「…うん、よくできました」
「やっ…!」
背後から首筋に口付けられて、敏感な身体がびくりと硬直した。
シュミットはくすくす、笑いながらエーリッヒの腰に腕を回す。
「せんせ…! …っ」
服の上を、細い指が這い回っていく。
シャーペンを握る手が、細かく震えた。
ノートの上には高校1年生並の数式。上の式に付けられた赤丸。今解いたものが、今日の5問目だった。
「なにを、…ぁ、やっ…」
一度肌を重ねただけだが、シュミットはエーリッヒの感じる場所を良く把握していた。
「今日は随分おりこうさんだから、ご褒美だよ」
「嘘。これじゃ、先生へのご褒美じゃないですかっ…!」
首を後方に振り向けて、紫色の瞳を睨み付ける。夕闇は微かに太陽の残光を残し、奥深くで煌めくそれには
欲望の色が見え隠れしていた。
「…このくらい良いだろう? 最近学内の闘争が熾烈化してるんだ」
エーリッヒの胸に指を滑らせ、布の上からでも硬くしこっているのが判るそれに指を絡ませる。
エーリッヒが熱い吐息を吐き出すのを聴きながら、シュミットは言葉を続けた。
「過激派が私の研究を続けさせまいとテロまがいのことをしてくれてね。結構ストレスが溜まってるんだ」
「そ…なの…、僕には、かんけ…なっ…ぁ!!」
「そう、君には関係ないね」
ちゅ、とわざと音をたてて耳の傍に口付ける。
椅子に座ったまま、服を着たまま、シュミットの指のみに感じさせられている、自分の身体をエーリッヒは恨めしく思った。
すっと、シュミットの手がズボンに下ろされた。
「ちょっ…、やめ…!」
一瞬悲鳴のような声をあげたエーリッヒは、しかし、シュミットの指の感覚に息を呑む。
「ほら、静かにしないと誰かに聞こえてしまうよ」
ズボンの上から、エーリッヒ自身をまさぐってくる長い指は計画犯的。
「ど、せ…、この部屋は、防音…!」
必死で、口で最後の抵抗を見せていたエーリッヒの顔が、しまったというように歪んだ。
「へぇ、この部屋防音なのか。じゃぁ、ちょっとくらい大丈夫だね」
耳元の声は嗜虐的。くるりと椅子を回転されて、気が付けばエーリッヒの眼前には目を閉じた端整な顔があった。
防犯カメラは、監視されるのが癪で、付けられるたびにネジ一本にいたるまで分解してやった。そんなことをエーリッヒは
思いだしていた。
深くなるキスに、そんな思考も、呼吸も、冷静さもなにもかも奪われる。
唇を離したときには、エーリッヒは完全に脱力していた。
そんな少年の体を椅子の背もたれにもたせて、シュミットはエーリッヒの服を脱がせる。
シャツの前をはだけ、ズボンと下着を引き下ろす。
エーリッヒは、熱っぽい目で、ただそれを見ていた。
「…イイコだ」
シュミットは銀の髪を撫でた。さらりとふれた猫っ毛は、優しい感触。
一瞬、シュミットの表情に苦いものが走った。
エーリッヒは、それに気付かなかった。
シュミットは絨毯に膝をついて、エーリッヒの膝を開いた。
そく、と背筋になにかが走る。抵抗できないほどに、慣らされきった躰。たった一度のセックスで。
「せんせ…やだ……」
羞恥のために赤く染まった顔が、ふるふると力無く左右に動く。
シュミットは微笑してやる。
「心配ない」
そう言って、エーリッヒを口に含む。
「っふ、あ…!」
びくんと、エーリッヒの体が大きく揺れた。
内股に、シュミットのさらさらの髪が当たっている。エーリッヒは必死でその髪を掴んだ。だが、指に全く力が
入らないのでは抵抗にもならない。
「ん……っん…ぅ、」
じっくりと、焦らすように口の中で弄ばれる。
エーリッヒは強く唇を噛んで、その刺激に耐えていた。その痛みか、それとも快楽を伝える刺激のせいか、
エーリッヒの瞳からぽろりと涙が零れた。
ぴちゃぴちゃと、いやらしい水音が二人だけの部屋に響く。
「…ぅ、…」
もう嫌だと、懇願するようにエーリッヒは首を左右に振った。
それを目の端で認識すると、シュミットは刺激を強める。
「あっ……!!」
全身が目に見えて硬直した後、真っ直ぐ逸らされた首筋が力無く背もたれに預けられた。
くすくす、躰の位置を変えずにシュミットが笑う。吐息がかかる感触に、エーリッヒは再び唇を噛み締めた。
「ベッド、…行こう」
膝の裏と背中に腕を入れて、軽い体を抱き上げる。
広い部屋には、ほとんどの家具や設備が整っている。この部屋から一歩も外に出ずとも、生活が出来るように。
させられるように。閉じ込めておけるように。
それでも、エーリッヒは必要以上の監視以外はこの部屋を愛用した。莫迦で下らない、大人達の顔を見ずとも済んだから。
エーリッヒを柔らかいベッドの上に下ろして、その細い躰を組み敷く。
まだ、夢と現の境を彷徨っているような瞳。シュミットはその目尻にキスを落とした。
細い銀の髪が、白いシーツの上に広がっている。
また、シュミットの胸に苦みが走った。
「…エーリッヒ。続き、良い…?」
胸に広がるその感覚をうち消そうと、エーリッヒの耳元で囁く。
ブルーグレイの瞳が、流すようにアメジストを見た。
「………嫌だ、って言っても、するんでしょう……?」
シュミットの性格を、知り始めているエーリッヒにとって、拒絶に意味がないことは判っている。だが、それでも、
この男の自由にされるのはどこか悔しい。
「よく判っているね」
上機嫌に、唇にキス。深くなるそれに、エーリッヒは自分からは応えない。
「……っふ、僕は、貴方のそんなところが、きら…!」
吐息の合間に紡ごうとした言葉を、エーリッヒは呑み込んだ。目が大きく見開かれる。喉が、カラカラに乾く。震える。
私も、お前のことが嫌いだ。
一時だって、消えてくれない声。
拒絶されたことの痛み。恐怖。
恐い。その言葉を言うことで、返される反応が恐い。
許してしまった。心も、躰も。だから、失うのが恐い。
信じてしまった。言葉も、態度も。だから、裏切られるのが恐い。
震える腕を、シュミットの背に回す。
「…エーリッヒ?」
ぎこちない、不自然な態度にシュミットは眉を寄せる。
「どうした、お前らしくない。言わないのか? おきまりの台詞」
唇が。
動く。
「私のことなど、嫌いだと──」
瞬間的に、エーリッヒはシュミットの唇を自分のそれで塞いでいた。
止めて。
言わないで。
貴方の声で、その言葉を聞くのが辛い。
我が儘で良い、自分勝手で良い。
言わないで。
嫌いだと、言わないで。
シュミットの瞳の熱が、一瞬冷めた。
エーリッヒの、行動の意味を理解して。
………私ね、今、─────の実験をしてるの………
女の声。
シュミットの手が、裸の胸を滑る。
ぞくり。背筋を走る。
違和感。
異質感。
冷たい指先。
嫌いだ。
嫌い。
この行為。殊更に、いつも以上に、相手を異質と感じる、この行為なんか大嫌いだ。
だけれど、こうしている間は、先生は僕を拒まない。
莫迦なくらいに、ハマってしまった自分。
──…だから、嫌いだと言ったのに。
どうして、今更コンタクトをとってくる。
どうして、私の居所が知れた。
………もし、私に─────── てくれたら………
下がっていく手が、エーリッヒの秘孔に触れる。
重ねた肌が震える。
「…大丈夫」
耳元で囁いて、指を入れる。
「いっ…!」
一度達した後とはいえ、濡れてもいない異物を受け入れる事は、エーリッヒにはまだ不可能だ。
「痛、先生! 嫌だ、いたい…ッ!」
なのに、無理に指を進めようとしてくるシュミットに、エーリッヒは恐くなる。
前の時は、優しくいたわるように抱いてくれたのに。
「やめて、いたい、いたいよぉ…ッ!!」
涙が、目尻から零れる。
嫌いだと、言え。
お前に、悲しい思いをさせたくない。
ここまでハメたのが、自分自身だと知りながら。
やはり、私は我が儘で意地悪、そして嘘吐き。
お前を裏切らないと、言ったのに。
「せんせぇ…ッ!!!」
ぬるぬるした透明な液体が、シュミットの指にまとわりついてくる。
すこしずつ、指が濡れるに従って、奥へとすんなり入っていく。
エーリッヒの痛みが、和らぐ。
「や、だぁ…!」
それでも、エーリッヒは震えながら首を振る。
それでも、あの一言を言わない。
一本しか入れていなかった、指を引き抜く。
ズボンのファスナーを下ろして、猛っている自身を取り出す。
エーリッヒの顔が、この先感じるはずの、痛みへの恐怖に引きつった。
その顔を見たくなくて、シュミットはエーリッヒの躰を反転させると腰を掴んで上げさせる。
「や、いや、やめて、いや、やぁぁぁああーーーーー!!!」
耳をつんざくような、悲鳴。
途切れることなく続く。
お前の喉が、枯れてつぶれるまで叫ぶか?
私の耳が、壊れて使い物にならなくなるまで叫ぶか?
シュミットの性格は。
結局、何も変わっていなかった。
彼は、厄介事を厭い、自分の時間を邪魔する者を憎み、自身を束縛するものからはあらゆる手段を使って逃げようとする。
例えばそれが、自分が愛した者を売る行為であっても。
………言わないでおいてあげる。貴方の居場所を、誰にも。
………だから、私に協力して。
………エーリッヒ・クレーメンス・ルーデンドルフを。
………あの、富豪のおぼっちゃまを。
………私に、頂戴。
モドル 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 … ご意見ご感想
描きたかったシーン(メインシーン)に到着(遅)。えっちシーンにおいて、『不夜城』の影響が見え隠れ…。他にもいろいろあるけど。