部屋に戻っても、エーリッヒは居なかった。何処へ行ったかなんて、間抜けでも判る。
体中がズキズキ痛む。あの男に殴られた痕は、赤黒く変色していた。
自分のベッドに腰掛け、膝に肘をついてその上に顎を乗せた。
真っ直ぐ、自分の向かいにあるエーリッヒのベッドを見つめていた。
きちんと整えられたシーツは、持ち主の性格を良く表している。昨日、あそこであいつを抱いた。
最初は暴れたが、それも一瞬のことで、後は大人しく私の成すがままに従った。
たった一度、あの男の名を呟くことを、最後の抵抗にして。
滑らかな褐色の肌に、刻まれた紅い痕を目印にして、犯した。
あの男が付けたであろうその印は、ご丁寧にエーリッヒの性感帯にくまなく標されていて。
それさえ辿ればエーリッヒは簡単に啼いた。
喘ぐその姿は、この世界のどんなものよりも被虐的で官能的で。背筋に悪寒にも似たなにかが走ったのを、
私ははっきりと覚えている。
………あの男とエーリッヒが、繋がっているのを知ったのはいつだっただろう。
1週間前のような気もするし、もう2ヶ月も前のような気もする。
インターナショナルスクールの、プール横のシャワー室。エーリッヒがそこに入っていったように見えて、
私はそっと後を付けた。馬鹿げてるとは思った。親友の行動を、疑うような真似。だが、事実は想像し得ないほどに
残酷で。イタリアの不良に後ろから犯されて嬌声を上げる、親友がそこには居て。
本当は、私はずっとあいつのことが好きだった。恋愛対象として、好きだった。同姓だとかそんなこと、関係ないほどに
惹かれていた。誰よりも鮮やかで、誰よりも優しく笑えるエーリッヒ。叶わないと思っていたから、親友で我慢していた。
一番傍にいられる、それだけで充分だった。
なのに、私の居ない半年の間。
エーリッヒは他の男に抱かれていた。
信じられなかったし、信じたくなかった。
エーリッヒの態度は祖国で別れる前と、何一つ変わっていなかった。いや、変わっていないように見えていたんだ。
実際には、あいつはぼろぼろに傷ついて、すべての体温を外気に奪われて冷めきっていた。
部屋のノブが回った。
「…シュミット。まだ、眠っていなかったんですか?」
部屋に入ってきたエーリッヒは、柔らかい微笑を浮かべて私に言った。昨日のことなどきれいさっぱり
忘れてしまったかのように。
私に近づいてきたエーリッヒは、そっとその手を私の頬に伸ばした。
ずきんと、傷が痛んだ。
「せっかくの綺麗な顔が、台無しですね」
心配げに私の傷を見つめる、その瞳の奥には冷酷な光が宿っていた。侮蔑にも似た心配を、エーリッヒは
私に向ける。
私は、エーリッヒの細い腰に腕を回して彼を抱き締めた。また、傷が痛んだ。
エーリッヒはなにも言わず、抵抗せず、私を抱き締め返した。よく判らなかった。エーリッヒの真意が、測りかねた。
「…エーリッヒ」
自分でも笑えるほどに、情けない、弱々しい声だった。
エーリッヒは、微かになんですか、と答えた。
「お前は、これからもずっと私の親友でいてくれるよな。私の傍に、居てくれるよな」
私は自分の言葉に、必死の懇願を込めていた。
エーリッヒの、私を抱く腕に力が込められた。
「貴方の親友なんて、もう何処にも居ないんですよ」
ずきんと、ココロが痛んだ。
エーリッヒは、私の頭上で嘲笑を浮かべていた。
→続く