++++理解以前の拒絶++++
「モルゲン、シュミット。なぁ聞いたか? 季節外れにも転入生だってさ」
登校した瞬間に声をかけてきた友人に、シュミットは溜息と共に答えた。
「そんなことは、これを見れば判る」
シュミットは長い指で、左隣の机を示して見せた。
その席は、昨日まで無かった机だ。今日、登校してみたら、忽然と現れていた。
それを見た瞬間に、よほど鈍い人間ででもなければ、転校生が来ることは容易に想像が付く。
シュミットの教室内での席は、窓際の最後尾。いや、窓際だった、と言った方が正しいのか。
ここはもともと24人クラスで、窓際の最後尾には机はなかったのだ。だから、
実際にはシュミットは窓際から2番目の、最後尾席、だ。
「でもさ、めずらしーよな。この学校から落ちる奴はいても、来る奴なんか…」
「興味がないな」
シュミットは、ふいと視線を逸らした。
初夏の陽光が、シュミットの金の髪を煌めかせる。
シュミットの数少ない友人--もっとも、強引に友人になったのだが--であるラルフは、
その横顔に一瞬見とれた。
FCがあるのも納得できる。名匠の手による彫刻のように、端正な顔だ。
シュミット・ファンデルハウゼン・フォン・シューマッハ。れっきとしたゲルマン族で、
この国でももう珍しくなってしまった、貴族の御曹司。頭脳明晰で眉目秀麗。
ドイツに多くあるギムナジウムの中でも、特にレベルの高いこの学校において、
いつでも学年主席の座を占めている。ただ、育った環境からか、彼はゲルマン以外の
民族を敬遠する伏があった。自分の周りにいる人間を厳選する癖も相俟って、
彼の友人となれる人間は本当に少ない。
ラルフは椅子を引いて、自分の席に座った。背もたれを前にして、馬乗りになった状態で、
だ。彼の席はシュミットの前である。
「美人だといーなv」
「…来るのが女性だと、決まっているわけじゃないだろう?」
「ん? いーのいーの。俺、そういうの気にしないし」
ああ、そういえばそういう奴だったな。と、シュミットは片手で頭を押さえた。
このラルフ・シュピールベルクという男は、シュミットとは反対に、偏見や差別がなさすぎる男だ。
…人はそれを、見境がない、とも言う。
「まぁ、このクラスは理数系だからな。どっちかっていうと、男の確率の方が高いんじゃないか?」
ラルフがそういうのと同時に、短いベルが鳴った。
席を離れていた生徒が、慌てて席に戻る。ラルフも、正面を向いた。
がらりと教室のドアが開いた瞬間、ざわついていた生徒達が静まった。
いつもの朝の、いつもの光景。
そろそろ40代の後半だろうという年齢の教師が入ってくる。銀線の混じり始めた、
生え際後退期な髪が淋しい。
転校生は、その教師のすぐ後に入ってきた。
教室内が、にわかに騒がしくなる。
「ラッキーだな、シュミット。かなりの美人だ」
ラルフが、椅子を傾けてシュミットに声をかけた。
(もっとも、お前のタイプじゃないだろーけどな)
一目で判る。
彼は、ゲルマン民族ではない。
瞳は青いけれど、彼はまず---白人ではない。
「あー、今日からこのクラスに入ることになった、エーリッヒ君だ。…挨拶したまえ」
教師の言葉を受けて、転校生が口を開く。
「エーリッヒ・クレーメンス・ルーデンドルフと申します。よろしくお願いします」
落ち着いた物腰、低い声。
必要以上は言わず、教師に指定された席--シュミットの隣の--に歩く。
「よろしくお願いします」
椅子に座る前に、エーリッヒと名乗った少年は、隣の席のシュミットに軽く頭を下げた。
「…ああ」
一時限目の用意をしながら、気のない返事をする。
隣の人物の挨拶よりも、早く教師の連絡が終わらないか、ということを考えている。なにしろ、
一時限目から移動教室なのだから。
くるりと、ラルフがエーリッヒに向き直った。
「俺、ラルフ。ラルフ・シュピールベルク。で、コイツはシュミット。よろしくな、エーリッヒ」
「シュピールベルクさんですね。よろしくお願いします」
「ラルフで良いよ」
と、教師の連絡事項も、生徒同士の雑談も遮る、始業のベルが鳴った。
教師が、残りの連絡をさっさと終えて教室から出ていく。
「あ、やべぇ。俺、一時限目移動教室」
「僕もです」
慌てて、鞄の中から教科書を取り出す二人。
それを見届けることなく、シュミットは席を立った。
「…僕、シューマッハさんにたいして、何か失礼な態度をとってしまったんでしょうか?」
ラルフと共に廊下を早足で歩きながら、エーリッヒは尋ねた。
視線も合わせられず、挨拶をしても返事も返して貰えなかったのでは、こんなふうに
心配するのも無理からぬことだ。
ラルフは、曖昧に笑う。
「別に、そういうんじゃないな。…あいつの悪い癖みたいなもんだからさ。エーリッヒは気にしなくて良いよ」
「クセ?」
「そ。どうしようもない癖。治してやりたいんだけどね」
ラルフはそういうと、器用に片目を閉じて見せた。
「…………」
眉間に皺がよるのも仕方がないような気がする。
教室を移動してきて、手近な机について。
…少ししたら、ラルフとエーリッヒが同じ教室にやってきて。
ラルフは当然のような顔でシュミットの隣の席に座り、逆隣にエーリッヒを座らせた。
…これでは、教室とあまり変わらない。
ラルフを睨むと、彼はへらりと笑って見せた。
「…どういうつもりだ?」
3時間目が終わった後の小休憩中、シュミットはラルフを睨んだ。
ラルフはとぼけてみせる。
「なにが? 何のこと言ってんだよ、お前」
「惚けるな。私のことは知っているだろう? …教室で、席が隣だというだけでも
なにかと思うことがあるんだ。あまり私にあいつを近づけるな」
どこか苛々した調子で言うシュミットに、ラルフは肩を竦めてみせる。
予想した抗議だった。ラルフはこう言ってくることを見越しながら、それでもシュミットに
エーリッヒを近づけさせたのは自分だ。
「相変わらず、他民族には厳しいねぇ、シュミット。だけどさ、別に気にしなくていいじゃん。
あいつ良いヤツだぜ?」
3時間の授業のみでそう判断できるのは、ラルフが人間を見る目を持っているからかもしれない。
彼の交友関係は広く、年齢を選ばないから、そういったものが養われるのかもしれなかった。
ラルフはふいと視線を教室の前の方へやった。
多くの女生徒に囲まれ、質問責めにあっているであろう銀髪の持ち主は、そこからでは見えない。
…相性は悪くないと思うんだなぁ、俺。
不機嫌を隠そうともしない友人が、付き合う人間を厳選することを、一番嫌っているのは誰あろうラルフだった。
シュミットは優しい。
その本質を知っている。本当は誰とでも、付き合えることを知っている。
だから、気付かせてやりたいのだ。
見た目とか血筋とか、そんなものはなんの価値もないのだということを。
荒療治であったとしても。
…それはきっと、この友の為になることだから。
………ンなワケで、ちょっとした悪戯を………。
→続く。
思うように書けないや、この話。
難産です〜(汗)。
ギムナジウムの設定に関しては、目ェ瞑って下さい。
欲しい情報ってなかなかないものですね…(泣)。
Σっていうか、ラルフ(オリキャラ)出張りすぎ!!
モドル