「…莫迦だなぁ…」

 頭上に落ちてくる細い水流を体全体で受け止めながら、エーリッヒは彼の愚かさに溜め息をついた。
 シュミットくらい美形ならば、いくらでも綺麗な彼女が作れると思う。何も好きこのんで、男を選ぶ必要などないのに。
 …ひょっとしたら、自分のことなど一時の遊びなのかもしれない。
 ………でも。
 彼の目は、遊びや冗談なんかじゃなかった。
 少なくとも、今までエーリッヒの周りにいた連中とは違う。
 だから強い警戒心と、少しの興味とを持った。

 先生の言葉は時々矛盾するし、何を考えているかわからないから嫌い。
 態度も嫌い。
 笑顔が嫌い。
 ペースを狂わされる。乗せられる。信じたくなる。…好きになる。
 だから、嫌い。
 大嫌い。


 エーリッヒは自分のよく判らない心情に、正直不満だった。
 これから自分を抱くシュミットは、エーリッヒのことを良く知っている。
 だが、身を預ける方のエーリッヒはシュミットのことをあまり知らない。
 それも、理不尽だと思うのだ。 
 しかし、けして嫌ではない。

「……莫迦は、僕の方、かな」

 嫌いだけれど好きという、先刻自分が口にした言葉が、自分の本心だと、エーリッヒはどこかで気付いていた。
 シャワーのコックを捻って、湯を止める。
 バスルームから出ると、ふわふわのバスタオルと、シュミットのシャツとズボンが用意されていた。
 髪を拭いてから、シャツに袖を通す。半袖のものなのに、エーリッヒの肘くらいまである。丈も、充分太股を隠す。
それだけでも気にくわないのに、ズボンは3重に裾を折らなければ引きずってしまう。

 足長いんだ…。

 奇妙な苛立ちが、エーリッヒの中に起こる。
 ベッドルームに入ると、シュミットはベッドサイドの明かりの中で、本を読んでいた。やたら小難しそうな、専門書を。
 エーリッヒが部屋に入ってきたのを知ると、本を置いて笑いかける。
 エーリッヒは視線を逸らした。
 やはり、この男の笑顔は苦手だ。心の底まで見透かされる気がする。

「エーリッヒ」

 優しい、低い声で名前を呼ばれて、エーリッヒは微かに溜め息をついた。
 家で、勉強を教えられているときからそうだった。自覚はなかったが、エーリッヒはこの声に弱い。この声で名前を呼ばれると、
どうしてか逆らいようがなくなる。だから、エーリッヒは良く彼の前から逃げ出した。彼のことが嫌いだからと、自分に言い訳して。
 ゆっくりとベッドに近づいて、エーリッヒはシュミットを見下ろした。
 本人は睨み下ろしているつもりかもしれないが、シュミットには、子供の可愛い強がりにしか見えなかった。
 エーリッヒの腕を優しく引いて、ベッドに引き倒す。
 その体にのし掛かりながら、にこ、と笑った。

「今ならまだ待ったも聞くぞ?」
「……ウソツキ」

 どうせ、今更逃がす気なんて無いくせに。

 目を閉じると、唇に柔らかい感触が降りてきた。
 優しい、慈しむようなキスにエーリッヒは身体から力を抜く。

「ん、…ふ」

 シュミットとキスをするのは、これで3度目。しかし、同意してのキスはこれが初めてだ。
 閉じた視界を真っ赤に染めていた、ベッドサイドのランプが消される。
 シャツのボタンを外して入り込んできた手の感触に、エーリッヒの身体がびくりと跳ねる。
 シュミットは顔を離して、安心させるように微笑んだ。

「…せ、んせ…のこと、…教えて下さい…」

 ゆっくりと身体のラインをなぞるシュミットの指の動きは、巧みにエーリッヒの快感を引きずり出していく。
初めてのその感覚に翻弄されながら、エーリッヒは荒い息の間に言葉を繋いだ。

「…私のこと?」

 滑らかな肌に舌を這わせながら、シュミットは問い返す。

「…不公平です、貴方は、僕のこと知ってるのに…、僕は、ぁ、なた、のこと…しらなっ…ぁ!」

 敏感な場所に触れられて、エーリッヒから高い声が上がる。
 服で隠れる場所に痕を残しながら、シュミットは再び問いかけた。

「私のなにを知りたい?」
「先生、は…何者ですかっ…?」
「医学生だよ。ただの」  
「うそ、つかないで下さいっ…」

 さらに下へと指を滑らせるシュミットの腕を掴んで、顔をあげたシュミットの瞳を睨む。
 熱で浮かされ、潤んだ青い目に、シュミットはくすりと笑った。

「嘘なんか、吐いてないよ」

 無理矢理腕を取り戻すことはせず、囁いて軽く耳朶に歯を立てる。

「あっ…」

 エーリッヒの手から力が抜ける。
 自由を取り戻した腕を再びエーリッヒの下肢に移動させる。
 ぎゅう、と白いシーツを握りしめたエーリッヒに、シュミットは優しく笑いかけた。

「私が何者かなんてことが、そんなに知りたい? …私だって、本当は、きっと君のことを何も知らない。…これから知って行くんだから」   

 エーリッヒのズボン下着を取り払うと、シュミットは晒されたエーリッヒ自身に唇を寄せた。

「やっ…!」

 くっ、と体をのけ反らせ、エーリッヒは細い首筋を伸ばした。
 シュミットは丹念に裏まで舐め上げる。

「、ぁっ…は、放し、てっ…!」

 背筋を走り抜けるような激しい快感に着いていくことが出来ず、エーリッヒは首を振って懇願した。
 その声に、甘いものが含まれていることに気付いて、シュミットは一旦顔を上げ、にこりとエーリッヒに微笑みかける。

「大丈夫。…ね、気持ち良いだろう?」
「し、知らなっ……ぅ、あぁっ…!」

 急に強く吸い上げられて、エーリッヒは簡単に吐精した。
 それを全て飲み下して、シュミットはエーリッヒの顔を見た。
 何を感じたのか、エーリッヒの瞳からぽろぽろと涙が零れている。
 慌てて顔を覆った両腕を、シュミットはそっとどかせた。

「…恐い?」

 困ったような笑顔で尋ねると、エーリッヒは首を横に振る。
 慈しむように細い銀髪に口付けて、シュミットは濡れた指をゆっくりとエーリッヒの中に挿入した。

「ん、くぅっ…!」

 初めての行為だ、痛いのだろう。
 エーリッヒは堅く目を閉じている。

「エーリッヒ。力、抜いて?」

 強く締め付けられて、中で動かすこともままならない。
 エーリッヒが上手く自身をコントロールできないだろう事も判ってはいるが…。
 荒い息を吐くエーリッヒは、自分の中を出入りするシュミットの指の動きに意識を奪われている。
 頃合いを見計らって、シュミットは指の数を増やした。

「あぁ…んっ…、はぁ…っ…」

 ぐちゅぐちゅと、淫らな音が部屋に響く。
 その音に、今の行為が生々しく認識され、エーリッヒの顔が朱に染まる。

「…エーリッヒ…、入れるよ…」

 エーリッヒの声や態度に煽られているのか、シュミットの声には余裕がない。
 熱を持ったシュミット自身が触れた感触に、エーリッヒは身を固くした。

「や、待っ…」

 エーリッヒの声を聞かず、シュミットは腰を進めた。

「う、あぁっ…!!」

 指とは比べものにならない質感が、エーリッヒの中に入ってくる。
 その痛みと、言い表せないような感覚とで、エーリッヒは大きく乱れた。

「いやぁ…っ! せ、んせぇっ…!」
「…大丈夫。大丈夫、だから…、力、抜いて」

 キツク締め付けてくるエーリッヒの緊張を解こうと、シュミットはグッと身を進めてエーリッヒに口付ける。

「ふ、ぅ…っ…」

 エーリッヒの、細い腕が、無意識にシュミットの首に回される。
 エーリッヒの求めるままに、シュミットは何度も、何度も深く唇を重ねた。

「…エーリッヒ。私のこと、好き?」 

 卑怯かもしれないと思いつつ、シュミットは優しい声で尋ねる。
 きっと、もう意識しての言葉じゃない。意識して言葉なんか紡げない。


「きらいっ…、嫌い…ッ!」


 甘い喘ぎ声に混じって、聞こえてきた返事は。





 好きになりそうだから、嫌い。
 どうか、二人で居ることに慣れさせないで。


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