「ねぇ、僕ん家でパジャマパーティしようよ!」
 …なんて、無邪気に言われたから。



 パジャマパーティ☆



 夏期休暇中、ミハエルの家(城)に招待されたアイゼンヴォルフの面々。
 良く見知ったメンバーではあるが、集まる目的が「パジャマパーティ」だというので、
顔を見合わせてしまう。だいたい、アイゼンヴォルフの宿舎では毎日寝食を共にしていると
いうのに。今更改まってお泊まりというのにも、多少首を傾げたくなる。

「…パジャマなんて、持ってないんだけどな…」

 アドルフは、車の中で、ぽつりと呟いた。彼は薄いシャツと短パンで眠るのが習わしであった。
パジャマなんて、数年前から買った覚えもない。
 しかし、我らがリーダーの提案(いや、むしろ命令)に背くと後が恐い。それを知り抜いている4人は、
取り敢えず寝間着と呼べるものを持って目的の場所へと向かっていた。逃げられないように、しっかり
迎えまでよこされては、彼らに逆らい得る力はもはやなかった。
 目的地に着いた時刻は20時半。白い壁を持つミハエルの城は、フクロウの声や満月に近い月の光に支配されていた。
 計算されていたように、同じ時間に門前に辿り着いた4台の車は、勝手に開かれた門を潜り、広い庭を低速で走り抜けていく。
 白い階段のついた正面玄関の前で、車は止まった。
 4台の車からそれぞれ降りてきた面々は、顔を合わせた途端、測ったように苦笑を浮かべた。
 シュミットが沸き上がる不安を胸に抱きつつ、獅子のノッカーを叩くと、扉はゆっくりと開かれた。

「いらっしゃい! 待ってたよv」

 にこっ、と表面上は天使の笑顔を浮かべつつ、小さな城主は4人を迎えた。
 パステルカラーの、パッチワーク柄のパジャマを着たミハエルは、普段より幼く見える。
 …背後にある階段の上の、大きな窓から見えるのが月でなければ、おそらくもっと愛らしく見えていただろう。

「…こんばんは、リーダー」

 負けじと笑顔を作って、シュミットは挨拶をした。ほかのメンバーもそれぞれ言葉を掛ける。それらを
ひととおり聞いて、きっちり挨拶を返してから、ミハエルは皆を場内へと案内した。
 大きなホールから左右に伸びる円形階段を昇って、2階へ。
 左右に伸びる廊下を持つ階段の頂上で、ミハエルはピタリと足を止めて4人を振り返った。
 …その顔には、極上の笑み。
 4人の背に冷たいものが走ったのは言うまでもない。

「あのね、みんな! これ、引いて貰いたいんだけどv」

 そう言って、ミハエルが廊下の端から拾い上げたのは、4色の毛糸だった。白、赤、青、緑。
白と緑は右の廊下へ、赤と青は左の廊下へと続いている。

「…それは、一体なんですか、ミハエル?」

 冷や汗を浮かべつつ笑顔で尋ねるエーリッヒ。
 ミハエルは相変わらずにこにこしながら、「いいからv」と言う。
 仕方なく、4人はその指示に従うことにした。
 シュミットは赤を、エーリッヒが青を、アドルフは緑を、ヘスラーが白を選ぶ。
 その色の毛糸を握らせて、ミハエルは次の命令を下した。

「じゃ、それぞれその毛糸を辿ってそれぞれの部屋へ行って。そこにパジャマ用意してあるから、着替えてね。
絶対、着替えなきゃだめだよ?」

 最後の一文を言うとき、目が笑っていなかった気がするのは自分だけでしょうか、リーダー。
 4人同時にそう思ったことは誰も知らない。

「着替え終わったら、部屋にある黒い毛糸を辿って僕の部屋に来てねv あ、毛糸辿ってこなくて迷ったら、
多分死んじゃうからねッv」

 無邪気な笑顔と仕草で、黄金の獅子は言い放ったのだった。








「全く、リーダーの気紛れにも困ったものだな」

 苦笑を顔に浮かべて、シュミットは言った。

「そうですね。でも…、子供らしい我が儘が言えるのは、羨ましい気もします」

 毛糸を辿って長い廊下を進む。
 その言葉を聞きとがめて、シュミットはエーリッヒの顔を見た。
 穏やかに微笑む彼の表情に、暗いところなど見受けられない。
 それでも、感情を隠すのが下手な親友兼恋人に、シュミットは溜め息をついた。

「私になら、いつでも我が儘を言って構わないんだぞ、エーリッヒ?」

 もっと頼って欲しいと思う。もっと、我が儘を言って、弱いところを見せて、ありのままをぶつけて欲しいと思う。
シュミットが選んだのは、我慢の得意なひとだから。

「…貴方は、僕を甘やかすのが上手いですね」
「お前は誰にも甘えないからな。…甘えたいクセに」

 ぐい、と細い肩を抱いて、シュミットはニヤリと笑った。
 図星だったのか、エーリッヒは微かに頬を上気させる。だが、シュミットの腕に逆らうことはせず、黙って身体を寄せた。
 二人で身体をくっつけ合ったまま廊下を進んでいくと、やがて突き当たった。精巧な細工のされているランプの下で、
廊下はさらに左右に別れていた。赤い毛糸は右に、青い毛糸は左に。

「…別れてるな」
「そうですね」

 シュミットは名残惜しげに手を放し、右へと進みかけた。
 だが、一度振り返り、エーリッヒに確認する。

「着替え終わっても、一人では行くなよ」
「判っています。先に着替えを終えた方が、後の方の部屋へ。それでいいでしょう?」
「ああ」

 エーリッヒの言葉に満足げに頷くと、シュミットはエーリッヒにもう一度近づいて、頬に柔らかくキスする。
 慌てて体を放したエーリッヒに、「じゃあ、また後で」と言い、今度こそ本当に廊下の向こうへと歩いて行ってしまった。
 未だ熱い頬を押さえて、エーリッヒも左へと進路を取った。




「…エーリッヒ?」

 青い毛糸の先が消える部屋。
 その扉をノックして、シュミットは声を掛けた。
 真っ白のシルクのパジャマに、赤で大きなバラの刺繍が入っている。着心地はよいと思いながら、
シュミットはその趣味については何とも思わなかった。いや、むしろ満足していた。ある意味羨ましい。
 部屋の中から「はい…」と消え入りそうな返事が返ってくる。不審に思いながら、シュミットはそのドアを開けた。




「…………………」

 部屋の中には、一匹のウサギがいた。
 顔を真っ赤にして、潤んだ青い瞳でこっちを見つめてくる。

「……シュミット、これ…、本当に子供用で、丈が…」

 薄青の、柔らかいタオル地のパジャマにフードがついていて、その先にウサギの耳が付いている。
それは愛らしい子供用のパジャマだったが、エーリッヒくらいの身長の子が着るには少々小さすぎる。
 絶対着ろ、というミハエルの命令に従って、取り敢えず身につけてはみたものの、エーリッヒには
その格好で人前に出る勇気はなかった。
 上着の丈が短くて腹部が微妙に露出するし、半ズボンも短くて脚がほぼ丸見えだ。
 困ったような顔で、エーリッヒはシュミットに助けを求めた。

「どうしましょうか…」
「………エーリッヒ」

 エーリッヒを視界に納めたままぼんやりとしていたシュミットが、ふと我に返った。
 ゆっくりと、エーリッヒに近づく。

「シュミット…?」

 名を呼ばれて、エーリッヒは小首を傾げてシュミットを見た。
 どうかしましたか、と尋ねる間もなく、エーリッヒの視界がぐるりと回転した。

「うわっ…?!」

 柔らかなペルシャ絨毯が、背中へのショックも音も吸収してくれる。
 端整な顔立ちが目の前にあることに、エーリッヒは息を呑んだ。
 自分を見つめ、にこりと笑った紫の瞳。
 その笑顔に、心臓がドキリと大きな音を立てる。

「シュ、シュミット。悪ふざけは止めて下さい」

 慌てて視線を逸らし、のし掛かってくる身体を押し返す。

「ふざけてなんかないさ」

 その、押し返してくる腕を取って指先に口付け、シュミットはもう一方の手をエーリッヒの脚に滑らせた。
 ビクッとエーリッヒの身体が強ばる。

「エーリッヒ、似合ってるよ。可愛い…。食べてしまいたくなるくらい」
「そういうのを悪ふざけと言うんですッ…! 僕にこんなの、似合うはずないでしょうっ?!!」

 シュミットは滑らかな肌の感触を楽しみながら、くすくす笑った。

「本当なのに」

 言うと、また抗議の声をあげようとした唇を素早く塞いだ。
 歯列をなぞって熱い口腔内で舌を絡めると、エーリッヒの眉が苦しげに寄せられる。
 ゆっくりと顔を離すと、どちらからともなく吐息が漏れた。

「や、止めて下さいッ…!」

 首筋に唇を滑らせたシュミットに、エーリッヒは制止の声を掛ける。

「目の前にウサギがいて、オオカミが食べないはずないだろう?」

 パジャマのボタンを片手で器用に外し、露出した肩に歯を立てる。
 逃げるように身を捩ったエーリッヒを、シュミットは押さえつけた。

「シュミットっ!! こんなコトしてる場合じゃ…!」
「ん? ……ああそうか、パジャマパーティに来ていたんだったな」

 自分達がここにいる当初の目的をすっかり忘れかけていたシュミットは、苦笑を浮かべる。
 彼の城の中で、しかも彼を待たせたままじゃれ合っていたなんてことが知れたら、どんな罰を被るか判らない。
 悪戯をするように、エーリッヒの胸元に赤い刻印をひとつ刻んで、シュミットは起きあがる。

「…シュミット」

 はだけたパジャマの中に残るそれを目に留めて、エーリッヒが恨みがましい声を出した。
 くすくす、シュミットは楽しそうに笑って、エーリッヒに手を差し伸べる。
 その手を掴み、エーリッヒは思いきり力を込めて引いた。

「うわっ!」

 覆い被さるように倒れてきたシュミットを抱き留めて、エーリッヒはその首筋に口付ける。

「エーリッヒ…?」
「お返しですよ」

 耳まで真っ赤になりながら、エーリッヒは言う。

「ミハエルに怒られてください」
「おいおい、まさか…」

 そっと、指先でエーリッヒに口付けられた場所に触る。
 鏡を求めて彷徨った視線は、窓を捕らえた。外が完全に闇なだけ、部屋の中の明かりを反射した室内が
はっきりと映っている。
 シュミットの目は、自分の首筋に小さな赤い鬱血を認めた。パジャマではけして隠れない、その位置。

「エーリッヒ」

 困ったように、シュミットは恋人の名を呼ぶ。
 視線を逸らしたままで、エーリッヒはパジャマのボタンを再び留めている。
 その腕を、シュミットは掴む。

「どうせ罰を受けるなら、二人で受けような?」

 その言葉を聞きとがめ、エーリッヒはシュミットの方に顔を振り向けた。

「言っておくが、誘ったのはお前の方だから」
「なっ…! んんっ…!」

 再び、深く口付けられる。
 エーリッヒはきつく目を瞑り、シュミットの肩を必死で押し返す。
 だが、長く濃厚なキスはエーリッヒから抵抗する力を奪っていった。躰の奥底から引きずり出されていく感覚が、
背筋を走り抜ける。

「ぅ、んっ…」

 震える指が、シュミットのパジャマに皺を作る。

「エーリッヒ…」

 熱い息を耳に吹きかけ、耳朶を甘噛みする。

「シュミッ、ト…」

 熱に浮かされた声で、恋人の名前を呼ぶ。
 くらくらする。
 パジャマの下を滑っていたシュミットの指が、エーリッヒの胸の突起に絡められる。

「やっ…」

 びくりと跳ねた躰を、シュミットは緩く押さえつけた。
 もう片方の突起に口付けて、舌で嬲ると、エーリッヒは甘い声を漏らしながら首を振る。
 そうやって、必死に我慢をするから。
 シュミットの中の加虐心が煽られる。
 エーリッヒのズボンの中に空いた片手を忍ばせる。

「ん、あっ…!」

 自身に触れられて、エーリッヒの口からひときわ高い声が上がった。

「ほら、静かにしないと誰かが来るかも知れないよ、エーリッヒ?」

 エーリッヒが捨てきれない羞恥心を、逆手にとって虐める。案の定、エーリッヒは強く唇を噛み締めた。声を漏らさないように。
 その所作が可愛くて、シュミットはくすくすと笑った。

「エーリッヒ。…傷つく」

 噛み締められた唇を解かせるために、柔らかく優しく、唇を重ねる。
 エーリッヒの腕がシュミットの背に回される。それは、エーリッヒがこの先の行為に了承を示した証。
 ゆっくりと唇を離して、青と紫の視線が絡み合った。
 ………瞬間。

「…あのさぁ、人ン家で君達何やってるワケ?」

 聞き覚えのある声が頭上で響いた。

「みっっ、ミハエル?!!!」

 ゴッ☆

 がばっと身を起こしたシュミットは、頭上で待ちかまえていたミハエルの踵に思いきり頭頂部をぶつけた。

「僕は何もしてないよー? 君が勝手にぶつかってきただけだからね?」

 にこりと笑って、ミハエルはノックダウンしたシュミットを一瞥した。そして、その下敷きになっているエーリッヒに視線を向ける。

「まさかエーリッヒまで乗ってるとは思わなかった。…溜まってるの?」

 ミハエルはひょいとしゃがんで、エーリッヒの、剥き出しの太股に白い指を滑らせる。

「…っ、ミハエル!」

 口から出そうになった嬌声を抑え込み、エーリッヒはミハエルの手をそっと押し返した。
 少し不満そうに眉を寄せて、ミハエルはまぁいいや、と言った。

「取り敢えず、二人とも反省会だねッv」


 ───── まだまだ、夜は長そうである。

                                                    【了】


 綾瀬ゆきやさんからの裏掲示板TOP記念リクで、「パジャマパーティ」です。
 ……嘘付けや。どこがパジャマパーティやねん。
 あまり裏に置く意味もないようなこんな小説に数ヶ月も費やしてしまった自分の
力量のNASAが恐い………(泣)。
 ゆきやさん、どう考えても駄文ですが許してやって下さい。(どうしても許せない場合には
SOSお手製の釘バットでこの女の脳をかち割ってやって下さい←わりと本気で)



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