いつまで目を瞑っていれば、この闇から抜け出せる?
Sklave 2
「ひぁ、あ…っ」
白熱灯のうす赤い光の中に、褐色の肌が艶めかしく浮かんでいる。
ベッドにうつ伏せ、腰を高く上げて、エーリッヒは男を受け入れていた。
熱く硬い男の肉棒が内壁を抉るたび、エーリッヒの背筋を痛みと恥辱と恐怖が駆け抜けていく。
ぎしぎしと情事の激しさを物語るかのようにベッドが軋む。
その音も、男の息遣いも、自分の喘ぎ声も、自分の内部から響いてくる淫猥な
濡れた音も聞きたくなくて、エーリッヒは耳を塞いでしまいたかった。だが、
背中できつく戒められている腕はそれを許さない。
「んぁ…あ………ぁ」
消え入るような掠れた悲鳴が、喉の奥から搾り出される。
慣れてしまえば、この痛みも快楽に変わってくれるのかもしれなかった。
目を閉じ、何も考えないようにすれば、ただ気持ち良くしてもらえるだけの
行為になるのかもしれなかった。
だが、エーリッヒの体は慣れることを拒絶した。
自分は男であるという自尊心が、抱かれるという行為そのものを否定した。
まして、好きでもない相手に。
「ふ…ぁっ…!」
自分の中に何度目かの熱い奔流が注ぎ込まれるのを、エーリッヒは感じた。
…キモチワルイ…。
霞がかった意識が、男が自分の中から去るのをエーリッヒに教える。
だが、これは一時の休息でしかない。自分を抱く、若く美しい男がこんなものでは
満足しないことを、エーリッヒは良く知っていた。すぐまた、別の痛みがエーリッヒを責め苛むのだ。
予想通り、エーリッヒは浴室へ連れ込まれてさらに2度犯された。
「あ…く…」
緊縛された両腕の感覚はもうすでにない。
サディスティックな冷笑を頬に貼り付けた男は、エーリッヒの秘孔を指で押し広げ、
白濁した液体が止め処もなく零れ落ちて褐色の内股に幾筋も伝う様を視姦していた。
抵抗できないこの少年の中をぐちゃぐちゃに犯し、生死を含む彼のすべてを
手の内にしていると実感すると、咽喉の奥に屈折した快感がこみ上げてくる。
それを味わうために、シュミットは殊更執拗に少年を虐めた。
荒い息を吐く少年は、ただ冷たい壁のタイルに上半身を預け、シュミットに尻を
突き出して震えている。それが恥辱から来るものだと、シュミットは知っていた。
そうやって耐える少年の姿は、彼を完全に服従させたいというシュミットの欲望を煽り立てる。
ただ抵抗しないだけでは物足りない。泣きながら許しを請い、シュミットの名を
うわ言のように繰り返すだけの少年が、シュミットの網膜の内で淫らに両脚を天井に
伸ばしている。
ただ、実際に少年が完全に自分のものになどならないことを、シュミットは知っていた。
何度抱いても、どれだけ虐めても、彼の心まで支配することなど叶わない。
…そんな夢想は、もうとうに振り切ったはずだった。彼の笑顔を見たいという
可愛らしい望みを、シュミットは少年の体を一生自分に繋ぎとめる代償として
捻り潰したのだ。小さい頃一緒に遊んだ甘美な思い出を忘れ去った少年への復習として、
あの少年の体と心を蹂躙してやろうと決めたのだ。
少年を浴室から引きずり出すと、シュミットはしなやかな肢体を柔らかいベッドに放り出した。
シュミットの指図によって、彼らが浴室にいる間に、汚れたシーツは綺麗に取り替えられ、
ベッドメイクされていた。
エーリッヒは目を閉じた。今日感じなければならない苦痛はすべて終わったと思った。
シュミットはエーリッヒの両腕を解放してやる。力なく背を左右に滑り落ちた腕は、
ベッドに新しいくぼみと皺を形作った。
何も言わず、シュミットはバスローブに袖を通す。
エーリッヒは薄く目を開けた。
白濁した意識が、かねてから胸の内にあった最大の疑問を口に出させる。
「…あとどのくらい、貴方に抱かれれば…、借金は消えるのですか…?」
ぴくりと、シュミットの肩が揺れた。
ゆっくりと振り向いた暗紫の瞳は、嘲笑の色をしていた。
「お前は自分の身体に、どれだけの価値があると思う?」
ベッドに近づき、シュミットは剥き出しのエーリッヒの体を爪の先でなぞった。
敏感な柔らかい肌の持ち主が、びくんと揺れる。
こみ上げてくる笑みを、シュミットは噛み潰した。
「その価値と今までお前を抱いた回数を掛けたものを、借金の額から引いてやろうと言っているんだ」
実際は、数えているわけではなかった。
この2ヶ月で、何度エーリッヒを穿ったか判らない。気まぐれな訪問ではあったが、
シュミットは4日以上この部屋への訪問を怠ったことはなかった。
エーリッヒは顔を上げ、男を睨み付けた。弱った体の中で、精神だけはいつまでも誇り高く輝いている。
シュミットはその様に、目を細める。
「こんな体になど…一円の価値もあるものか…!」
こんな、汚された体になど。
唸るような低い声でそう言うと、シュミットは弾かれたように笑い出した。
つくりものめいた、不快な笑い声だった。
「なら、貴様は何のために俺に抱かれているんだ?」
エーリッヒがシュミットの言いなりに体を差し出しているのは、エーリッヒの母親の
借金を彼が肩代わりしたためだった。
シュミットが、借金が返せないならとそれを要求した。
呑んだのはエーリッヒだ。
もっとも、心優しい少年が断れない方法を取ったのはシュミットだったが。
少年は目を伏せ、下唇をかみ締めた。
「…ぼったくればいいんだ、好きなだけ…」
ふいに、シュミットの瞳に淋しそうな光が浮かんだ。
オッキクナッタラ、ズットイッショニイヨウネ。
──ヤクソク。
残酷な声が、耳の奥を掠める。
無邪気な嘘を吐く、柔らかい笑顔を浮かべる銀髪の少年の…。
シュミットは追懐を打ち払った。
「まぁ、逃がしてやらなくもないさ」
腰の丸みへと手を伸ばしながら、シュミットは言った。
耳元に、悪魔のように囁く。
「お前がただ一言、「母親の身代わりなど止める」と言いさえすればな…?」
そうすれば、エーリッヒを束縛する理由などなくなる。
シュミットは、エーリッヒが絶対にそんなことを言わないのを知っていて、彼をからかっていた。
だが、同時に心の奥底で、その言葉をエーリッヒが口にするのを願っていた。
そうすれば、過去の彼と違う場所を一点でも認めることができれば、シュミットは
エーリッヒへの執着も魅力も、なにもかもが興ざめすると信じていた。
だが案の定、エーリッヒは頬を怒りで赤く染める。
「卑怯、ですよ…!」
「卑怯? 俺は正当な取立てをしようと思っているだけだけだがな…」
私には貴様が判らない、シュミットは呟いた。
「母子の繋がりがあるとはいえ、所詮他人だろう? 他人の為に、死ぬまで男の
性奴隷になる必要がどこにある。何故、一言開放して欲しいと言わない?」
「貴方は僕の母を、知らないだけだ…!」
あの女性が、どうして浪費癖を持つようになったのか。
彼女は、エーリッヒの父を愛していた。だが父の方は、彼女が交通事故で
死亡した前妻の面影があるというだけで選んだのだ。父親は、彼女を通じて
前妻を愛していた。また、どれだけ自分から愛しても愛を返されることのなかった女性は、
その心の傷を癒すために贅沢をしたがった。あるいはエーリッヒの父親に、自分と前妻の
違いを突きつけたかったのかもしれない。だが、実業家の父親は頓着しなかった。
彼女はエーリッヒを憎んでいた。父親が女性と結婚したのは、幼いエーリッヒに
母親をあてがうためでもあった。前の母親と似た女性を連れてくることによって、
エーリッヒの寂しさを少しでも紛らわしてやるためでもあった。だから、彼女は
エーリッヒを憎んだ。顔を見たくないといって、近づけさせなかった。
……でも、僕は本当のかあさんの顔を知らない……。
母親を愛し、愛されていた記憶はあった。だが、それはおぼろげな霞の中の思い出だ。
エーリッヒは事故の当時9歳だった。
「知らない? …知りたくもないな」
話すほどに過去の、幼い少年だったエーリッヒの笑う姿がちらついて、シュミットは
苛立ちまぎれに未だ濡れているエーリッヒの蕾に指を二本捻じ込んだ。
「ぅあ…ッ!」
びくんっ、と裸の背が引き攣る。
根元まで埋め込んで、内壁を乱暴に引っかく。
すでに、心は限界だった。
「貴様は、昔から変わらない…! 昔から、自分だけですべてを背負い込んで笑って、
聖人君子気取りか?! 貴様のその清純無垢という名の仮面の下を、俺に見せてみろ!!」
昔、初めて会った日にも、彼は一緒に遊んでいた子供たちの不祥事を請け負い、
叱責を一身に浴びていた。どうしてお前がそんなことをする必要がある。
尋ねても、彼はただ笑っていた。
傷つけられた内壁を抉られる痛みの中で、エーリッヒは目を見開いた。
…昔から、変わらない…?
「…貴方、だ」
喉元まで込み上げてくる吐き気を抑えながら、呟く。
それを聞いて、シュミットは指の動きを止め、一気に引き抜いた。
小魚のように体を一度跳ねさせて、エーリッヒは潤んだ瞳をシュミットに向ける。
「…貴方が、貴方が僕の欠片を持っている。お願いです、教えてください。貴方は…!」
シュミットの腕を掴もうと身体を動かした途端、エーリッヒの身体の奥に鈍い痛みが走った。
再びベッドに沈み込んだエーリッヒを見て、シュミットは聞きたくない、と言った。
「待ってください…! お願いだから…!」
逃げるように身を翻し、部屋を出て行くシュミットに、エーリッヒは掠れた声だけで追いすがった。
バタン、と乱暴に閉じられた扉に、エーリッヒはうなだれる。
闇に沈んだ部屋で皺のないシーツをかき抱き、冷たいそれに顔を押し付けた。
「…お願いだから…教えてください…。貴方は…誰なんですか…」
ブレーキの音。
衝撃。
庇うように伸びた二本の腕。
頭に押し付けられた乳房の柔らかさ。
痛み。
暗闇。
目が覚めたら病院で。
それ以外の記憶は無くて。
「貴方は誰なんですか…。どうして、僕を、こんな…」
熱い涙が、じわりとシーツを濡らした。
「…僕は……誰なんですか…」
お願いだから、
誰か、
誰か、
僕をこの暗闇から連れ出して。
〈了〉
裏300HITS(にしとくよ?)リク「『Sklabe』の続き」でした。
うん…ごめん…多分望まれたのはこんなものではないのだろうと知っていてやりました…。
だってね、あれはあれで完結なんですよ。
細かい設定とかまったく決めずに行き当たりばったりで書いた代物に、どうやって
続きを書けちゅうねん…!!!!
苦し紛れの作品でゴメンナサイ…;;;
あと、200より300の方を優先してゴメンナサイ…ね…;;;
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