの中でばらばらに動かす。
 完全にエーリッヒから苦痛の声が消えてから、指を引き抜いた。
 俺の行動を見つめているエーリッヒの前で、気恥ずかしさを感じながらズボンを寛げた。
 浅ましいほどエーリッヒを求めて硬くなった己を取り出すと、エーリッヒが少しだけ緊張したのが解った。
目線を逸らして、呟く。

「……大きい、…ですよね…」
「………そうかな…」

 エーリッヒの素直な感想に、照れが頬を染めさせた。

「入る、かな…?」

 上目遣いに尋ねてくるエーリッヒに、首を傾げて見せた。俺だって、初めてだからわかるはずがない。
 少し怯え気味なのを見て取って、止めるかともう一度尋ねると、またエーリッヒは首を横に振った。

「しつこいですよ、ヘスラー」
「だって、…怖いだろ?」
「…怖くないといえば、嘘になりますけれど。でも、…それよりも貴方に感じさせたいです」

 健気な言葉に、エーリッヒを抱きしめる。
 キスをしてから身体を離して、エーリッヒの両足を抱え上げた。
 秘穴に先端を押し付ける。ヒクヒクと蕾が収縮して、俺を誘っていた。

「…息、吐いてるんだ」

 グッ、と押し込む。

「んあっ…!」

 悲鳴に近い声が、エーリッヒから零れた。
 びくっとして、動きを止める。
 シーツを強く握り締めて痛みに耐えているエーリッヒに、どうしていいかわからなくなる。

「エーリッヒ…」
「止めないで…止めないでください…」

 引き攣った声で、それだけを繰り返す。
 エーリッヒが少しでも痛みに慣れるのを待って、腰を進めた。彼は、快楽を感じるどころではないだろう。皮肉なことに、きつい締め付けが、俺には最高の快楽を与えていたのだけれど。
 時間をかけてぎりぎりまで埋める。

「っは…ぁ…」

 がたがたと身体を震わせているエーリッヒがその状態に慣れるのを待った。
 痛みが引いてきたのか、白いシーツを掴んだ手が少し緩む。

「…大丈夫か?」

 動かないようにしながら尋ねると、エーリッヒの首が微かに上下した。
 緩く腰を動かす。

「あっ…」

 漏れた声には、苦痛以外のものが混じっていた。
 それを確認して、だんだんと動かすリズムを早くしていった。

「ぁ、…ひぁ、あっ…ん…」

 動くたびに、艶やかな声がエーリッヒから漏れる。

「っ…エーリッヒ…!」

 締め付けに酔い、強く腰を打ちつけながら、このまま時が止まればいいと…本気で、思った。






「あれ? エーリッヒは?」

 ドアを開けたアドルフは、開口一番そう言った。
「あ、うん、…ちょっと、気分が…悪いから、部屋で寝てるって…」

 言い訳が思いつかず、しどろもどろでなんとか話を取り繕う。
 当然、エーリッヒは気分が悪いのではなく。

「大丈夫なのか?」

 アドルフに次いで部屋から出てきたシュミットが、眉間に皺を寄せて俺に尋ねる。
 俺は、見透かすような紫の視線に、かろうじて、ああ、と応えた。
 昔から、嘘をつくのは苦手だ。心臓に悪い。

「夕食は食べやすいものを運んでやる約束だし、…多分、心配ないと、…思う」

 言いながら、ベッドで眠っているエーリッヒのことを思い出した。
 終わったあと、腰が痛くて動けないと恥ずかしそうに呟いたエーリッヒの身体を綺麗にして。夕食は運んできてやるから眠っていればいいと、言った。エーリッヒは嬉しそうに笑って、俺にキスをくれた。
 それを思い出すと、自分達のしたことまで浮かんできて、おもわず赤面する。

「ヘスラー?」

 俯いてしまった俺を、アドルフが訝しがる。
 慌てて顔を起こした。

「いや、エーリッヒは大丈夫って言ってたけど、本当に大丈夫かなって心配で」
「あいつは、すぐに無茶をするからな」

 俺の口走った言い訳を真に受けて、シュミットが頷いた。
 …良かった、誤魔化せそうだ。

「じゃあさ、飯食ったあとで、みんなでエーリッヒの見舞いに行こうか」
「いやっ…それは駄目だ!」

 しまった…。
 つい言ってしまった後で、口を噤む。
 追求の視線が俺に突き刺さる。

「アドルフの勉強があるから、……駄目だ」

 我ながら情けない言い訳だった…。
 明らかに不信のまなざしを向けるアドルフに、シュミットが仕方あるまい、と言った。

「エーリッヒにしてみれば、お前に見舞いにこられるのは心苦しいだろうな。お前は勉強を優先すべきだ」

 従って、私も見舞いには行けないな。
 残念だ、と言って、シュミットは先に立って歩き出した。
 その言い方と話の逸らし方に、嫌な予感が募る。
 アドルフよりも早くシュミットの背に追いすがって、小声で聴いた。

「シュミット、……もしかして、」
「お前もエーリッヒも、嘘を吐くのが下手だからな」

 シュミットは俺の方を見ずに、答えをくれた。
 エーリッヒとの約束が脳裏をよぎって、血の気が引く。
 ちらりと俺の方に視線を送ってよこしたシュミットは、心配するな、とやはり小声で言った。

「おそらく私以外は気づいていないだろう。…私には、他人の恋愛沙汰に首を突っ込む気はないしな」
「…ありがとう」

 礼を言うと、シュミットは常には見せない、呆れたような笑みを浮かべた。

「お前らは良く似合う。どちらも底なしのお人好しだからな」

 底なしのお人好し、って…。
 褒められているのかけなされているのか複雑な気持ちでいると、追いついてきたアドルフが拗ねたように口を尖らせた。

「なんだよ、俺のけものか? 株の点数の悪い奴はのけものか?」

 …結構株の点数が悪いのを気にしているらしい。

「頭の悪い人間はお断りなだけだ、お前だけじゃないさ」

 フォローにならないことを言いながら、シュミットは階段を降りる。
 アドルフの文句を聞きながら、エーリッヒ達の部屋のある階を通るとき、湿った雨の匂いに気づいた。

                                                    〈了〉

ヘスエリは熟年夫婦、とか思っていたのに、
すごい可愛らしいことになった…!!!!(笑)
イロイロゴメンナサイ。
所詮オイラはこんなものだと思うの。

モドル