「よォ、親友を強姦した気分はどうだ?」
 背後から声を掛ければ、自販機の前の男はこちらを向いた。
 敵意を剥き出しにした紫の瞳。綺麗な顔。
 視線の先には俺の、色素の薄い水色の髪。
 俺の口元には人を小馬鹿にしたような笑み。
 ──恋人を寝取られた人間には全く相応しくねェだろう。
 この男は、おそらく昨夜俺の良く知るその躰を暴いた。
 白いシーツの上で、しなる褐色の肌は目眩を起こしそうになるくらいに鮮やかで。
 感度のイイ身体は俺が開発してやったモノ。
 ──おそらくあいつは抵抗しなかった。俺の時のように。 
「…二度と、あいつに近づくな…!」
 憎悪も殺意もなにもかも、隠さずに押し殺した声で吠える。
 あいつの傍に在り、これからも在り続けられる存在。
「さァな。テメェみてェなお坊ちゃんのテクで、あいつが満足できなかったら俺のところに来るんじゃねェの?」
 …まるであいつが、性的快楽のみを求めているような物言いを、わざと。
 ヤツの顔に憤慨の表情が現れる。
「エーリッヒを侮辱するのは止めろ」
「侮辱、ね。陵辱ならしたけどな?」
「貴様…!」
 飛んでくる右のストレートをかわして入れたフックが相手の腹に入って。
 その後はただ殴り合った。



 冷たい瞳、冷たい表情。
 壊そうと思った心はすでに壊れていて。
 何をしても反応は冷酷で。
 時々、どうしてこんな奴を抱いているのか判らなくなって。
 できれば自分の目の前から消えて欲しいと思った。
 だから、拾う奴のいるところに捨てたのに。
 だから、わざとあんなに痕を付けたのに。



「随分ひどい傷ですね。誰と喧嘩を?」
 部屋に戻れば、当然のように居た。
 痣だらけの顔を、蔑むように見つめた淡青の瞳。
 テメェにゃ関係ねェだろ、そう言えば唇は微かに歪む。
「そうですか。てっきり、僕絡みのことだと思ったんですけど」
 …全部、知ってやがる。
 白いシャツを纏った首筋や、襟から覗く鎖骨の周囲には、隠そうともしない赤黒い痣。
 見せつけるように笑う。
 望み通りの結果になってやったと、笑う。
 そうして、望み通りにはいかせないと、笑う。
 魔性。
「何しに来た?」
 訊けば、肩を竦め。
「貴方に逢いにですけれど?」
 臆面もなく答えやがった。
「躰、キツいンじゃねェの? 昨日の夜、合計で何発打たれたんだよ」
「心配していただけるんですか」
 切り返しはあの、貴族のお坊ちゃんよりよっぽど重い。
 本当は手に入れたかった、ずっと、ずっと。
 ヨーロッパのレースで姿を見たときから。
 凛とした姿勢、態度。……表情。
 だから、独りでこのWGPに乗り込んできた躰を手込めにしたのに。
 ずっと欲しかった玩具は手に入れたら俺を喰らい始め。
 玩具は俺なのかあいつなのか。
 幸せの青い鳥は赤く染まった。
 余裕を見せる、俺だけのモノじゃなくなった躰にキスを。
 痕を。
 俺が見せる執着。
 こいつは、しないのかもしれない。


 こんなオモチャ、もう、いらないのに。
                                                
→続き。


 本当は完結してないので、また気が向いたら続きを書きます(もう止めて…)