「エーリッヒ、郵便だ。」

 自室へのノックに応えたら、戦友の声とともに大量の小包が押し付けられた。


 
全力で君に伝えたいことは、
         いつでもすでに伝わった後。



「わぁコレ中国からだよ、すごいねーエーリッヒ、モテモテだねー。」

 好奇心からシュミットとエーリッヒが使っている部屋に堂々滑り込んできた彼らがリーダーは、エーリッヒ宛の小包についているカードを本人の了承もなしに次々開いてはきゃっきゃと声を上げる。エーリッヒはミハエルのそんな姿を嬉しそうににこにこしながら見ていて、コイツ本当にリーダーには甘い、とシュミットの眉を寄せさせる結果となっていた。
 エーリッヒのもとに多国籍の誕生日プレゼントが届くのは、彼が日本で開催された第一回WGPで知り合ったレーサーたちの幾人かと、今もメールや手紙でやりとりをしているためだ。相手側の誕生日には律儀にプレゼントを贈るエーリッヒだから、そのお返しが届くのは当然のことで。

「まったく、お前は彼らがライバルであるという自覚はあるのか?」
「ありますよ。でもレースではライバルでも、それ以外のときは大切な友達ですから。」

 シュミットの不機嫌の理由はわかっていたが、エーリッヒはそう言いながら長方形の包みのひとつを手に取った。やわらかい水色の包装紙にサテン地のリボンを巻かれたそれには、見慣れないかたちの文字と英文がつづられていた。エーリッヒがいとおしそうに目を細めてその文字を読むから、シュミットは彼の綺麗な横顔にますます不機嫌をあおられる。
 カードを読み終えたらしいエーリッヒは顔を上げて、ミハエル、と金髪の少年に声をかけた。エーリッヒには従順な(なぜならばエーリッヒがミハエルに与えるものは、ミハエルにとって不機嫌の原因になることがないからだ)ミハエルが、手元のバースディ・カードからぱっと彼のほうを向く。

「お茶にしましょうか。ユーリさんがロシアのお菓子を送ってきてくださいましたから。」
「えっホント! いいの!?」

 この日に送られてくる小包がエーリッヒへの誕生日プレゼントだということは理解しているミハエルが、弾んだ声で尋ねる。エーリッヒはええ、と手元のカードをミハエルに見せた。

「ユーリさんから、チームのみんなで食べてくれ、って。」

 やったぁ、と緑の瞳をきらきらさせながら跳ねるミハエルの姿に、シュミットはちいさく溜息を吐いた。
 エーリッヒが3人分のお茶を淹れるために部屋を出て行くと、ミハエルの瞳がシュミットを向いた。シュミットは2人部屋の真ん中を陣取るプレゼントのちいさな山に手を伸ばし、控えめなおおきさの小包を手に取る。それに添えられたカードには彼らの母国語に良く似た、しかしすこし違う形の単語が並んでいた。

「シュミットってさぁ。」

 呆れたようなミハエルの声に、シュミットはカードからちらりと紫色の瞳を上げた。

「ほんっとに独占欲強いよねぇ。」
「なんのお話でしょう。」

 にこ、とミハエルには100%通じない笑顔を向けるシュミットに、ミハエルは目を細める。

「どーせ昨日の夜もさぁ、エーリッヒの誕生日を迎えるっていうのにもういやだって言うまで無茶させたんでしょ?」

 さいてー、とでも言いたげなミハエルに、シュミットは心外ですね、と言った。

「見てもいないのに推測だけでひとを貶めるのは止めたほうがいいですよ。確かに昨日の夜、あいつの誕生日はふたりで迎えましたけど、」

 ミハエルは、シュミットの言葉を遮るようにおおきく息を吐き出して、自分の顎の下を指差した。そこは鏡を通しても本人には見えにくく、しかし(特に視線の低い)相手にとっては目に付く場所。

「エーリッヒのココ。赤いの。アレなんだろうね?」
「さぁ、虫刺されじゃないんですか?」

 あくまでしらばっくれることを貫くシュミットに、ミハエルは再び溜息を吐いた。

「束縛しすぎると嫌われちゃうよ。」
「そんな心配はしていませんね。どんな私でも、あいつは好きで居てくれますから。」

 確信をもって口に出されるシュミットは、本当にエーリッヒに対する疑いというものを持っていなかった。その様子に、むぅ、とミハエルは唇を突き出した。

「そんなふーにエーリッヒの気持ち全面的に信頼してるくせにさ、じゃあなんで君はそんな嫉妬すんの。」

 ミハエルの質問に、シュミットは目を細めた。そうしてふふ、と口元に笑みを浮かべる。その微笑みは綺麗だが冷たく鋭いものだった。シュミットの視線や感情が向いているのはミハエルの方向ではなかった。矛先は、彼の手元にあるカードだった。ぴらりと、白いそのカードを振ってみせる。

「あいつの気持ちは私から離れたりしません。だけれどそんなことも判らない愚かな連中が、あいつの周りには多すぎるんだ。」

 だから、嫉妬ではなくて牽制だ、とシュミットは言う。シュミットの持つカードに、自分たちよりも北緯の高い国に住むレーサーの名を見つけて、ミハエルは窓の外へと視線を向けた。年が明けてすぐの冷たい風が吹きすさぶ中でも、陽光だけはとても暖かそうにきらきらと輝いていた。

「遠い国境の向こうのライバルに、こーゆー牽制はイミないと思うけどなぁ。」
「遠い国境の向こうどころか、同じ室内にもライバルって居たりしますからね。」

 ほぅ、とわざとらしく息を落として、ミハエルと視線を合わせないままシュミットは呟く。ミハエルはふぅん、と頷いた。

「じゃあ君は、同じ部屋に居る誰かさんを愚か者だってゆーんだね。」
「ええ、エーリッヒに関してはね。」

 ミハエルの脅しのような一言にも動ずることなく、シュミットは笑う。ぷくぅ、とミハエルは両の頬をこどもっぽく膨らませた。そのタイミングで、部屋のドアがノックされる。ミハエルが表情を元に戻し、さっとドアに向かった。開いたその向こうに立つ人物は一人しか居ない。

「あ、ありがとうございますミハエル。」

 ドアを開いたミハエルに、エーリッヒはほうと息を吐いて礼を言った。どういたしまして、とミハエルは満開の笑顔を見せる。
「あ、エーリッヒ。なんか赤くなってるよ?」
 ティーセットの乗ったトレイで両手のふさがっているエーリッヒにぺたりとくっつくと、ミハエルはくいと顎を上げる。きょとんとしながら「え?」と声を出したエーリッヒの顎の下に。

「ほらココ。」

 ちゅうっ。

「っ!」
「おいミハっ…!」

 やわらかい唇を押し付けて、ミハエルはくすくすと笑った。唐突な出来事に頭の追いつかないエーリッヒは、とにかくお湯の入ったポットを取り落とさないようにバランスをとることに精一杯で。シュミットは、いきなり実力行使に移ったミハエルを止められなかったことに臍(ほぞ)を噛む。

「あ、ぶない、でしょう。ミハエル。」

 ようやくそれだけを言いながらトレイを机の上に置いたエーリッヒに、ミハエルはごめんね、と悪びれずに笑って抱きついた。そうして、シュミットにむかってべえっと舌を出す。ぴくりと、シュミットのこめかみが引きつる。

「…ミハエル。いい加減に、」
「ね、ロシアのお菓子ってどんなのなのかな! 僕が開けてもいい?」

 シュミットの言葉などまるで聞かずに、ミハエルは先ほどエーリッヒが持っていた小包に手を伸ばした。エーリッヒがポットからあたたかいダージリンをマイセンのカップに注ぎながら、どうぞ、と微笑んだ。
 まったく、とシュミットが眉を寄せたのを見、エーリッヒは淹れたてのカップをシュミットの前に置く。そうして、ミハエルがロシアからの贈り物に夢中なのを確認してすばやくシュミットの白い耳に唇を押し付けた。

「ッ!」

 びくり、とシュミットが大げさに反応したことに、聡いミハエルが顔を上げる。どうしたの? とかわいらしく小首をかしげるミハエルに、エーリッヒはなんでもありませんと言った。シュミットは自分の耳を押さえながら、こくりと彼の言葉に同調する。ふぅん? と、多少の疑問を残しながらも再び綺麗な包装を解くことに興味を戻したミハエルを見ながら、シュミットはエーリッヒを見上げた。

「ご機嫌は直りましたか?」

 ちいさな声でそっと尋ねられて、シュミットはあぁ、また今年もきっと、こいつには敵わないんだと思い知った。


 いちばん最初の台詞はヘスラーです(笑)。
 今年も来年もさ来年も、ウチのサイトではエーリッヒさんがアイドルであるということでひとつ。

 モドル
 オマケ